観測外領域(11):死を忘るるなかれ
◆
「――まずはこの混乱の中、ここまで多くの方々にお越し頂いたこと、そして私の聖誕祭のために、尽力した全ての人々に感謝します」
大聖堂の前の広場に集まった人間たちを、私は見下ろしている。多くは整列した聖騎士団であるが、すぐ横には帝国軍が……この度の土地の浄化において活躍したと評価された亜人部隊の面々たちが、肩を並べている。そんな彼らを取り巻き、花で彩るように、周りには多くの人で溢れかえっていた。
「皆さんもご存知の通り、今首都は爆破事件によって混迷し、多くの人たちが傷つき、帰るべき家をなくして途方に暮れていることと思います」
私は聖堂へと至る大階段の踊り場を壇上として、勇者の言葉を話す。私の三歩後ろでは、プルトが膝をついて私に傅いている……本人としては、この上ない屈辱なのかもしれないが、この場に勇者がいるという説得力のためには、自身の誇りなど捨て去る覚悟があることは、もうよく理解している。
それでもわからないのは、来賓として席に座っているカリグラと夫人のアリアと子女のネーロン、その隣にサゼンがいることだった。彼女もまた、ハヌクリアの解析という事件解決の功労者であることは間違いないのだが、彼女の元の所属を教団の人間たちは理解した上で来賓として招いたのかは疑問だった。
私が過去のクリスタロボから戻った時、私はフレイの居室で朝を迎えていたらしい。カリグラからアジトの報告を受けていたプルトが聖騎士団を率いて夜通しで地下水路を進み、今回の自爆テロの首謀者の逮捕に成功したとフレイに話していた時に、気付けば突然いたと。
「自らを爆弾する彼らは、私が果たせなかった約束に憤り、それを糾弾するために凶行に及んだとされています。
それについて、私は事実を認め、ここに謝罪をしたいと思います」
イス・サイラムでの出来事と過去でのローランの行い、その末路を聞いたとき、その場にいた二人はしばらく無言のままだった。静謐な雰囲気が体に纏わり付く感覚と、俯いて小さく悪態をつきながら、手にした経典を放り投げたプルトが、無音の空間の中でやたら印象に残った。
しばらくして、フレイの水槽が波打ち、何かを伝えようとしたのを私は遮った。なんとなく、謝られるかと思ったからだ。
謝らないで欲しかった。勇者フレイは正しさの中で魔王ロードレクを討伐し、魔王ロードレクは正しさの中で勇者フレイに討伐された。それを謝るということは、二人はしたことが正しくないことになってしまう。命を懸けたローランの行いが、間違っていることになってしまう。
せめてこの勇者には、自分の行いが正しいものであると、胸を張って欲しかった。でなければ、魔王の死の価値もなくなってしまうから。
「私は、二十年前の戦争を通して、魔王と称したロードレクの願いを知りました。それは、この美しい大地と人の営みを守り通すことだったのです。これは彼が導いた亜人だけではありません。彼らを害し、教えを説こうと侵攻した聖騎士団もまた、ロードレクにとっては守るべき美しい者たちだったのです。
ロードレクは最後に言い残しました。円環の外れの地獄……古き伝承に伝えられし獄界にて、私の行いを見ていると。もし彼が、今の私の姿を見ているのなら、そこでせせら笑っているでしょう。
なんて無様だろう。お前如きに、私の願いを成就することなど、できはしないのだと。
ですが、私は彼の遺志を無駄にはしません。たとえ地獄からなじられようとも、彼の意にそぐわない蛮行を、これから多く目の当たりにしようと、私は彼の願いを全うさせるために、この命を使うことを誓います。
いつかまた……再び、私がこの壇上で語るとき、その時は亜人と人間が、また肩を寄せ合っていることを夢見ております」
ふと、頭上に目を向けると、そこには頭上に傘状にプレートを展開した筒状の装置が、風に揺られていくつも浮かんでいるのが見えた。筒の中には魔力結晶が収まっており、度々発光してお互いが光を伝播し合っているのがわかる。装置は聖堂正面から北西まで連なるように浮遊しており、その先にある亜人居住区まで続いている。
バハロの魔力器官を応用したその通信装置は、勇者に扮した私の言葉をそこまで届けることができると、サゼンから説明を受けたのを思い出す。今回の騒ぎで一時閉鎖となってしまった居住区に私の声を送るために、フェリーペ工房が実験開発していたものを急遽使用することになったそうだ。
居住区にいる亜人たちには、ちゃんとこの言葉は届いているんだろうか。光によって音を届ける光景をイメージすると、まるで神からの天啓のようだった。
もしこれが成功するなら今後、人々は天から告げられるという神の言葉を、信じることはできるんだろうか。
アリアの言っていた神を手放すということは、こういうことなんだろう。
「ですがそのためには、我々の信じる神を今一度省みる必要があるのです。
我らが神は名を持たず、己の内心に宿る。そして神は丘の上で我々の行いを見ています。ですがそれは神の加護ではなく、我々が正しき行いをするよう、見守っているだけなのです」
壇上で話す私の心は、どこか凍り付いたように寒々しく、己の口から発するこの言葉が無責任のように感じられた。最初に観衆を目の前にしたときのお腹の底が締まる感覚はもう既になくなっていて、まるで夢の話であるように心の奥底が冷淡にこの状況を見守っているようだった。
「正しさ、とはなんでしょう?
二十年前、我々は亜人を害することを正しいことだと疑わず、今こうして首都に混乱を招いています。なら二十年前に掲げた正しさは間違いかと言われたら、それは違うのです。我々は、時間の移り変わりと共に、変化する正しさを受け入れていかなければならないのです」
時代と共に、正しさは変わっていく。ロードレクの掲げた遺志も、受け継いだ誰かの遺志と混ざり合っていずれはお互い別のものになって、他の誰かへと伝播していく。中空に浮かんだあの筒と同じように、人が正しく遺志を伝え合うことはできない。
「今、話しているこの言葉は、時間が経てば笑われるでしょうか。それとも、より深い言葉となって人々に根付いていくのでしょうか。それは、私にもわかりません。いずれここで話す言葉も思想も、陳腐となる日が来るかもしれません。
それでも私は、己に宿る神を信じて戦います」
今話しているのは、私の台詞じゃない。フレイが、この舞台のために用意した台詞を、私が再生しているだけだ。
だから私は、この冷めた心に誓った。彼の死を無駄にしないために、私は自分の意思で、私の信じるもののために戦おう。たとえ形が変わろうとも、魔王の巡り巡った遺志が後世に続いていくように。
「ロードレクの遺志に反し、美しい大地を傷つけるものに……その上で暮らす人々の、笑顔を曇らせるものに、私は容赦はしません。この意思を、未来に正しく受け継ぐためにも、私はこれを開会の言葉として、ここに宣言します!」
それが、遺志を継ぐということでしょう?
ねぇ、ローラン?
あなたは今、どこにいるの?
喝采が鳴り止まないこの場所で、私はどこにもいなかった。
◆
聖堂前で演説を行った後、居室へ戻った私に、プルトは言い放った。
「お前、もう戻って休んでろ」
「勇者の仕事はいいんですか?」
「明日また、亜人居住区に挨拶に行く。それまでおとなしく寝て、疲れだけでも取ってこいよ」
「あなただって、夜通し任務で疲労しているでしょう? そんなあなたに言われる筋合いなんて……」
「お前、今自分が最悪な面構えしてるってわかんねぇのか。今回は遠巻きだったし、ベールで顔隠せたからまだいいが、居住区じゃ住人たちと間近に顔突き合せるんだ。……明日そんな顔で来たらぶっ殺してやるからな」
「顔……。ああ、ごめんなさい」
「あと、屋敷に戻ってもカリグラにはまだローランのことは言うな。聖誕祭が落ち着いたら、俺から話す」
そうぶっきらぼうに話すプルトは、その棘のある口調とは裏腹に、どこか寂しい雰囲気を漂わせていた。
ローランがいなくなって、衝撃を受けているのは私だけじゃない。わかっていたはずなのに、表情に出ていたらしい。カリグラも……彼が、親友だと言ったあの男のことも、頭から消えていた。
私は引き剥がした居室のベールを纏って、屋敷に戻る。そのまま戻るのでは怪しまれるし、何よりささやかな聖誕祭の賑わいに、耳を傾けたい気分ではなかった。
ベールを剥ぐと、一日ぶりのロシューの屋敷が目の前に現れる。中に入ると全員外に出ているのか、中はシンと静まりかえっていた。出迎えもなく、私は淡々と階段を上って宿舎に戻る。
結局、あの日から……父を返せと、懇願したあの日から、ローランがこの部屋に戻るところを見たことがなかった。夜中のうちに一度帰ってきているようだったが、私が寝静まる前も、起き出した後にも、部屋にローランの姿はなかった。
大きい窓から午後の斜光が部屋を照らしているのに、ここにはどこか冷たい印象だけが残った。どこか自分の中で、これは誰かの見ている夢のような心地があった。だとしたら、これは悪夢だ。
寒々しいことがわかっている自分のベッドへ飛び込む気がなかった私は、ふと部屋の反対側のベッドに目を向けた。
ローランが使っていたベッドだった。毛布が投げられたままの、乱雑なベッドだった。
フラフラと近づいて顔を押しつけるようにその身を飛び込ませる。たいした意図はない。ただこちらの方が日光に当たっていて、暖かそうだと感じたからだ。
懐かしい匂いがした。
何故? と最初は思った。シーツなんてすぐ取り替えているはずで、匂いなんて残るわけないのに……と、ここまで考えてから、そういえばここの使用人は亜人部隊の軍人でもあること思い出す。これまでの騒動で、使用人全員が部隊に駆り出されていたとするなら、家事がおろそかになっていてもおかしくはない。部隊の亜人たちからしたら失態なのだろうが、それほどの騒ぎだったんだからこれくらいは大目に見ることはできる。
魔術触媒特有の、ツンとした薬品の匂い。彼がいつも来ている、深緑のローブの匂い。
ローランの、匂い。
「……あ……」
胸の奥から、何かがこぼれ落ちそうになった。じんわりと熱を持ったそれは、心の奥底から、私を食い破ろうと蠢いているのを食い止めようと、胸を押さえた。
「あ……、う、あぁ……」
ローラン。ローラン、ローランローラン。
頭の中が、彼の名前で埋め尽くされていく。
もうどこにもいないその人が、その軌跡が、今ここにあった。
「ロー、ラン。ローラン……! ローラン……!」
溢れた言葉を吐き出すように、その名前を繰り返す。膝を折って、ベッドの上でまるで赤ん坊のようにうずくまる。
聖誕祭での演説は終わった。少なくとも明日の朝まで、私はもう『勇者』じゃない。誰もいないこの部屋で、『魔王』として振る舞う必要なんてない。
言い訳じみた考えの中で、心がどんどん溶かされていく。
「いやだ、いやだよぅ……。まだ、なにも、あやまってないのに……おれいも、いえてないのに……。かえってきてよ……」
これ以上溢れてくるものを出てこないように、ジャケットの胸元をギュッと握りしめて、痛みに堪えようとする。
「おしえてほしいことだって、いっぱいあるのに……、まだしらないことも、みてないふうけいだってあるのに……」
ジャケットの懐に隠れた藍の円環が、ほんの少しだけ理性を取り戻させようとその硬さを主張している。
「このままおわかれなんて……。やだ、やだやだやだ……やだよ、もどってきてよ、ねぇローラン……」
ローラン。ローラン・エル・ネクロマンテ。
どこまで名前を呼んでも、戻っては来ない。
彼は死んだ。いいや、死んでいた。というのが正しいのかもしれない。
魔王として。亜人と人間の共存を願う英雄として。ロードレクという存在の影として、人々の記憶からは消えていく。
記憶?
「きお、く……?」
丸めた体が、解ける。沈んだ瞳が持ち上がると、横倒しになったテーブルを視界に写す。
私は懐から円環を取り出すと、横向きの視界へと持って行きじっと見つめた。円環の光は、白んだ青色をしていた。
「ローランは、ロードレク……」
あの時、ローランは言っていた。自分たちが藍の円環に呼ばれて、過去のクリスタロボに行くことが……あの時代で、魔王の力を持った私たちがここに来たのは、そういう運命の周回……ループの一環だと。
そう言って、彼は藍の円環を取り出した。恐らく過去の私が持っていたものを盗み出して、ずっと手元に置いて意識していたものを。
それから魔王の情報の全てを読み取ることによって、ローランは魔王ロードレクとなる。魔王となったロードレクは、亜人を率いて反乱軍を結成して聖騎士団と戦う。その過程で勇者が生まれ、倒される。
その遺体から私が生まれ、この藍の円環と一緒に取り出された。
この藍の円環には、魔王の記憶に関する全ての記録が残っている。そうローランは言っていた。
ならここには、ローランの全ての記憶がある。
ともすればそれは、ローランの魔力光が……魂がそこにあるのと、相違ないはずだ。
跳ねるように、私はベッドから飛び上がる。
手にした藍の円環を包み込むように両手に収める。奇しくもそれは祈りの構えになった。
円環を落とさないように力を込めながら、目を閉じて手の感覚を遮断する。そうすることで、手の平に収まった藍の円環を知覚できないようにする。
観測が世界を作る。ならば今、手のひらの円環は無数に存在している。そのイメージのまま、目の前にあるだろう円環に感覚を潜り込ませようとする。
「お願い……」
無意識に、祈りの言葉を発しかけて、その口が止まる。
今、私はなんの神に祈ったんだろう。無銘の神だろうか、勇者を遣わした高次元人だろうか。それとも、今この瞬間を認識し、世界を作っている観測者だろうか。その視点から見て、私のやっていることは、もしかしたら茶番に過ぎないんだろう。そいつらからしたら、この祈りの結果なんて分かりきっている。それなのに惨めに泣きわめいて、叫んで、感情を爆発させて、馬鹿らしいと思われているかもしれない。
そんな他愛のない想像に、笑みが零れてしまう。本当にくだらないことを考えていたと、自嘲する。
知ったことか。
これから起こることが必然だったとしても、私はローランに会いたい。もう一度、一目だけ……なんて、謙虚なことを言うつもりなんてない。ずっと、ずっと一緒に旅をしたい。まだ見ぬ魔境を巡り、都市の人々を眺め、村々ののどかさの中で笑い合いたい。
今、ここにある感情は本物だ。今、私の意識からあふれ出した本物の……誰でもない、『アル』から生まれた感情なんだ。
世界は認識でできている。それがなんだ。私たちは、ここで呼吸をして、愛し合って、命を尊んで生きている。そこから生まれた感情を、誰にも規定することはできない。
無銘の神を私たちが手放そうが、高次元人が観測をやめようが、それら全部をひっくるめて俯瞰し、ほくそ笑む奴がいようが、関係ない。
私たちはここにいる。この美しい世界に、私たちは自分の意思で存在できる。
ローランは最初からわかっていて、私に『アル』という少女の名前を付けたんだ。
腕の中に収まっているであろう円環が、輝きを放っている。光の中に意識を飛び込むと、瞑目の裏側に広がる暗闇が、真っ白に染まる。まばゆい光の中で私は揺蕩い、ローランを探そうと視界を回していく。正確には、これも全部イメージだ。円環の中に収まった情報を探すために、私の脳内で形象化している風景に過ぎない。そこから探し出したローランもまた、私の妄想で終わるかもしれない。
それでも私は、生きているローランに会いたい。
私の大好きな死霊術士に、生きていて欲しい。
死は状態の変化だ。そう死霊術士は言う。だからこそ、ローランは術式の展開に『恐るるなかれ』と唱える。その考えが、今はいっそう嫌いだ。死に意味を見いだせなければ、私がこんな気持ちになることだってないんだから。
だから、私は死を恐れたい。そして、死を忘れてはいけない。
どこかで、誰かが見ている気がする。全てを俯瞰する、観測者の視線。
その視線の先に、誰かの気配を感じたとき、花開くように光が拡散した。
拡散した光が、光条になって空間を走ると、波紋を広げるように景色を形成する。
これは私の夢なのか、それとも、ロードレクの記憶にある景色なんだろうか。そこは、小高い丘に広がる広大な草原だった。遠くには地平線の代わりに隆起する岩が空との境界線を隠している。緑のカンバスに色を置くように、色とりどりの花が緩やかな風に揺れている。ふわりと、私の髪が揺れると、朗らかな温かさが頬を撫でる。そんな心地の良さに、私は地面を踏みしめ、草木が折り重なる本物の柔らかさを再確認する。空を仰げば、隅々まで透き通るような広大な青色が、霞のような雲と一緒にどこまでも広がっている。
ここは夢のようで、夢じゃない。現実感のない現実に、私は困惑しながら、この景色に圧倒されていった。
悟性。
ふいに、ローランが前に話していたことを思い出す。人が、物事をどのように感じていたか、という意味の言葉だ。
この夢心地の景色は、ロードレクの悟性を表した世界なんだ。
ロードレクの目からは……ローランの写す世界はこんなにも美しく、慈愛に満ちたものだった。
「アル」
後ろから声を掛けられ、心臓が跳ね上がる。穏やかで、優しげで、聞き慣れた声だった。
お腹の底から、熱が広がり……しかし、少し振り返るのを怖がった私は、大きく息を吸い、鼻からゆっくりと吐き出して、私は握られていた円環に視線を下ろす。
ロードレクの悟性から生まれた世界で声を掛けるのは、いったい誰なんだろう。
いや、『どっち』なんだろう。ロードレクの膨大な記憶に押しつぶされて自分の意識が消えると言い残したローランの言葉が、振り向く足を重くさせた。それでも、自分の感じたことをあのイメージを、信じるしかないと覚悟を決める。
振り返ると、そこには彼がいた。
少し惚けた印象の、端正な顔立ちだった。いつもハの字に曲がった眉は、意志の弱さが垣間見える。困ったときに持ち上がる愛想笑いの頬も、なんとなく自身を卑下にしているようで、私はどうしても気に入らない。細身の体を包んでいるのは、膝丈まである緑のローブ……両親の形見とも行っていた、魔術士を表す礼装だと言っていたことを思い出す。その手に握られているのは、先端に魔術の触媒となる魔力結晶が取り付けられた杖だ。全長は、それを手にした彼の胸元ほどで、結晶の周りにはセターニルで取り付けて貰った半月状の装置がある。古くさい杖に纏わり付く素子加速器と三次元記述器が、どこかとってつけたようなちぐはぐさを醸し出しているが、精度は本物のようだった。腰には彼の手のひらより少し大きめの長方形の物体が吊されている。物体はよく見ると本のような形態で、中には薄いフィルムに収まった数式の数々が見られることを、私は知っている。
そこには、ローランがいた。
ローラン・エル・ネクロマンテ……死霊術士のローランが、確かにいた。
「あー……えっと……」
振り向いた私と視線を合わせると、ローランはすぐに気まずそうにして顔を逸らす。その仕草すら、どこか懐かしい気分にさせた。
「っと……。元気、だったかい? 君と別れて、こっちはもう二十年以上経っているから、さ……あはは」
笑いどころでもないのに、ひとりでにローランは愛想笑いをする。
私がこみ上げる気持ちを押しとどめ、じっと見つめるのを、ローランは困ったように頬を掻いて、チラリと横目で見てくる。
それがずっと続くと思い始めるほどの無言の後、
「そういえば、アル」
急に声を上げると、ローランは何かに気付いたように、私に言い放った。
「君、二十年経っても……やっぱり、ずっとちんちくりんのままなんだねぇ。いやぁ、ちょっとは成長してるかとおも――」
意思が起こした反射に従い、私は両足を使った跳び蹴りを、ローランの顔に突き刺す。
足裏がめり込む感触を確認して、そのまま膝をバネに三角飛びの要領で跳躍すると、反動をもろに受けたローランの体が、草と土を巻き上げて盛大に転がった。
怒りのままに、私は仰向けに倒れた彼に飛び乗ると、その胸ぐらを掴んで首を引き上げた。
「あなた馬鹿なんですか!? こうして再会して二言目に言うことがそれですか!! だいたいあなたからしたら20年でしょうけど、私はまだ一日も経ってないんですよ成長するわけないじゃないですか!!」
「い、いや待ってアル……。今殺されるのは洒落になってないから……」
「うるさい! 馬鹿! 朴念仁! 童貞! ロリコン!」
「童貞!? ロリコン!? アル、君どこでそんな言葉覚えたんだい!?」
「この卑屈男! あなたがいなくなったら悲しむ人間だっているんですよ! フレイ、プルトカリグラやネヒン……私だって……!」
「アル……」
「喋らないで! もう絶対に許しませんから! なにがあっても、ずっと、ずぅっと……!」
本当は怒りのままに、もっと罵倒してやりたかった。でも何かを喋ろうとすると、喉が上手く震えないまま……ただの嗚咽になって、言葉を成してはくれなかった。そんな私の頭に、ローランはそっと腕を回してくれた。
ああ、ローランだ。確かに、ここにいるのは、紛れもなくローランだった。
その事実に、そのまま倒れ込むように体を預ける。いままで我慢していた涙が、止めどなく溢れてくるようで……恥ずかしくなって、その胸板に顔を押しつけて、わんわんと泣いた。
いいんだ。もう、素直になっても。私はもう、魔王でも、勇者でも、魔王の娘でもない。
ここには、ただ彼を愛した少女しかいないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます