遺志を継ぐⅠ


     ◆


 廃屋が群がる村には、土埃と哀愁が漂っていた。

 長らく使われていない石壁は、大陸中南部特有の乾燥した気質により風化し、所によっては屋根の重量に耐えきれず自壊しているものもある。そうして崩れ落ちた屋根の隙間からは、埃にまみれたキッチンの様子が伺い知れた。遠くには畑や農場らしき敷地もあるが、それもまた寂れたこの村を彩る一因となっていた。

 中には、風化では片づけられないほどに崩壊した建物もあった。壁の横から穴が空き、煤で黒く汚れたものも、多く見られている。中央の広場には大穴が掘られている場所もあった。

 アルたちを乗せた二頭立ての馬車は、そんな村の中を悠々と走っていた。時が止まったように、営みが死に絶えたこの空間で、馬の息づかいと回る車輪だけが生を保っていた。

 馬車の荷台に揺られながら、アルは小窓から廃屋を眺めていた。結晶薪の詰まった木箱に頬杖を突きながら、遠くを見つめるその瞳は透明度の高い空色をしており、色あせた雰囲気を漂わせる外の景色に同調するように、その顔は物憂げな様を表していた。


「ここらへんは、打ち捨てられた村が多いみたいだね」


 腕を組みながら、ローランはアンニュイなアルを見つめていた。時折視線を外し、幌を支える梁を見上げながら……、二人の間にはぎこちない沈黙が流れていた。


「ああ、ここいらはしゃあねぇよ。戦争の影響をモロに受けちまったからなぁ……」


 ローランの呟きに応じたのは、幌越しにくぐもったシッドの声だった。アルがわずかに目を細めたのを、ローランは見た。

 大陸を南北に分ける山系を背にした中南部の村々は、首都へ続く街道が近いこともあって、亜人軍たちの侵攻の影響を強く受けていた。特に戦争が中期に入って、戦線が停滞していた時期でもあり、亜人軍も村に対し残虐な仕打ちを以て不満を解消しようとする者も少なくなかった。彼らは付近の村人を襲い、略奪した挙句住人を殺して回った上で、広場に大穴を掘ってそこに死体を投げ捨てて処理していたという。


「中南部といえば……たしか、バレシアっていう村があったっけ。オレンジ畑が有名でさ、収穫の時期になると一面綺麗なオレンジ色が広がるんだって――」

「ローラン……、お前それ十五年以上前の話だぜ? ここいらの村はみんなセターニルと合併しちまってるし、そんなでっけぇオレンジ畑なんて、戦争でなくなっちまってんだろ……?」

「え? ああ、そうだったのかい? あ、ははは……」


 呆れたシッドの声に乾いた愛想笑いを返すと、外を眺めていたアルが酷薄な笑みを浮かべたまま、ローランを横目でジロリと睨んでいた。


「さすが死霊術士ですね、ローラン。墓穴を掘るのが上手い」

「やめてくれないかい、アル。今日の死霊術士が、死体を掘り起こす必要なんてないんだから……」

「ええ、そうでしょう」静かにそう言い返すと、アルは再び小窓に目を向ける。

「死体なんて、何十年も前に調べ尽くしたでしょうに」


 視界の先には、わずかに白骨を覗かせた大穴があった。

 ローランはそれ以上何も言えずに、再び梁を見つめ出す。

 荷台の重苦しい雰囲気に耐えかねたシッドが、アルに呼びかけた。


「お嬢ちゃん、昨日も言ったがよ……、あの村で起きたことが、この大陸中の茶飯事だって、思い違いしねぇで欲しいんだ。そりゃあ二十年前までは聖騎士たちと殺し合ってきた仲だし、それに未だ禍根を残してる奴らだって、大勢いる……」


 ローランは幌に目を向ける。目を逸らしたままの、アルに代わって。


「だけどな、少なくともロシュー伯や……、俺だって、亜人と一緒にやっていけたら、この国はもっと豊かになると思ってんだ。もちろん、一緒の仕事仲間としてな」


 アルは依然、瞳に空色を浮かべながら素知らぬふりで……しかし、その視線は小窓の縁にまで落ちていた。


「戦争に勝ってしまったことが、彼らにとっては災いしたのかもしれない。そのせいで彼らは亜人を、心のどこかで被支配者として見ていたんじゃないかと、俺は思うよ」

「実際どんな事情があれ」ローランの考察に対して、シッドの声音はあからさまに低くなる。

「あの村の老人どもはクソ野郎だ。俺から伯爵に報告して、正当な裁きを受けさせてやる」


 記録によれば、アレクという青年に事情を聞いた後、シッドは村長宅へ殴り込みに行ったとある。そこでシッドは青年と、村で起こった凶行を伯爵を経由して教団に伝え、裁判を行わせることを約束していた。


「別に、シーマたちのことを考えていたわけではありません。帝国の法が、誰をどのように罰しようが、シーマたちには関係ないことです」無視を決め込んだアルは、独り言のように呟く。

「どんな形であれ、シーマたちはこれまでの過去を清算して、これからを生きていくことになるんですから」


 ただ……。そう言ってようやく小窓から目を離したアルが、冷たい青の瞳を幌越しのシッドに突き刺した。


「なんだよ……?」

「気持ちの良くない景色に辟易しているだけです。わかったら、気を遣って話しかける前に、さっさとここを抜けてください」

「はいはい、わぁーったよ。ったく、なんでったってこんな道中暗くなきゃあいけねぇんだ……」


 馬を促しながらブツブツと呟かれた愚痴は、しかし幌に遮られ最後までアルの耳に届くことはなかった。

 またしばらくした後、次にこの気まずい沈黙に耐えかねたのは、ローランであった。


「あー、っと……。シッドさん、これから行くセターニルってどんな町なんですか?」

「元は、戦争で廃棄した村の人間たちが、避難所として寄り添った洞窟だったんだがな……、それを俺たち行商人や軍の遠征の中継地点になる宿場町として開発した町なんだ」

「へぇー、宿場町……」

「そうそう、南北を分ける小さな山系の傍にあって、突き出した岩壁の下に住居があるせいで建物が埋まってるよう見えるんだ、面白いだろ?」


 興味深そうにうんうん頷きながら、ローランはアルに視線を向けた。


「だってさ、アル。いやぁ、宿場町なんて初めてだし、楽しみだなぁ……」


 白々しくおどけた口調のローランを余所に、アルは下手くそ……と誰に聞かせるでもなく呟いて、再び外の景色に目を向ける。

 その瞳の色は、黄色に帯び始めていた。


     ◆


 丘陵地帯の岩壁を、まるで傘にして隠れるように、セターニルという町はそこにあった。

 小川を挟んで二股の大通りを中心に長い形状をしたこの町は、壁沿いに石造りの建物が一体化しているように延々と続いており、ひとたび大通りを逸れると、住宅間の上部を岩が完全に覆い、点在するランタンが明かりを灯す人工の洞窟を作っている。景観そのものはやや暗く妖しい印象を受ける町だが、通りを歩く住民たちの顔は明るく町を彩っていた。

 町へ着いたアルたちの馬車を、張り出した岩から差し込む光を見て、ローランは目を輝かせていた。


「すごい……結晶樹の森を思い出すなぁこの感じ」

「私たちが移動している下にも町並みがあるみたいですね」


 静かな口調で呟くアルもまた、小窓に張り付いて町の景色を眺めていた。人々は活気に溢れており、通り過ぎた町の人間がアルと目を合わせて微笑んでいた。

 宿屋の一角で馬車を停めたシッドは、後方の幌を捲って顔を覗かせながら、アルたちに言った。


「今日はここで一旦補給して、明日また出発しよう。それまではここで少し羽根を伸ばそうぜ」


 そう言って、シッドは銀貨を詰めた小さな革袋をローランに投げて寄越す。ローランは袋の中身を確認しながら目を丸くした。


「いいんですか?」

「いいんだよ。俺ぁたとえ仕事だろうと、旅ってのは楽しくやりてぇ主義なんだ」


 日焼けした逞しい腕を組みながら、フンとシッドは鼻を鳴らす。


「俺も一旦領主館に赴いて、ロシュー伯に今回の顛末を連絡してぇしな」そう言ってローランに肩を寄せると、声をひそめて。

「夜までに、今日までの辛気くせぇ雰囲気をどうにかしてこいよ」


 半目で睨んだシッドの先には、フードを目深に被りながら小窓をチラチラ見ているアルの姿があった。暗がりの中身には、爛々と輝く瞳が一番星のように存在感を放っていた。


「町に着いた途端これだぜ……、まるで借りてきた猫じゃねぇか」

「あ、はは……。実は彼女、これまでずっと森を出たことがなくて」

「そんなことはどうでもいいです。行くなら早くしましょう」


 顔を外に向けたまま、心なしか声を弾ませたアルは言った。その様子に苦笑しながら、ローランは小袋を上げてシッドにお礼を言った。

 馬車から出て、暗がりの町並みを見渡したアルは、ふと小川越しに広がる段差状の町並みの頂上を指さし、ローランに問うた。


「あれって、もしかしてオレンジ畑ですか?」


 そこには、日に晒され青々とした木々の合間に、鮮やかな小さな光をポツポツと放つ一画があった。ローランは口を開けて、その景色を眺めながら答える。


「本当だ。そっか、バレシアのオレンジ畑はここに移されたみたいだね」

「行ってきます」

 

 口早に、そう言い切る前に、アルはローランを置いて通りを出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと!」と、慌ててローランは追いかけた。

「さすがに一人じゃ危ないだろう?」

「問題ありませんよ。道に迷うなんて馬鹿な真似は――」

「忘れたのかい? 教団が君を探していることを」


 フード越しの耳元で、ローランは囁く。人通りに紛れながら歩くその様は、親子のようであり、兄妹のようであり、しかし見知らぬ同士のような不釣り合いな関係にも見えた。


「顔が割れているわけじゃないでしょう? 少し動いたってわかりませんよ。そもそも、そのためにこれを被っているんじゃないですか」


 流し目でローランを見やりながら、アルはフードの端をつまむ。ローランはキョロキョロと辺りを見回す。視線の先にはでは簡素な革の鎧に腰に長剣を携えた二人一組の兵士たちが街道を巡回していた。


「見回りしている兵士も結構多い……たぶん、所属は帝国軍なんだろうけど、下手に騒ぎを起こして教団に嗅ぎつけられても面倒だろう?」

「いちいち心配性ですね。シッドも言っていたでしょう? 息抜きをしろと」


 不満げに口を尖らせたアルは、一度ローランから離れ、彼に振り向く。


「こういうのは下手に怯えているより、堂々としているほうがバレないんですよ」

「そういうものかな……」

「ええ、知りませんけど」

「アル……」

「とにかく、止めたって私は行きますからね」


 そう言って、足を弾ませながら街道を足早に歩いて行く。ローランもまた、うなだれながらため息を吐いた後、彼女の後を追った。

 途中両岸を渡す橋を通り、アルたちはオレンジ畑に辿り着いた。近くで見ると、深緑の葉から覗くオレンジの割合が目立ち、色鮮やかさがより際立つ光景があった。


「おや、旅の人かい? オレンジなら市場で売ってるのに、こんな所までどうしたんだい?」


 アルがフードの中に星を瞬かせながら眺めていると、木々の間から恰幅の良い初老の女性が顔を現れる。手には木箱を抱えており、仲にはまだ葉の付いたオレンジがぎっしりと詰まっていた。アルはハッとなって姿勢を正し、フードを取って女性に頭を下げた。


「いえ、町の方からこの畑が見えて……お邪魔でなければ、見学してもよろしいでしょうか?」


 お堅いほど謙虚な態度を見て、隣のローランは苦笑を浮かべる。


「何か?」

「いいや、何も」

「いやぁ歳の割に礼儀正しくて良い子だねぇ! いいよ、気が済むまで見ていきな」


 そんな二人のやりとりを、女性は快活そうに笑いながらアルの提案を受け入れた。


「ここのオレンジは、全部町の市場に流しているんですか?」

「そうだよ。ありがたいことに、ここの領主様も気に入ってくれてねぇ……ほどよい酸味がケーキにちょうど良いんだって、喜んでくれてるんだ」

「……いいですね、オレンジケーキ。食べてみたいです」


 始めは近くで収穫の様子を眺めていた二人だが、しばらくして見学のお礼と言って手伝いをしようと進言すると、女性はそれも笑顔で了承した。


「もしかしてここのオレンジ畑って、元々バレシアにあったものですか?」


 脚立に登ったアルの下で木箱を抱えて待っているローランは、ふいに女性に質問した。後ろで作業をしていた女性は「へぇー」と感心した声を上げて答えた。


「若いのに物知りだねぇお兄ちゃん。そうだよ、あたしたちは本当はバレシアの出身なんだ」


 オレンジを掴んだアルの手が、ピタリと止まる。


「うちの母親がね、戦乱で村が巻き込まれたときに、苗木を持ってきてたのさ。これがうちの唯一の財産だーって言ってね」

「…………」

「あん時のことは、今でも覚えてるよ。教団が、ちょうど伝承に準えた勇者を見つけたんだって噂が流れていた時で、亜人たちもピリピリしていたんだろうね。他の村もみんな焼き払って……、今思えば、あの洞窟によく逃げ込めたもんだと思うよ」


 遠い目で語る女性に、ローランは口元を押さえながらアルを見る。アルは、手に取ったオレンジを手元に抱えるように寄せていた。


「大変、でしたよね?」

「ん? ああ、ごめんねお嬢ちゃん。しんみりさせちゃって……」


 いえ……、とアルは首を振って、女性に向き直った。


「その時のこと、もう少し教えていただけませんか? 当時のことに興味があって……」

「そうなのかい? 最近の子は変わってるわねぇ……」そう言いながら視線を上げて首を捻らせた女性だが。

「んー、と言ってもあんまり面白い話じゃないよ? 洞窟の中で、他の村から来た人たちとずっと潜んでただけだったからねぇ」と言って肩を上げると、アルはそうですかと呟いた。


「今は今が大事なのさ。そりゃあ、二十年前の戦争のことを引きずってる住民も、少なくはないけどさ……」

「それは、正しいと思います。付近の村々は、悲惨な状況でしたから」

「それでも一緒に生きていこうって言った勇者様たちはすごいと思うよ、あたしは」


 そう言って、女性はオレンジを一つ取って、アルに渡す。アルは手元で二つになったオレンジと女性を交互に見て、紫の目を丸くしていた。


「手伝ってくれたお礼だよ。そうだ、さっきオレンジケーキが食べたいって言ってたわよねぇ? うちが卸してるところで、ケーキを出してくれる食堂知ってるから、紹介してあげるよ」


 最後に、女性はにっこりと笑った。


     ◆


 それは、アルたちが食堂を出てすぐのことだった。


「ケーキ、良かったねアル」

「ええ、良いお店を紹介させて貰いました」


 アルも珍しく素直に顔を綻ばせながら答える。ローランは微笑み、空を見上げると、太陽は未だに岩肌の隙間からこちらを覗いていた。


「さて、これからどうしようか? まだ夜までには時間があるみたいだけど……」


 フードを被り直したアルを見ながら、ローランは言う。そうですね、と呟いたアルの視線は下層に向けられていた。


「この下は、どうなっているんでしょう? 見たところ住居があるようで、すが……?」


 アルの言葉は、通りの先から聞こえる怒号によって、尻すぼみになっていった。ローランが目を凝らしてみると、何かの騒ぎが、徐々にこちらへ近づいているように、人通りが端に逸れていくのが確認できた。


「――てっ! こ――――キッ――」

「誰か――をつか――!」


 騒ぎの中心では、二人の兵士が必死の形相で何かを追っかけているようだった。兵士の姿のぎょっとしたローランはアルの前に立ち様子を見計らう。

 その直後、突然アルたちの目の前を、猛スピードで異様な影が過ぎ去っていった。

 アルは過ぎ去った影に煽られた銀髪を押さえながら、影の行方を追いかけようと振り返る。しかし路地を曲がった影はその全容をアルに見せることはなく。


「尻尾……?」


 ただ低い位置に細く伸びた影だけを、そう捉えることができるのみであった。続けて悪態をつきながら走り去る兵士たちを見送りながら、アルは顎に手を当てて視線を落とした。


「今の……」

「アル?」

「今の……、そうだ、あれ……!」気付きを得たアルの顔が、花開くように徐々に持ち上がり目を見開かせる。そのままバッとローランにその顔を向けた。


「追いかけましょうローラン!」

「なんだって?」

「さっき通り過ぎたの、ドリドですよ! 亜人の! ラガルトラホの!」


 同じく目を見開いて驚いた顔を見向きもせずに、アルはそう言って兵士の空けた大通りを走っていく。出遅れたローランは、アルの後ろをついていく形で彼女を追いかけた。


「ラガルトラホのドリドって……それって……」

「中央山系の魔光洞まこうどうに地下世界を築いている亜人ですよ! 『あの』魔光洞ですよ知らないんですか!」

「知ってるよ! でもあの種族って、滅多に外界に出ない……二十年前の戦争にだって参加しなかった亜人じゃないか!」

「そうですよ! なんでそんな種族が、軍の兵士なんかに追いかけられているんですか!」

「俺だってわからないって!」


 大陸中部……南北を分ける山系の中心には、巨大な谷が存在している。その谷間をさらに掘り進めたことにより作られた、超巨大な垂直洞窟で暮らしているのがドリドである。この洞窟は高濃度の魔素が溜め込まれた魔境であり……しかし、脆弱な聖質によって自己保存境界を保つことができずに魔力光となったものが光の球となって洞窟内を浮遊しているのだという。これを偶然発見した魔術士は、生物の起源に魔力の光を見いだし、研究することによって生物が内包する魔力を解析し、時には改ざんすることを可能とした。

 ラガルトラホ獄界ごっかい。通称・魔光洞。そこは死霊術士が聖地と呼び称える場所であり、民間伝承の中にはそこを死んだ魂の行き着く場所だという説話が残されていた。

 様々な困惑が隠せないまま、アルは通りを曲がり路地裏を走る。

 その終着点……岩壁に阻まれた先には二人の兵士と、ツナギ姿の少年の姿があった。

 少年の姿は、ローランの胸当たりまでしかないアルよりも、さらに小さい体躯をしていた。頭には結晶化した二つの突起が対照的に伸びており、それは頭を守るように後方へ流れている。それもまた目を引く特徴ではあるが、さらに彼を注目させるのは、腰部に伸びた彼の全長の半分を占めるであろう『尻尾』であった。それは角と同様に結晶化した突起物のようであったが、各部に脊柱めいた機構があり、左右にしなやかに揺らすことを可能にしている。中心から派生したヒレのような結晶は、まるで呼吸をするように一定のリズムで上下していた。

 少年の目は、二人の兵士に囲まれているのにもかかわらず、迷いなく真っ直ぐなものであった。


「な、なんだよ!? オレが何をしたっていうんだよ!」

「とぼけるなトカゲ野郎! 領主館の壁に予告状を書いたのはお前だろう!」

「なんのことだよ! オレはただじーちゃんの所に……!」

「とにかく一緒に来い! 弁明は領主様の前でだ!」


 兵士の一人が、少年の腕を掴む。日焼けのそれではない、浅黒く細い腕が拘束を逃れようともがいていた。

 その時ローランは、何かに気付いて隣を見た。

 

「アル、待っ――」


 続いて声を上げようとする。隣にはもう既に誰もおらず、目の前には上空を飛び上がった小さな影が見えたからだ。


「やめ、なさいっ!」


 凜とした声が、路地裏の洞窟に響き渡る。

 ローランが声を上げ終わる頃には、瞳に火を灯したアルの足裏が、兵士の頭に直撃していたのだった。

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