第五章
第31話『オーバータイム突入!』
目の前には数日ぶりに集合した
「今日はみんな、ちゃんと集まることができてよかった」
と、誰よりも安心している俺は、2人に対してこの言葉を向けているのではなく、自分自身に向けて言葉にした。
なんせ、
春菜とお昼に少しだけ顔を合わせたとき、「集合1時間前までにそれぞれの連絡がなかったら欠席扱いにしとかない?」と逆に念を押すような発言をしたのは、自分の体がヤバそうだったからだった。
「それにしても、本当にやる気が満ち溢れている感じがするね」
「それはそう。ダンジョンとは違って、撮影で体を動かすことはほとんどないから」
「うんうんっ。私も写真を撮られているときはポーズをビタッと決めだからね」
「体を動かしたくて仕方がない」
雰囲気だけならず、ずっと準備運動をしていることから本心で言っているのが凄く伝わってくる。
そのノリについていけそうで、本当によかった。
なんせ、夏陽さんが訓練のご褒美ということで回復薬をガブガブ飲ませてくれたから。
「じゃあ今日は、連絡し合って決めたておいた通りに第3階層で体を慣らす。そしたら第5階層で感覚を取り戻す、という感じで大丈夫かな」
「うんうん、それで大丈夫~っ」
「それで問題なし。さすがに気持ちだけ先行しちゃって怪我はしたくないからね」
「どうせだったら、配信とかも一緒にやっちゃおうよ」
「たしかにありだね! お仕事中、SNSで何人かからメッセージきてたし」
「俺もそれで大丈夫だよ」
さすが、と言っていいのかはわからないけど、数日間配信をしていないだけでそんなメッセージが届くものなのか。
俺はSNSをやっていないからわからないが……いや、俺にはそんなメッセージはこないだろうな。
ブレスレットを操作して現在のチャンネル登録者数を確認しても200人にギリギリ到達していない。
俺も配信をしていなかったから、というのもあり、何やら人気? になっている動画が2人の配信やSNSで盛り上がっているらしいけど、困惑しないようにしてもらっていたし。
「あっそうそう、私もちゃんとスキル名が配信に乗らなくなる設定をしておかないと」
だけど、あの視聴者が温かく見守ってくれている感覚は好きになってしまったかもしれない。
顔も名前も性別もわからないけど、俺を観てくれてコメントしてくれて寄り添ってくれるだけじゃなく、面白おかしく騒いでくれたり一緒に考えてくれたり勇気づけてくれたり。
初めて心が温かくなった瞬間を味わえた、そんな気がしているから。
まあ本当、ただ俺が言いように考えているだけだっていうのは
「ん、
「やべ」
できるだけ邪魔にならない場所を陣取って話しをしていたつもりだったけど、この場所に用がある人かもしれないし、邪魔なものは邪魔だもんな。
周りを確認せず呑気に話をしていたことは反省しないと。
「あれ、まだ」
「え」
「あれ」
「ええ」
俺、そんなに避けるのが下手くそすぎたか。
なんていうか、正面から誰かと鉢合わせたとき互いに左右への移動が被って気まずくなるやつ、みたいな感じになってるとか恥ずかしすぎるぞ。
だって俺は、それを後ろ向きでやってるんだから。
「止まった」
「えぇ――っ!?」
そして次の瞬間、左肩に手を乗せられたものだから体がビクッと跳ね上がる。
「やあやあシンくん、また会ったね」
こんな状況では、恐る恐る申し訳なさそうな表情で振り返るところだが――聞き馴染みのある声に表情明るくパッと振り返った。
「
「オッスオッス、オッスッスー」
「なんですかそのおかしな挨拶。初めて聞いたんですけど」
「あはは~っ。なんせ、警戒心を持たれないような挨拶で登場しようとさっき思い付いたからね」
「あー。流れは理解できましたけど、咄嗟にしては変すぎますよ」
「あらそう?」
「はい」
「バッサリだね。こりゃ
額をペチッと叩いてウインクしながら舌を出した夏陽さん。
「あの、そちらの方はどなたで?」
「え、なになにこの状況!? 私が下を向いている内に、いったい何が?!」
俺は、
俺は自分で認めるほど【
そうじゃない人たちからしたら、有名人であろうと知らない人は知らないんだから、それは仕方がないことだからね。
でもあれ、だとしたらお忍びで俺と接触をしてくれていたのを前提にすると……ここで、普通に紹介するのはマズいのでは?
ど、どうしたらいいんだ……。
「私の名前は
あ、普通に言っちゃうんですね。
一瞬でも思考をフル回転させた俺の疲労度、返してもらっていいですか?
「え? 今なんて?」
「春菜、普通に聞こえてたでしょ。聞き返すのは失礼だよ」
「いや、でもだって。え? 本当に?」
春菜と真紀は、真相を確認するべく俺へ視線を向けてきた。
「いいんですか夏陽さん」
「問題なっし」
「わかりました。この人は、間違いなくそういう人。いろんな偶然が重なり合って、数日間だけど訓練をつけてもらったり指導してもらったりして同行してたんだ」
「な、なるほど?」
「私たちが仕事をしている間に、憧れの人たちとお近づきになってたんだ」
その、突き刺さるような目線をやめてはくれないか真紀。
「それじゃあ、私と会って話をしたときもその途中だったんだ?」
「まあ、ね」
「はい? 私、その話は知らないんだけど。抜け駆けしたんだ」
「えーあー、あれはそのー……ほら、真紀は忙しいって言ってたじゃん?」
「それとこれとは話が別でしょ」
「ごめんってー」
合掌して真紀に謝っている春菜を姿を苦笑いで眺めていると、夏陽さんは俺の背中に手を付けて撫でてくれた。
何がどうして、と思って夏陽さんへ視線を向けると、言葉はなかっけど表情で「ちゃんと話せるじゃん」と言ってくれているように見える。
俺は、優しく背中を押してもらえたような感覚になり、いろいろな感情が込み上がってきて涙が溢れそうになるも、大きく深呼吸をしてなんとか耐えた。
「あ、それでどうしたんですか?
「そうそう、いろいろと話が変わってね。出発までちょっとの間だけ、私が3人の面倒を見てあげようって話し」
「えぇ!?」
「そう! これはオーバータイム突入! ということだね!」
「えぇえええええええええええええええええええ!?!?!?」
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