第6話『街を出歩く最中、あの時のお姉さん』

 とは意気込んだものの、やはり空腹には勝てない。


 最近はほとんど外食だったから、食材がなくなってしまっていた。

 ならば、さっそくスーパーに行くしかあるまい。


「米だけはまだまだ沢山あるから、おかずになるものと野菜は絶対に買っておきたいな」


 なんだか、こんな事を考えるのも随分と久しぶりだな。


 鍛冶師を目指して師匠の下で修業をしていた時は、買う物はメモに書いてもらっていた。

 それのおかげで金銭感覚を養うことはできたけど、ふとメモが渡されなかった日には、作るものは決まっているのに何を買ったらいいかわからなくなっていたよな。


 昔の話っていうわけでもないのに、随分と懐かしく感じてしまう。


 前のパーティに居た時も、基本的に家へ帰る事はなかった。

 宿に連泊したりしていたから、自然と自分で料理を作るという事から離れてしまっていたのもある。


「まあでも、込んだ料理なんてできないんだけどね」


 と、いつものスーパー前に辿り着く。


 そういえば、ここに来ると恥ずかしい思い出まで一緒に蘇ってきてしまう。

 たしかここら辺で荷物の運搬をしていた人が、ダンボールを積み上げていて……そこに、女性の人が通りかかって倒れてくるダンボールから助けようと走ったんだっけな。

 結果は本当に情けないもので、助けるどころかズッコケ挙句に俺がダンボールの下敷きになった。


 ああ、今思い出しても恥ずかしすぎる。


「あら?」


 そうたしか、あの時に顔を合わせた女性は目の前に居るような人だった。

 人だった?


「え」

「あっ、やっぱりそうだ。あの時の少年だっ」

「え、あ、はい。あの時はどうも?」

「あっはは。どうして疑問形なの? ていうか、そのセリフはこっちの方だよ」


 あっれー。

 俺がぼんやりと想像していた女性が、目の前に居る。

 これって幻覚ではないですよね?

 たしかにあの時、目と目が合った女性はとても綺麗で、その間たったの数秒程度だったけど見惚れていましたよ。

 だけど、こんなところでまた会うなんて奇跡ってわけですか? それとも、これも聖域ワークショップのスキル効果だったりするんですか?


「おーい、これは現実だよー。私はちゃんとここに居るよー」

「……あっ、ごめんなさい」

「こんなところでまた会うなんて、なんだか奇跡みたいだね」

「え、ええ。ちょうど俺も全く同じ事を思っていました」

「あっはは。じゃあ、これはもしかしたら運命の出会いってやつなのかも」

「いいいいいやいやいや」


 お姉さん、やめてくださいよ。

 ただでさえお綺麗で美しいのに、そんなドキッとしちゃう事を言わないでくださいよ。

 俺だって男なんですから、冗談抜きで勘違いしちゃいますからね?


「あの時は急いでいたから、お礼もできずにごめんね。あの時、倒れてくるダンボールから私を助けてくれようとしていたんだよね」

「ええ、まあ、そうです」


 恥ずかしい!

 お笑いのネタみたいになっていた俺の行動が全てお見通しになっていただけではなく、こうやって直接言葉にされると超恥ずかしい!


「ここであったのも何かの縁だし――って言いたいところなんだけど」

「いえいえお気になさらず」

「いや、これからお買い物なんでしょ?」

「はいそうですよ?」

「んー、どうしよっか。買い物って後でも大丈夫?」

「ええまあ」

「ならよかった。じゃあこれからご飯を食べに行こうよ」

「せっかくのありがたいお話ですが。お、お金が……」

「いいっていいって、私が全部出してあげるから」

「いやいやいや、ほぼ初対面で奢ってもらうのはさすがにこちらの気が引けてしまいますよ」

「えー。でもさあ、私があの時そのまま歩いていたらダンボールの下敷きになってたって事じゃない? 過程はどうあれ、キミは私を庇ってくれた。そのお礼がしたいんだけどなぁ? 人の行為を素直に受け取るのも大事な事だよ?」

「そ、その通りではあるんですけど」


 この流れ、身に覚えがあり過ぎる。

 自分の気持ちも大事だけど、相手の気持ちを考えろっ事か……。


「わかりました。よろしくお願いします」

「おぉ、素直な男子は好きだぞ~」


 もー! それ、やめてくださいよー!

 俺だって年頃の男子なんですから、勘違いさせるような事は言わないでくださいよー!

 この人、ウインクしたりポーズをとったりで、絶対に確信犯でしょ!


 あーもう、ズルいって!




「と、いうわけでまずは自己紹介っ」


 少しオシャレなパスタ店へ入った俺とお姉さんは、奥の角席に腰を下ろす。

 間違いなく俺が入ろうとは思えない、落ち着いた店。

 平日ということもあって、他のお客さんの姿は見えない。


「私の名前は阿須野あすの夏陽かや。よろしくね」

「俺は鍛誠たんせい一心いっしんです。よろしくお願いします」

「さあさあ、せっかくだし冷めないうちに食べ始めましょ」

「はい、いただきます」


 若いから沢山食べられるよね、というごり押しによって、俺はガーリックトマトソースのスパゲティ300グラムを食べる事になった。

 ガツンとニンニクの匂いとトマトの香りが鼻から体に侵入してきて、ただでさえ空いていた腹を攻撃してくる。

 それはもう、とんでもないほど食欲を刺激してきた。


 これは美味しい、美味しすぎる。


「おかわりとかデザートも頼んで良いからねぇ~」

「あひふぁふぉうもがいます」

「いい食いっぷりだねぇ。観てて楽しいから、もっとガツガツいっちゃってぇ」

「ふぁい」

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