第35話『配信をしていくってやっぱり大変だね』

「それでは今回の議題は、配信についてです」

「私達もそこまで詳しいことを知ってるわけじゃないけどね」

「よろしくお願いします」


 結局、食べすぎてしまった俺達は公園のベンチに座って休憩している。

 ただのピクニックとかであったら、このまま足を進めても問題ないんだろうけど、これからモンスターとの戦いが待っているから、さすがにね。


「一心くんは配信って、あんまり見たことがなかったんだよね?」

「だね」

「ちょっと前にも言ったんだけど、基本的に視聴者数が1人や2人の時っていうのはBOTといわれる、見回り用のアカウントだったりすることがほとんどなの」

「中にはROM専っていう、配信は視聴しているんだけどコメントはしないって人もいるけどね」


 ありがたいことに、俺は視聴者がそれぐらいになっているタイミングがないし、コメントをしてくれる人が居るから感謝しないとってことだよな。


「まあ、私達はそういう経験をしているからわかるけど、一心くんはわからないかもね」

「うん。春菜はるな真紀まきには感謝してもしきれないよ」

「いやいやいや、その言葉は逆だよ逆」

「そうそう。助けられたのは私達なんだから」


 いつも通りの流れになってしまう。

 この話題はどっちも引くに引かないから、できるだけ出さないようにした方がいい……か。


 どっちの気分も、あの時みたいに暗くなってしまいそうだから。


「ごめん、話題を逸らしちゃった。こっちから質問してもいいかな」

「うんうん。じゃんじゃんカモーン」

「コメントについてなんだけど。誰かが配信を観てくれているんだって、つい嬉しくてコメントに視線が向いちゃったり、コメントに反応しちゃいたくなるんだけど、どうしたらいいかな」

「あぁーわかるわかる。すっごいわかるその気持ち」

「私達も最初の頃はそうだったもんね。春菜はるななんて、コメント返しに夢中で躓いて転んだりしてたから」

「あいや~、あの時は嬉しくってね。今思うと、転んだりするだけで済んだのが不幸中の幸いだったなって思うよ」

「そうね。戦闘している時は、常に緊張してたからコメントを気にする暇もなかったって感じだったもんね。調子に乗って戦闘中にコメントばっかり見てたら、今頃ここには居なかったかも」

「怖い話だけど、本当にその通りだよね」


 ……そういうことだよな。


 こうやって浮かれているけど、少し前の俺は積極的に戦うことはなかった。

 今は聖域ワークショップという強力なスキルがあるけど、中身が劇的に変わったわけじゃないんだ。

 もっと気を引き締めていかないとダメだよな。


「慣れていくしかないってのはあるけど、一番は集中することだよね」

「うんうんっ。コメントは見ようとしなければ視界内に映ることはないから、モンスターが居ない時とか、通路とかの移動している時に見たり返したりすればいいよ」

「そうそう。そこら辺は視聴者だってわかってるはず。まあ、それでも無視されていると思っちゃう人もいるだろうけど」

「言われてみればその通りだけど、いろいろと難しいんだな」

「まあ、世の中にはいろんな人がいるからね」


 たしかに、それはそうだ。


「まあだから、1に戦闘、2に警戒、3に配信って感じで考えればいいと思うよ。命あっての活動だから」

「わかった、そう考えることにするよ」


 本当にその通りだ。


 スキルがあるにしても、悩んでいる場所が違う。

 みんなで戦っているんだから、誰かの評価より、もっと優先的に考えないといけないことがあるじゃないか。

 俺達はパーティなんだ、小さなミスが命取りになってしまうダンジョンで、余計なことを考えている暇はないんだ。


「それでさ、前の続きなんだけど。一心くんのスキルについて」

「あ、私も考えたんだよね」

「え?」

「いやね、ただの考察なんだけど。作業場が聖域で、武器庫から武器を取り出して、金槌で武器を打つ。ここまでは考察通りだったにしても、じゃあその先はないのかなって」

「先って?」

「うーん、妄想でしかないんだけどね。やっぱり鍛冶師って、武器を鍛えるイメージが強いから強化とかできるんじゃないかなって」

「それ、私と思った。そもそもの話、あの空間から取り出している武器の力が強すぎるから1撃でモンスターを討伐できているとしたら、今金槌で叩いているのってあんまり意味がないのかなって」

「あー。100の体力に対して、110の威力がある武器を強化して120にしたところで1撃で討伐できるのは変わらない、と」

「そういうこと。無駄とは言わないけど、相手にしているモンスターが弱くて効力を体感できないんじゃないかなって」

「なるほど」


 たしかにそうだ。

 金槌で叩けている感触はある。

 だけど、光剣は1撃で粉々に粉砕してしまうし、攻撃したモンスターも1撃で討伐できてしまう。

 本当に強化されているのか、と疑問に思ってもいた。

 2人の仮設通りだとすれば、真価を発揮するのはまだまだ先なのかもしれない。


「それで、最後になんだけど」


 真紀が方眉を歪めている様子から、そこまで自信がない話かもしれない。


「本当にわからないんだけどね。もしも、もしもなんだけど、聖域や武器が一心の集中力に依存している可能性ってないのかなって」

「集中力……?」

「うん。全然、なんの根拠もないんだけどね。勝手なイメージなんだけど、鍛冶師とかっていう職人さん達って常人にはない集中力を持っていると思うの」

「たしかに。私もそれはイメージできる」

「でしょ。今は戦闘に集中しなくちゃいけなかったり、慣れない配信をしていたり、新しい環境だったりって集中力が散漫していると思って。だから、武器を打つために全力で集中したら凄い威力の武器が鍛えられるんじゃないかなって」

「じゃあじゃあ、もしかしたら聖域の方も1撃で壊れなくなったりして!」

「その可能性もあるよね。まあ、ただの仮説だけど」

「……それは凄い発想だ」


 俺の中にも、鍛冶師などの職人は尋常ならざる集中力が必須だという認識がある。


 師匠などの背中を観ていた時、その覇気に気圧されて何度も呼吸が止まっていた。

 そして、あんな凄い集中力を俺なんかが発揮できるはずもないとも思っていた。

 現に、今の今まで集中力が高まっていると自覚できたことはほとんどない。


 もしも仮説が本当だったとして、こんな俺にそれができるんだろうか……。


「まあ、こればっかりは時間で解決するしかないからね」

「そうそうっ、誰だって環境に慣れるまでは自分の力が発揮できないもんだよ」

「う、うん。頑張るよ」


 でも、その優しい言葉に甘えるだけではダメなんだよな。


「よし、そろそろ歩き出そっか」

「だね」

「うん」


 無理をしないにしても、これから向かう階層も初めての場所だ。

 気合を入れて望まないと。

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