第2話『俺だけ居場所がないなんて』
「このまま募集要項を探しているだけじゃダメだ」
一晩が明けて探索者組合が開店してから、2時間ほど募集用の掲示板をガン見している。
じゃあどうするのかって?
そりゃあ、俺みたいな戦闘力がほとんどない駆け出し鍛冶師にできることは限られている。
惨めだと笑われようとも、頭を下げて頼み込むしかないんだ。
「あ、あの。俺は鍛冶師……なんですけど、パーティに加えてもらえませんか?」
「ん?」
今まさに受付嬢とパーティ募集の件で話を終えたであろう、年齢の近そうな少年に話かけてみる。
「鍛冶師って随分と珍しいね。何ができるの?」
よし、食いついてくれた。
「戦闘中に摩耗してしまった剣を研いで切れ味を復活させることができます。それだけではなく、多種多様な武器の点検も可能ですので、移動距離が長い狩りなどで活躍できると思います」
「それは凄いね。僕ら探索者は武器が命だから、武器のことをあまり気にしなくていいのは大助かりだ」
「ですよね。他にも簡易的なものではありますが、現地のものを用いて簡易的な武器を作ることもできます」
「おぉ、それは凄い。もしも武器が壊れてしまった時に、そういうことのできる仲間がいたら心強い」
「ですよね、ですよね。それでは――」
このままいけば、俺はパーティに入ることができる!
そうだ、俺は役立たずなんかでも、ただ飯ぐらいなんかでもないんだ!
憧れた探索者人生は、またここから始まるんだっ!
「それで、キミはどれぐらい戦えるんだい?」
「……」
「ビックマウスだ、なんて笑われるかもしれないが、僕達は伝説の探索者達と肩を並べられるように強くなっていくつもりだ。目標は高ければ高いほど燃えるからね」
その質問に対して、俺はどう答えればいいのかわからない。
「どうかしたの? あ、こちらの情報を渡してもないのに情報をよこせなんて失礼だったね。パーティリーダーである僕はレベル7。他にも2人いるんだけど、レベル4とレベル5だよ」
「俺はレベル5です」
「おぉ! なら、みんな駆け出しだから足並みが揃ってちょうどいいね」
隠していても仕方がない。
どうせパーティを組んだらすぐにわかってしまうんだから。
「俺の戦闘能力はかなり低い……どころか、レベルなんて飾りでしかありません」
「……そうか、それは残念だ。申し訳ないけど、最初にも言った通りで僕達は高みを目指しているんでね。悪いけど今回の話はなかったことにしてくれ」
「……わかりました」
彼は嫌味1つ言わずに目の前から去って行った。
だが、説明されずともわかっている。
自分の口で言ったのは重々承知ではあるが、事実上の戦力外通告。
やはりどこのパーティでも、戦力にならない人間はいらない、ということだ。
……落ち込んだままじゃ、ダメだ。
こういうことになるのは最初からわかっているんだから、まだまだ粘らないと。
「ねえ
見知った声に振り向くと、そこには
「ああ。時間ならあるぞ」
「じゃあちょっと場所を変えましょ」
久しぶりに見る受付嬢の制服全体を目の当たりにして、少し前までの初々しい姿は既にないと寂しい気持ちを抱きながら後を追うと、各所に設置してある休憩スペースに辿り着く。
丸テーブルを挟み、向かって右側に座る美和に対し、俺は対面に腰を下ろす。
「俺を呼び出したってことは、入れそうなパーティがみつかったのか?」
「いいや、それはまだ」
「じゃあなんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ。
「……仕方がないだろ、俺にはああやって頭を下げてパーティを探さないとどこにも入ることができないんだからさ」
「だからって、ああまでしなくても……」
呆れているのか、心配してくれているのか、どちらかはわからないが美和は少しだけ目線を下げて口を閉じている。
「じゃあ、他に用事でも?」
「あ、そうそう。2つだけあるの」
「ほおほお」
「まず1つ目は、スキルガチャについて」
「それは興味深いが、あれって人生で1回しかできないんだよな」
「うん。これに関しては、探索者なら全員が知っていることだと思うけど。人生に1回しかできないからみんな慎重になるし、レベルが高くなってから回した方がいろいろと有利になるって言われてる」
スキルガチャとは、探索者となった人間にしか回すことができないもの。
ダンジョンができた時、地上表面に埋まっていた水晶の球が今の時代にも残っていて、それでできる。
ガチャとは言うものの、実際は手を乗せるだけで終わる簡単作業。
それに、獲得したスキルはダンジョン以外では使用することができず、他の場所では確認することもできない。
どこかで目にした物語では、書類に映し出されたり、ステータスボードを確認することによってステータスやスキルを確認することはできるが、残念ながら現実世界の俺達にはそのようなものはなし。
「こんな低レベルでスキルガチャを回してもいいものなのか?」
「別に何も問題はないわよ。スキルガチャに関しては、探索者になった瞬間から回す権利があるんだから」
「それはそうなんだが……賭けに出るには早過ぎないか……?」
「厳しいことを言うけど、今の一心は戦闘面をコンプレックスに思っている。だけど、それってすぐには解決することじゃない。だったら、戦闘面がどうにでもよくなってしまうぐらいの特技を身に付ければいいんじゃない?」
「うぐっ……」
厳しい意見どころか、ド直球で俺のメンタルをぶち抜いてくれるじゃあないか。
「まあでもその意見には一理あるな。さすがは敏腕受付嬢」
「なにそれ」
「いやあ、俺と探索者になったほぼ同じタイミングで受付嬢になったというのに、いつの間にかその制服が馴染んできたなぁって」
「一心って、もしかして誰かの服装をまじまじと見る変態だったの?」
「頼むから勘違いするな」
その、自信をもって仕事をしていますっていうのが羨ましいんだよ。
「そして関連しているからもう1つも。探索者の中で配信をするっていうのが流行るんじゃないかって噂になってるの」
「ダンジョンで配信ってことか? 危なくね?」
「うん。普通に考えるなら、カメラを持ったままモンスターと戦闘するなんてありえないぐらい危険。だけど、探索者限定に配布されているバンドで配信ができるみたいなの」
「マジかよ。これってそんなに便利なのか」
「いやいや、それは最初から高性能なバンドでしょ」
探索者になると配布される、左腕に巻かれているバンド。
これは個人の情報を全てリアルタイムで管理してくれて、個人用データベースにオートセーブしてくれる。
だからこのバンドが千切れたとしても、新品のバンドを装備すれば何事もなかったようになるわけだ。
ちなみに金銭やモンスターを討伐した際に獲得される経験値も自動計算してくれて、レベルアップも確認できる。
「一応、配信ソフトは購入しないといけないけどね」
「ちなみに、おいくら万円で……?」
「5000円ぐらいだって。低レベルと言われる、レベル10までは買い切りでそれ以降は月額になるとかなんとか。そこら辺は詳しくないから、誰かに聞くか購入する時に質問してみて」
「なるほどなぁ。つまりはあれか。普通の探索者として配信するだけでは微妙だが、スキルガチャで手に入れたスキルは希少性があってネタとして使えるってことか」
「ご名答。まあでも、一心もわかってる通りでかなりの賭けになる。どんなスキルが出るかすらわからないし、配信をしたからってグンッと視聴者が増えるわけでもない。――でも、探索者と配信者の二足の草鞋で頑張ってみるのもありなんじゃないかって提案ね」
「なんだか壮大な話だなぁ」
探索者の底辺として活動していた俺には、文字通り別世界の話だ。
しかし、スキルガチャで強力なスキルを手に入れたらそれが叶う可能性はある。
「くよくよ考えている暇も時間もないしな。やってみるか」
「さすがは一心。決断力だけは本当に見上げたものね」
「武器と向き合う時も一緒で、迷っていたらダメだからな」
「ふふっ、一心らしい」
俺には憧れている人が居る。
その人は雲の上に居る存在で、俺なんかが簡単に手は届くはずがない。
伝説の鍛冶師と呼ばれるあの人に追いつくため、俺はこんなところで足踏みしていられないんだ。
「じゃあ手続きは私が進めておくから。明日か明後日ぐらいにはスキルガチャを回せると思うんだけど――」
「ああ、明日も明後日もここに入り浸っていればいいんだろ? その間もパーティに加えてくれそうな人を自分でも探すさ」
「わかった。でもあんまり無理はしないでよ。そ・れ・に、頭をヘコヘコ下げたりしないで」
「いやでも――」
「私が嫌なの」
「なんだよそれ」
「い・い・か・ら!」
「できるだけ、な。だが、美和も知っている通り俺にだって叶えたい夢がある。悠長に構えていられる暇なんてないんだ」
「そう……だね」
頑固者、なんて罵られても反論はできないな。
「じゃあとりあえず、今日のところは掲示板と睨めっこした後、配信機材? を取り扱っている店にでも行ってみるよ」
「一番近いところで、ここを出て右に10軒ぐらい行くとあるらしいよ」
「案外近くて助かる」
「じゃあ私は休憩時間が終わるから」
「おう。美和もあんまり無理をするなよ。特に、お前目的で来る男とか気を付けるんだぞ」
「茶化さないで。それじゃ」
別に茶化しているつもりはないし、実際に毎日毎日ラブレターを貰っているとかなんとかって噂を聞いたことがあった気がしたから言ってみただけなんだが。
まあいいか。
よし、俺も動くか。
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