再会Ⅱ
◆
エル・バース大陸南部に位置するゴルドバの朝は、雨の少ない乾燥地帯特有のカラッとした日差しを、ロシュー邸の大きな窓へと届けていた。夜に冷え込んだ空気を、目覚めと共に解きほぐしていくように柔らかい陽光が、帝国軍の亜人部隊の宿舎がある三階の部屋たちを穏やかに照らしている。
その中の一室……アルとローランの相部屋に差し込む朝焼けに顔を照らされ、アルは目覚めた。ローランのベッドの傍で座り込み、もたれ掛かって眠っていた彼女は、ぼやけた藍色の瞳を緩慢に揺らして、辺りを見回した。
両側の壁に一つずつベッドが配置され、真ん中にソファとテーブルの置かれた部屋であった。平等性のある宿舎らしいデザインの部屋ではあるものの、テーブルには果物を詰められたバスケットが置かれていたり玄関には花が飾られていたりと豪奢な宿の趣向が用意されているのは、屋敷の使用人たちかはたまたネーロンが、できうる限り二人をもてなすために行った配慮の結果なのだろう。
ふと、顔をしかめたアルは左手を持ち上げて握り込んでいたものを正面へと持って行く。
アルが握っていたのは、果物を切り分けるために用意されていた、小さなナイフ……その柄であった。逆手で握られていたそれの本来先にあるはずの刃の部分は、あらゆる変形を求めてねじくれた結果、原型もわからないほどにひしゃげ、潰れていた。
呆けた様子で瞬きをしていたアルの口から、あっ……と声にならない吐息が漏れると、彼女はベッドを背に三角座りしていた体を起こして、その上で眠るローランを見下ろした。
ローランはブランケットを剥がされたシーツの上で、規則正しい寝息を立てていた。彼の寝間着は襟から下が裂傷のように細い切れ込みがいくつも入れられており、その下にある色白の胸元を晒している。ベッド上を追いやられたブランケットはというと、アルの反対側で壁との間で潜るように放逐されていた。
その惨状は、『嵐花』の二つ名を冠した都の朝に、確かにふさわしい光景ではあったかもしれない。しかし無感動的に見下ろす深い海色の瞳は引き潮のように、ただ静かにローランを写している。しばらくローランを見つめていたアルは、何かを思いついたように細い眉を上げると使い物にならない果物ナイフをバスケットへ放り投げ、アルは未だ起きないローランに顔を近づける。艶やかな銀の髪が、枝垂れのように両者の顔に幕を下ろす。
アルはそのまま頬をそっと撫でると……、ペチペチと乾いた音を立てて軽く叩いた。
「んっ、ううん……?」
「朝ですよ、ローラン」
煩わしそうな声を上げて、ローランが半目を開く。
その眼前には、琥珀色の瞳を灯らせ、ほんの少し唇を持ち上げてイタズラっぽく微笑むアルの姿があった。
「? ああ、おはよう……。どうしたんだい、アル?」
キョトンとした表情で、ローランは間近のアルと視線を結ばせる。
アルは瞳が、青の半眼になっていった。
「……面白くないですね」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
寝起きでぼやけた雰囲気のローランから離れて口を尖らせると、ローランは「うーわ……」と困惑した様子で寝間着の襟を摘まんだ。
「これ、借り物なんだから大事にしないと駄目だよ、アル?」
「うるさいです。さっさと起きてください」
会話を拒否するようにきっぱりと言い放つローランはあははと苦笑すると、アルの眉がさらに寄り始めた。
「……カリグラのこと、あまり気にしなくてもいいよ。彼も、まぁ不器用な奴だから、ああいう言い回ししかできないんだよ」
「あなたが言えることではありませんよ、ローラン」
小さく鼻を鳴らして、ローランから背中を向けるアル。
視線の先には物寂しげにあるベッドのすぐ隣の棚にぽつりと置かれた、暗い藍色の円環があった。
◆
宿舎・訓練施設と軍事基地の側面を色濃く備えているロシュー邸の屋敷には、当然部隊のために用意された共同食堂も存在している。朝から起こしに来たジェリドの話では、任務外のチームはここで当番制で働いており、夫人のユリアや伯子女のネーロンから、社交的なマナーを学ぶ講習なども定期的に行っているらしい。現在の帝国に亜人の貴族というものは存在しないが、近い未来に実現したあかつきには必要になる教養であるという、二人からの心遣いの賜物であるという。
「……カリグラは、教えないのかい?」
「ええ、伯爵様は、その……そう言った政界の作法に、苦手意識があると言いますか、ええ……」
「むしろ教わる立場なのでは?」
「そ、その代わりっ、伯爵様は我々亜人部隊の指導に尽力しております。部隊が帝国でも屈指の実力者揃いであるのは、伯爵様の剣士としての力量あってこそかと……」
長テーブルの一つに座ったジェリドは、向かい合うアルとローランの前で慌てふためきながら腕を振って誤魔化そうとしていた。ウォルフ特有の濡れ羽の長髪からは、耳元の結晶がチラリと覗いている。昨日は使用人の着る麻服とエプロン姿とは打って変わって、昨日カリグラが着用していた詰め襟の軍服を着こなしていた。
「それよりも、これからのお二人のことを考えましょう。アル様、ローラン様」
咳払いして場を整えたジェリドは、テーブルの上にゴルドバ都内の地図を広げた。
「お伺いした限りでは、お二人は帝国首都内の亜人たちの暮らしを知りたいとのことですので……」ジェリドの指が、ロシュー邸のある北区を指さしたあとに、斜めへと表面をなぞっていく。
「件の犯罪組織の足跡を辿ることも踏まえて……、こちらから見ていくのがよろしいかと」
止まった指先は、歪な円形の成しているゴルドバの西側に、コブのようにひときわ突出していた区域だった。城壁の外周を太い黒線で囲っている地図上で、分断されているように内側に城壁が入り込んでいるその場所は、区分けされた都市の中でも一際大きな規模を誇っているのが見て取れた。
「亜人居住区……十七年前に帝国議会と教団の合同で進められた都市改造計画によって増築された地区で、このゴルドバで最も大きな居住区画となっています」
「隔離、されているんですか?」
他地区と居住区を隔てる黒線を指さしてアルが問うと、ジェリドは神妙な面持ちで「いいえ」と否定する。
「これは元々あった城壁の外に地区を作って、後から城壁を伸ばしたものです。ですから、このような歪な城壁になってしまっていて」
晴れない表情のアルを見つめながら、ジェリドは続けた。
「それに、地区内の特性上城壁を壊してしまうのも危険だということでいまだこのような形でいるのです」
「危険? どういうことだい?」
「それは」説明しようとするジェリドの言葉は、しかし行き場を失ったように一旦途切れる。
「……いえ、見ていただいたほうが早いかと思います。王の葉なる組織の潜伏先としても、ここはうってつけでしょうから」
「そういえば、そんなことも頼まれましたね」
アルは惚けたように溜息を吐いて立ち上がると、ローランとジェリドもそれに倣う。
「王の葉の目的が『亜人の解放』だっていうなら、勇者の生誕祭に合わせて行動を起こしてもおかしくはない。……その間居住区を潜伏先にするっていうのは、無難な考えだと思うね」
「ですがそのせいで、居住区内を聖騎士が巡回する事が増えています。……噂では、不当な逮捕もあるとか」
声を潜めたジェリドを一度見やり、アルは目を伏せた。
◆
生誕祭の準備で忙しない中央の行政区を通って、アルたちはゴルドバの西区の入り口まで馬車を走らせると、途中で降りて石畳の道を歩いた。
中央から四方に伸びる大通りを逸れて来たこの場所は、魔術によって自動化された工業施設の密集した工業区画の隣接していた。これまでアルたちが通った北・東・中央の区画に比べると背丈の異なる建物が乱立したごちゃついた雰囲気と、街灯の少なさが相まって、どこか裏町のような反秩序的な印象をアルたちに与える。工業区故の人の少なさが無機質さと静寂を演出しているのも、影の世界を裏付けていた。
細い路地を抜けた先には、入京前のそれと同じ石造りの荘厳な城門がアルたちの前に立ちはだかった。城門内には用水路が通っており、跳ね橋を設えることによって簡易的な堀としての機能を果たしている。
「貴様たち、止まれ」
城門の両脇を、二人の聖騎士が柱のように真っ直ぐと立っていた。薄い金属鎧の上から腰布を巻き付け、さらにその上に翼と虹の紋章を携えた2人の騎士の手には、長槍が握られている。顔には薄いスカーフが巻かれていた。
露骨に眉を顰めたアルの前にジェリドが立つと、彼は軍服の肩布を前に寄せて、聖騎士の見せつける。底に刻まれていた軍章と、ジェリドの顔を交互に見つめた二人は、いやらしく口を上げた。
「なんだ、ロシュー伯のお気に入りどもは観光案内でも始めたのか?」
「ま、最近仕事がねぇもんだから暇なんだろうけど……それでここを勧めるのは、わかってねぇなぁ」
「おいおいやめろって、世の中物好きだって居るんだからよぉ」
ジェリドの後方に目配せしながらせせら笑う聖騎士に、愛想笑いをするローランと、薄氷の瞳をフードで隠してそっぽを向くアル。
そしてジェリドはにこやかに言い放った。
「ご苦労様です、聖騎士どの。通行の許可を頂きたいのですが」
「……おい、まじで連れて行く気か?」
「ええ。他ならぬロシュー伯の命令でございますし……、軍属である私の許可があれば、よろしかったはずですが?」
聖騎士たちは、互いに顔を見合わせると解さない様子で三人から離れていった。
「どうぞ、ご自由に、軍人様」
「夕方には跳ね橋を上げるんで、そのつもりで」
「ええ、ありがとうございます」
右手を左胸に当てて敬礼し、跳ね橋を渡って行くジェリドの後をアルとローランはついていく。
門をくぐった先には、石造りの平たい建物が建ち並んでいた。丘を開発して作られた道は所々隆起している場所もあるが、アルとローランがいの一番に気を引いたのは、道の端で等間隔に置かれている、八面体構造の柱だった。柱は常に淡い光を放っており、アルたちの足下を照らし続けていた。
「これは魔素灯と言いまして……、隣接している工場から余剰の魔素をこちらに送って、光子化して街灯代わりにしているんです」
区内を歩きながらジェリドが解説すると、魔素灯に目を奪われていたローランが彼に尋ねた。
「魔素を、光子化? なんでわざわざそんなことを?」
「我々が、魔素の滞留地で適応した末に亜人となったことは、既に承知のことでしょうが」ジェリドは道の真ん中で立ち止まり、ローランに向き直る。
「種族によっては、高濃度の魔素があるほうが快適となる種族もいます。そのために、この区域では他と比べて魔素の濃度を上げるような仕掛けを作っているのですよ」
ジェリドの話を聞きながら、アルはキョロキョロと辺りを見渡し……、やがて合点がいったように頷いた。
「なるほど、城門を壊せない特性上の問題とは、そういうことですか」
アルの視界の先では、碧の光を散りばめたような煌めく霧が漂っていた。それでなくとも辺りの光量はあきらかに低く、昼間にも関わらず魔素灯のほのかな光が目立っていた。
ジェリドは頷いて、アルの言葉を肯定する。
「ええ、ここでは常に魔素災害の危険性があります。……といっても、ちょっと不思議なことがあるくらいで生活に悪影響を及ぼすような事はありません」
「では、昼間にも関わらず人がいないのは、あの人たちのせいでしょうか?」
アルが指さした方角には、門番たちと似た風貌の聖騎士が通りを歩いている。その様子に、ジェリドは顎を引いて奥歯を噛んだ。
「我々が、ふがいないばかりに起きたことです。我々の手で、王の葉の者たちを捕まえることができれば、このようなことには……」
「まぁ、向こうの言い分も理解できないわけじゃないよ」
でも……、片手で持った結晶杖を担ぎ直して、ローランは聖騎士の一人を眺める。腰の長剣に手を掛け、背筋を伸ばして大股で歩くその姿は、武力を持たない一般市民に威圧を与えるには十分であった。
「だからって、あまり高圧的なのは感心しないね」
「腹いせでしょう。彼らだって街で犯罪が起こるのは良しとしませんし、何より治安を守る聖騎士の評判が落ちれば教団の信用にも関わります」冷たい声音で、アルはフードを端を掴む。
「状況を改善したいなら、今は一刻も早く今は王の葉についての情報を探すべきです」
「アル、平気かい?」
「平気です、いちいち子供扱いしないでください」
そう言いながら、ほのかに赤色を灯したアルは、ローランの気遣いを突っぱね彼から距離を取ろうと足早になる。
薄い碧霧に紛れそうになる彼女に追いついてその手を取ろうと腕を伸ばすと、アルはそれから逃れようと手を上げた。
「ほらアル、一人ではぐれると危ないだろう?」
「こんな薄い霧ではぐれるわけないじゃないですか、馬鹿なんですか?」
「でも万が一があるし、それに前みたいに急に飛び出して聖騎士を蹴り飛ばしたらことだしなぁ」
「……私だって、そのくらい弁えています」
「本当かい? ほら、目の色だってちょっと暗く紫がかってるし、そういうときの君は嘘ついてるって知ってるんだよ?」
「見ないでください! あぁもうしつこいですねっ、あなたこそ見覚えのない装置とかに気を取られてはぐれそうになるんですから気をつけてくださいいい年したおじさんがみっともないんですから――」
横並びになりながら、お互いの手でドッグファイトをする二人を背に、ジェリドは小さく笑った。
「ああ、いえ……申し訳ございません。お二人のやりとりが、どうもご兄妹のようで微笑ましくて」
注視する二人に、ジェリドはハッとなって小さく謝罪すると、体を横へ向けて行き先を腕で指し示した。
「情報収集でしたら、ここをまっすぐ行った先の酒場へ行きましょう。私の友人がそこを経営していますので――」
その時、静謐な空気を引き裂くように、甲高い悲鳴が上がった。
三人に緊張が走る。その場を巡回していた聖騎士たちも、何事かと悲鳴の出所を探ろうと辺りに目を散らしていた。
しばらくすると、裏路地から小さな体が飛び出してきた。それは低空で身を躍らせた後に地面に激突して転がり……アルたちの足下で止まった。
「――――っ!!」
アルは思わず口元を押さえ、瞳に烈火を宿す。
彼女の足下には、ドリド特有の小さな結晶尾を生やした少女がいた。ベージュのワンピースの端は汚れ、すり切れており、体中には土埃と痣と擦り傷をいくつも付けながら、少女はアルの目の前で上体を起こす。
その端正な顔立ちは、感情が欠落したように動かないまま、それ故にただ体を前方を機能的に向けたまま……、自分が吹っ飛ばされた路地裏の先を見据えていた。
「やめてくださいぃ! お願いします!」
狂乱気味の声が裏路地から上がると、そこには二十代ほどの女性が、聖騎士の男に腕を拘束されながら表通りへと出てきた。その後ろからも聖騎士は出てき始め、女性を拘束しているものを含めて、三人の聖騎士が現れた。
「お願いします! お願いしますからぁ!」
「おとなしくしろ、神を曝いた大罪人がっ!」
涙ながらに懇願している女性を殴り飛ばして地に伏せさせると、聖騎士の一人がアルたちに狙いを付けたようにしっかりと見定めた。
アルの両の拳が震える。喉の奥から、喘ぐように荒く呼吸をしているのが、隣のローランから見ても明らかだった。
「アルッ!」ふいにローランが声を上げると、アルの体は小さく跳ねる。
「その子を介抱して、怪我しているだろう?」
「ローラン……!」
「いざという時は、俺がやる。いいね?」
アルの耳元で唸るように低く唱えるローランもまた、結晶杖の先端を下げてグリモアに手を伸ばしているのを見ると、アルは一度大きく息を吐いた後に足下の少女の肩を抱いた。
その間、ジェリドは二人の前へと出て、三人の聖騎士と対峙していた。
「帝国軍だ! 聖騎士どの、これはどういうことか説明していただきたい!」
長剣に手を掛けながら怒鳴るジェリド。口調こそは努めて丁寧さを装っているものの、歯を食いしばり、力が込められたその腕には、明らかな怒りの感情を孕んでいるのが傍から見て取れた。
「亜人部隊か……」三人の聖騎士を代表して、女性を殴り飛ばした男が一歩前へと出た。
「公務の邪魔をしないでもらおう。その二人はこのゴルドバに災いをもたらす犯罪者の一味である」
「何を証拠に……!」
「この女は」足下で泣きじゃくる女性の襟元を掴んで持ち上げると、女性がまた声を上げて叫び始める。砂埃にまみれた手首から結晶を生やしていた。
「自らの結晶の破片を水槽に入れていると報告があった。シーマの水圧孥砲の実験開発を行っていたのだ」
「はぁ!?」
ここで思わず素っ頓狂な声を上げたのは、ローランだった。
「彼女はシーマだろう! 彼らの信仰対象である、浮雨湖を再現してただけじゃないか!?」
「何故そう言い切れる? 信仰を隠れ蓑に実験を行っている可能性がゼロではないだろう」
「そんなものは言いがかりでしょう! 証拠不十分に逮捕する権限はあなた方にはありませんよ!?」
「それはこれからわかることだ」
激昂するジェリドとローランに対し、聖騎士はどこまでの冷淡に言葉を返す。
「それにそっちの子供は明白だ」そう言って聖騎士が座り込んだ少女を指さすと、通りの人物たちの視線が少女とその体を抱くアルに向けられる。
「そこの子供は、王の葉の一員である結晶樹の葉を所持している。この女はそんな子供を保護していた! これは明らかに、帝国ひいては我らが神に対する敵対の意思を示していることに他ならない!」
アルに肩をもたれながら、その場でへたり込む少女は、ふと後ろに首を回してアルを見やる。話題の渦中にいながら、少女の瞳はまるで他人事のように何も写してはいなかった。
その懐からは、手のひらほどの大きさで魔素灯の光を受けて青白い光を放つ、結晶の葉が彼女の首元に掛けられていた。
「……ローラン」
目を伏せ、体を震わせながら、アルは死霊術士の名前を呼ぶ。ローランもまた目を閉じ、大きく深呼吸して――、そこからは一瞬の出来事だった。
「――すみません、ジェリドさん」
ローランは一息をうちにグリモアを展開し、結晶状の先端からリブを展開させた。霧と薄暗い闇の中で、光条が描く円環がローランの周囲を取り囲み、光り輝く。
「レコルダ・ネヒン。『死を恐るるなかれ』!」
ローランの号令が、無機質の円環に虚像を与える。
現れたのは、片腕に甲冑で覆われた女性の半身だった。半分だけの頭部からは、枝葉のような角が後方へ伸びており、腰部には結晶尾が伸びている。
その姿に、少女の目がこの時初めて見開かれた。
結晶杖を打ち鳴らすと半身は腕をしならせ、鞭のように振るう。すると、ローランの目の前に映る三人の聖騎士が突如両腕を上げた後、目にも留まらない速度で後頭部へと回す。その勢いにつられ、三人は後方へとバランスを崩した。聖騎士たちの手首からは半身と同じ青白の細い糸が伸びて、半身の指先へと繋がっていた。
その拍子に、アルは中央の男へ向かって飛び上がる。空中で両足を揃えると、中央の男に顔面に向かって足から飛び込むように跳び蹴りを見舞う。
男の喉から潰れた悲鳴が小さく鳴るとアルは器用に男の顔を踏み台にして膝を折り畳み、そのまま後ろへ飛び下がりながら蹴り抜く。男は裏路地へと戻るように勢いよく吹っ飛ばされた。
「……無知な聖騎士。これだけは覚えておきなさい」
一回転して地面へと着地したアルは、女性を抱き起こして言い放つ。
「結晶樹の葉は、犯罪者の証じゃない」
両腕を不自由にしながら、地面を転がり落ちる三人の聖騎士を尻目に、アル・ローラン・ジェリドは、容疑者であるとされた女性と少女と共に、霧と暗闇の中へと走り去っていった。
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