碧霧葬送Ⅲ
◆
「だぁかぁーら! この魔素滞留地付近を開墾するにしても、専門的な知識が要るんですよ。ましてやここは山地で、元々作物にだって恵まれてねぇでしょう? それを我々が……我々の事業を支援していただいてるロシュー伯が、お手伝いできるかもしれないって言ってんですよ!」
「そう言って、我々に重税を課して奴隷とするのでしょう! それならば、今の収穫で細々と暮らしていければ満足だと言っているのです!」
「はぁ? そんなんがいつまで続くと思ってんだ! 一回でも不作になってみろ、こんな村すぐに滅んじまうんだぞ!」
「そんなことはあなた方の考えることではありません! わかりましたら、どうかお引き取りください……!」
最後に、泣き崩れるように弱々しく頭を垂れた老人の様を思い出したか……、シッドは顔を覆いながら天井を仰いだ。
先に書き起こした記録は、数分前のシッドの村長の会話の記録である。
「なぁーにが奴隷だ! っざけやがってあの頑固ジジィどもめ!」
シッドは馬車に背を預けながら、ぬかるんだ地面を蹴り飛ばした。
正面にロシュー伯の認可を受けた商会であることを表す、花を連ならせた蔓の紋章を携えた馬車は、村の老人たちの糾弾に遭ったせいで浮雨湖方面の村の出口まで追いやられ、その幌や馬を霧に晒していた。村の中にはシッドに湿度を帯びさせた目で老人たちの姿があったが、本人の視線に気付くと瞬く間に退散していった。
「なんだってんだここは。寂れきってるくせに閉鎖的で、余所余所しいと思えば急に排他的になりやがる……なんかやべぇもんでも隠してんじゃねぇだろうな……」
手持ち無沙汰に俯きながら、シッドは愚痴る。万が一に備えて先行したローランたちが、浮雨湖とシーマの調査を終えて帰ってくるまで、魔境を手掛かりなしで歩く術を持たないシッドはここでの立往生を余儀なくされていた。
どうしたものかと思案するシッドだが、ふと村の出口から。
「あ、あの……」
彼を呼ぶ小さな声に、片眉を跳ねさせて振り返った。
声の主は、昨夜アルたちの部屋に毛布を持ってきた青年だった。青年は赤いくせ毛が特徴の頭をキョロキョロと回して辺りを確認しながら、恐る恐るシッドに近づいてきた。
「んだよ、なんか用か?」
不機嫌さを隠そうともしないシッドの言動に、男は肩を竦ませた。
「あの、先ほど貴族様とお知り合いだと仰っていたもので……あぁ、私はアレクと言います」
名乗った男性は、シッドに一礼する。それから「村の者に内密で、お話ししたいことがある」と言って、村の外れにある彼の自宅にこっそりと連れて来られた。
「それで、さきほどの話ですが……」テーブルで向かい合ったアレクは、落ち着かない様子で手を揉みながらシッドに尋ねた
「その貴族様……ロシュー伯爵は、亜人にも理解があるお方だとか……」
「おう……?」
怪訝そうに相槌を打つシッド。アレクの視線は右往左往しており、どこか焦りにも似た感情を想起させていた。
「それは、本当なんですかっ?」ここでアレクはわずかに身を乗り出し、縋るようにシッドを見つめた。ただならない様子にシッドは困惑しながらも、おうと頷いて見せた。
「なんてったって当代のロシュー伯は、二十年前の魔王軍との戦争で亜人との融和を約束した、あの勇者フレイ御一行の一人だったんだぜ?」
ニヤリと笑ったシッドは、椅子から立ち上がって腕を前に突き出す。そのまま剣を握るような仕草をアレクに見せた。
「義剣士カリグラといやぁ、それはそれは知らない奴はいねぇだろう? かつては民に圧政を強いる悪徳貴族をバッタバッタと切り倒したと言われた伝説の剣士さ」
「それは、風の噂で聞いたことがあります。仁義を重んじ、勇者の旅にもいち早く馳せ参じたという、あの……?」
「おうよ! 今や立場こそ同じ貴族だけどよ、あの人は何も変わっちゃいねぇ。ましてや民を奴隷扱いなんて、するわきゃねぇんだ」
そう言いながらシッドは腕を下ろし、小さく鼻息を鳴らした。アレクは首を横に振り、手を組んで肘をついた。
「その件は、私からお詫びします。本当に、申し訳ありませんでした」
「いったい何があったってんだ? この村でよ」
シッドの問いに、アレクは目を伏せ、深く呼吸をする。
やがて座り直したシッドに、重々しく口を開いた。
「今、浮雨湖にいるシーマ族たちは……実は、二年前までこの村で暮らしていたんです。私たちと同じ、村の仲間として」
◆
紺碧に泡立つ湖の上を、表面張力のようにアルは歩いていた。
その足取りはしっかりしているものの、フードに隠れたアルの表情は予断を許さないほどに強ばっている。つい先ほどまで陸地での歩法しか心得のなかったアルが、足首の結晶が生み出す反重力によって、また風によって揺れる湖面を歩くのは……それも監視するシーマたちに、自身の正体を悟られぬようにするのは、彼女にとっても至難であった。
アルは一度足を止めて、目の前の監視塔を見上げる。それは表面をツタ系の植物で覆われた、深緑の塔だった。根元には湖に面した桟橋が架けられており、そのまま塔に入り口に繋がっている。船と思われる類はいっさいなく、風が吹く度に塔が土台の桟橋ごと揺れているのがアルの目を見開かせた。
湖上で暮らすシーマの生活区画は、浮雨湖で採れる結晶と、重しとなる錨を吊すことで土台を作っている。そのためシーマの住居は広く平面的なのが一般的である。背の高い建物では、風に煽られバランスを崩して、土台を巻き込んで横転する危険性があるからだ。この監視塔も例外ではなく、その高さは二階建ての住居よりやや高いほどであった。揺れる先端は屋上になっており、そこには先ほどまで暴力的な光景を生み出した反重力式水圧孥砲が設置されていた。その傍らにいる若い男が、アルを見下していた。男だけではなく、見渡してみれば塔の各所にくり抜かれた窓代わりの穴から、いくつもの視線がアルに小柄な体に突き刺さっていた。
ふと、屋上から流星のごとく、一条の青白い光が走った。
アルのフードが、微かに揺れた。
桟橋に上がったアルを迎えたのは、屋上にいた男とは別の、顎髭を蓄えた初老の男性だった。
「先ほどはすまなかった。同胞とわかっていれば、このようなことは……」
男の謝罪に対し、アルはフードを取り払って静かに一礼した。
「おい、一緒にいた男はどうした? あいつもシーマじゃないのかよ」
入り口の奥から、今度は青年がアルを問い詰める。塔の中は共用の食堂とロビーを兼ねているらしく、立ち並んだテーブルの奥にはある螺旋階段から出てきた青年にアルは答えた。
「彼は村の人間です。ここに同胞がいるという噂を聞きまして、案内させたのです」
アルの冷静な回答に、若い男は胡散臭そうに手にした短刀で肩を叩いて、塔の奥へ消えていく。
すまない、悪気はないんだ。と初老の男が頭を下げた。
「村というのは、丘を下った先にある村のことだろう? 我々は、あの村に対する憎しみが強く……」
「憎しみ?」
「ああ。それを知って、ここに来たのではないのか?」
男に促されながら、アルは塔へ入る。すると螺旋階段から、屋上の男が降りてきた。
「ルキウス! 男のほうは……?」
ルキウスと呼ばれた男を、アルは薄氷のような目で観察する。
シーマ族特有の、魚皮をなめした布面積が少ない斑模様の服に身を包んだルキウスは、掘りの深い顔をこちらへ向けた。その瞳は紺碧に彩られているもののそこに絢爛さはなく、漂白されたような諦観に満ちあふれていた。
「問題ない。その少女の言うとおり、村の人間のようだ。彼女を見送った後で、村の方向へ帰っていった」
何かの感触を確かめるように、結晶の煌めく手首を気にしながら、淡々とルキウスは答える。ルキウスの結晶は、今食堂にいるシーマたちと比較して大きく発達していた。しかし、その空虚とも言える視線は、依然としてアルに向けられていた。
「お前、名前は?」
「アルです。アル・エル・アル」片手で肘を抱き、わずかに身を竦ませながらアルは問うた。
「なんでしょうか?」
いや、と瞼をわずかに上げたルキウスは、しかし頭を振って答えた。
「不可思議な名だな。『アルのアル』とは、ただのアルではないか」
エル・バース大陸の貴種でない人物の命名法において、『エル』という接続名に続く言葉にはその人間の役職や立場を示す。
アル・エル・アルとは、二十年前にローランによって名付けられた彼女の名称である。
「私が名付けたわけではありません。何か問題でもありますか?」
明らかに気を悪くしたアルに、すまないと軽く謝罪してから、ルキウスは自分の胸に手を当てて自己紹介した。
「ルキウス。一応、ここのリーダーをしている」
助けを求めるようにアルは視線を逸らした。
「先ほどの非礼、私からも詫びさせて貰う。危うく、我らが同胞をトライデントで射貫くところであった」
「というと、あの馬鹿みたいな威力の射撃は、あなたが?」
「ああ。あれを撃てるのは、この集落で俺だけだ。故に、指導者を任せられている」
ルキウスは頷き、腕を上げてアルに結晶を見せつける。結晶の根元には兵装接続用に取り付けられたハードポイントがあった。
シーマ族の持つ魔力器官であるこの結晶は、浮雨湖と同じように液体に反応して反重力を生み出す能力が備わっている。それによる反発力は凄まじく、自身の何倍もの重さのものを容易に持ち上げることを可能としている。先の戦争においてシーマは、この魔力器官を生かして対城壁や多対一を想定した巨大な殲滅兵器を『携行』し、水上においては滑るように移動していたという。種族としては数の少ないシーマであるが、こと戦場で彼らが起こす暴力的な戦禍は、人間たちの目にはわかりやすい脅威として記憶に残っていた。
「それで、何故ここへ? 戦争が終わってもう二十年近く、はぐれのシーマなど、もういないものだと思っていたが……」
ルキウスとその仲間たちであるシーマとテーブルを囲みながら、彼はアルに聞いた。
「私は今、この浮雨湖を通って首都ゴルドバへ赴くために旅をしています」
「ほう……」
「しかし、案内役の村人があなたたちを恐れて同行できないというのです」テーブルに腕を置いて、非難がましくアルは正面のルキウスを睨めつけた。
「せめて、私がここを通るまでの間だけでもあの村人を見逃してはくれないでしょうか?」
アルの要望を、しかしルキウスは即応せずに代わりに周りのシーマたちに目配せをする。シーマたちは一様に顔を曇らせ、あるいは首を横に振った。
「それは、できない。お前も、首都に行くことなどやめ、ここで暮らした方が良い」
重苦しい雰囲気を携えて、ルキウスはアルに言い放った。
「どういうことですか?」
「言葉通りだ」
短く断じるルキウスの言葉に、アルの瞳は朱色を携えた。
「あなたと村の人間たちになんの確執があったかはわかりませんが、私には関係ありません」背もたれに上体を寄らせて、アルはルキウスを見下す。
「村人をここへ近づけさせたくないと言うのなら、シーマたちに代役させようという甲斐性はないんですか?」
「我々は、首都に行くべきではないと言っているんだ」
「私個人の方針を指図する権利は、あなたにあるのですか? 私はあなたたちの捕虜でも、仲間でもないのに?」
「あそこは人間の住むところだ。同胞たるお前が行くべき場所ではない」
ルキウスの声音は硬く、同族と見なしているはずのアルでさえも切り裂かんと言わんばかりであった。
「あの戦争において、人間は魔境に利用価値を見いだした。浮雨湖の浮水、結晶樹の森の結晶薪……そして、我々すらも、一つの資源として扱おうとする……」目の前で握られた両手が、ギリギリと音を上げる。爪の食い込まれた内には血が滲み、やがて指の隙間を伝ってテーブルに落ちる。
「魔王のいない我々は、奴らにとってもはや奴隷ですらない。あの村の人間と少しでも触れ合ったお前なら、わかるだろう?」
アルは虚ろながらにこちらを真っ直ぐ見つめるルキウスの視線を受け止めながら、眉を顰めた。
「いったい何があったというのですか? あの孥砲は、本来人間に撃つには過分なものでしょう?」
アルの瞳は、を宿していた。
「あの村人たちが……、いったい、何をしたと言うんですか?」
薄暗い菫色の瞳を微かに揺らせて問うアルに、ルキウスは静かに目を閉じ、思案する。やがて彼の中で何かが決まったのか、ゆっくりと口を開き機械的に語り出した。
それは煮えたぎる怒りを、あえて吹き零させるように蓋をしているようであった。
ここから先の記録は、彼の独白をまとめたものである。
「20年前、魔王ロードレクの起こした独立戦争の終結した時、私は18の時だった。
その時私は既に前線で、私は双子の妹と一緒にトライデントを担いで戦っていた。両親は幼い頃に亜人撲滅を信条とする過激派の聖騎士に殺され、唯一の家族である妹とともに、人間たちを滅ぼさんとする憎しみを糧にそれまでを生きてきた。亜人に自由と平和を……その理念のために戦ってきた私にとって、魔王の死を以ての終結したあの戦いは、到底納得できるものではなかった。各地での戦闘が次々と沈静化していく中で、私を含めたシーマの部隊は撤退戦を繰り広げて……ついにはこの地に辿り着いた。孥砲のための杭を作るのも困難となり、そもそも兵糧も尽きてここまでかという所で、だ……。
我々は死を覚悟した。魔王の死を信じられない我々の抵抗が無駄ではなかったと、故郷のネブラズールに祈りを捧げんとしたとき、件の村の者たちが我々を見つけた。聖騎士団にでも通報されるか、あるいは死力を振り絞って村を襲ってしまおうかと身構えていたが、この時の村の住民たちは我々に対し友好的に接してきた。聞けば勇者フレイが、魔王の遺言を成就せんと奔走しているという噂を聞きつけていたためだと言われた。
私は……恐らく、妹も、困惑を隠せなかった。人の子が魔王の……亜人の言葉に耳を傾け、あまつさえ願いを聞き届けてくれるとは思わなかった。
『我々は今まで殺し合ってきた間柄ではあるが、その憎しみを飲み込み、これからは手を取り合って生きていくべきだ』
そう言われた時の、地獄のような戦いを生き抜いた緊張と、これまでしてきた撤退戦に感じた倦怠感が、解きほぐされるような感覚を今でも私は覚えている。
あの時は、これから私に人間の友ができることも、妹に人間の思い人ができることなど考えもしなかった。それを幸福と感じることさえも。
私でも知らない間に、私は疲れていたんだ。戦い続けることも、人間を憎み続けることにも。それが、延々と連なって、終わらないことに。
今にして思えば、あそこで私が彼らの手を取ったのは怠惰であり、諦観であった。
私はそれに気付かずに……、私は十年以上、彼らと平穏を共にしていた。
五年前、妹が事故で亡くなったと聞かされた。
当時の村は食糧難で、それを少しでも補うために妹はシーマたちを集めて山菜を取りに丘を登った際、崖崩れに巻き込まれて全員行方を眩ませてたと……。
私は信じられなかった。毎日毎日昼も夜も慣れない山を駆け回って妹を探したが、その痕跡すらなかった。
そんな私の中に諦観が芽生え始めた一年後……ちょうど、妹の命日に浮雨湖が生まれた。
私は村を思うシーマたちがもたらした奇跡だと本気で思い、村の人間たちは驚喜していた。お前も知っての通り、我らは元々浮雨湖の浮水から生まれる霧雨を浴びるだけで生きることができる。そして村人は採取した浮水を首都の物好きな貴族たちに売って村を再建することができる。
全てが、まるでこうあるべきだと、啓示のように当てはまる。当時の私でさえも、奇跡だと喩えられても疑問には思わなかった。
だが実際には、あれは神の奇跡などではなかった。おぞましい、悪魔の所業だったのだ」
◆
「二年前まで、この村にはラナっていうシーマ族の女性がいました。双子の兄と一緒に、ここに来たシーマたちを指揮していたリーダーでした」
そう語るアレクの視線は遠く黄昏れていて、今まで緊張していた頬も少し緩んでいるようであった。その様子にシッドは微笑ましそうに鼻を鳴らした。
「とても優しい女性で、だけどリーダーらしく芯が強くて立ち振る舞いは凜としていて……村の若い人たちは、だいたい彼女に憧れてたんじゃないかと思うくらい人気でした」
「お前も含めて、か?」
頭を掻いてあはは、と愛想笑いをするアレクだが、その顔はすぐに暗く沈み込んだ。
「でも、村が貧困して弱っていくのも見過ごせなかった彼女は、シーマたちに人手を借りながら山菜を採っていたところに、崖崩れに見舞われて死んでしまったんです。兄……ルキウスも、しばらくは失意に暮れていた」
「妹思いなんだな、そいつ」
「ああ、傍から見てもとても仲の良い兄妹だったよ」
だからかな、とアレクは一息吐く。
「それから一年くらい経って、近くの湖が浮雨湖になったとき、あいつ『妹が奇跡を起こしたんだ』って言って感動していたんですよ。前に、シーマは湖底に神を見いだしているって言ってたくせに……」
「それで、この村は再建されたのか?」
「ええ。碧霧で生きながらえるシーマは、率先して浮雨湖に移り住んでいって……シッドさんもご存知のように、村は浮水によって得た利益で外から食料を買い取って暮らしていました」
「……それがなんでこんなことになってんだ? 現状も見る限り、喧嘩したって軽いもんじゃねぇんだろ?」
怪訝そうに問うたシッドに、アレクの表情はますます暗くなる。組んだってを口元において、やや言い淀みながらも、
「……シッドさん。シーマが、亡くなった遺体をどのように弔うのか知っていますか?」
そう言葉を続けた。
「……いや、知らねぇな」
「シーマ族は他の亜人たちに比べるとやや短命で、その短い人生を浮雨湖の上に居住区を構えて暮らします」
目を伏せながら……まるで教えられたことを反芻するように、アレクは語る。
「シーマにとって浮雨湖は自らの世界そのもの……だ、そうです。そして湖底に生える大結晶を神として、浮雨湖に暮らす全ての生命はその大結晶からもたらされたものだと伝えられています」
「湖底の結晶が神……エル教に比べりゃあ、まぁ身近な神だな」
「ええ、なのでシーマは浮雨湖から生まれた生命を、湖底に還すために沈める風習があるんです。湖で採れる魚や、自分たちを」
へぇ……とシッドは感心を漏らす。
「ん? でもよぉ、たしかシーマって水上に浮いちまう種族だったろ?」
「ルキウスが言うには、死んだ同胞は湖へ還ろうとする遺志があるらしくて、遺体は手首足首の結晶が重しになってむしろ浮いてこないそうなんです」
「はぁー……。常々思うが、不思議なもんだな亜人ってのは」
「そうですね。……それが、悲劇の始まりだったんです」
目を丸くしながら頬杖を突くシッドとは裏腹に、俯きながら組んだ手に力を込めるアレク。
「あの日、俺は浮雨湖に移住していたルキウスを尋ねてました。霧と木々に囲まれた湖畔で、お互いが順調なことを話して笑い合って……」
アレクの手が震え出す。表情には鬼気迫っており、目は見開かれていた。
「その時でした。いつも通り湖上から湧き出している浮水が、湖底からあるものを巻き込んで持ち上げたんです」
「あるもの?」
「骨です。崖崩れで死んだとされる、シーマの」
ただならない様子に、シッドの表情は強ばらせながら視線を逸らして思案する。
少しして、シッドの目が見開かれた。
「まさか……」
「ええ、そうです……」
アレクは一度大きくを息を吸う。
そして息を大きく吐きながら、顔を覆った。
「ラナたちは、沈められたんです……村の、老人たちの手によって」
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