第30話『密会で会議で報告で――』

夏陽かや、指導お疲れ様」

「なんだかんだいい出会いだったと思うよ、本当に」


 夏陽かや義道ぎどうは、落ち着いた雰囲気のカフェで顔を合わせている。


「そんでもって、リーダーの見込み通りの少年だったよ」

「まあそうだろうね。しかし、期待をさせないように伝えていなかったのだが、直に指導をしていたら気が付いちゃうか」

「当たり前。自信がない雰囲気とか立ち回りだったけど、ちょっとのアドバイスやヒントだけで応えに辿り着くのも驚いた」

「彼は絶対に化ける存在だ。できることなら、このままこちら側に取り込んでしまいたいところだけど」

「ダメダメ。そんなことしたら、絶対に死んじゃうって。化ける感じはしてるけど、少しばかり過剰評価じゃない?」

「さあ、それはどうかな」


 義道はマグカップに注がれいるミルクココアを1口。


「そんな意味深なことを言っているのに、可愛い飲み物を飲んでいるのがまたリーダーらしいね」

「夏陽だって、カフェに来てメロンクリームソーダを飲んでいるじゃないか。お互い様だ」

「炭酸ジュースはいいんだよー。疲れた体に染み渡る感じで」

「ともあれ、明日から出発なわけだが」

「そうだね、今回はどれぐらいまで進むの?」

「今回は未到達領域に挑む気はない。どちらかといえば、おつかいだね」

「あー、また素材集めかあ。ねえ、本当に私たちが発展の手助けをする必要があるの? 他にも探索者は居るんだし、クエスト形式にしちゃえばいいのに」

「まあ、これも必要なことだ。最高到達領域付近での探索は、それ自体が危険だし、可能としている探索者は限られているから仕方がない」

「それはそうだけどさー」

「不測の事態に備えるのは必要。そして、俺たち自身の経験も詰めるんだから一石二鳥なんだよ」

「むー」


 夏陽は、ストローでジュース内にブクブクと泡を送って不満を露にする。


「それより、彼はどのような成果を上げられたんだい?」

「たった1日で、新スキルを獲得できちゃった。まあ、かーなり不安定だけど」

「なるほど。その功績を当人が認知できるようなことは?」

「当然してない。逆に、差を見せつけた」

「その結果は?」

「マイナス面は全然。むしろ、絶対的な差を把握できたからこそ壁を登ろうと……いや、そこまではわからないけど」

「はは、自身の経験からくる推測は当然だが、もしかしたら間違っているかもしれないよ」

「どういうこと?」


 義道はミルクココアを一気に飲み干し、卓上へ置く。

 夏陽は意味不明すぎて、まだジュースが入っているジョッキから手を離した。


「高い壁や障壁となるものは超えていくもの、夏陽は天才肌だからね。もしもそういう状況になったら、そうやって打開したり突破してきたんだろう。だが」

「そうだけど?」

「もしもその高い壁や障壁が、乗り越えてみたら薄かった、なんて経験もあったりするんじゃないか?」

「まあね。でもそれがどうしたの?」

「俺はね、次世代を担うであろう彼に期待をしているんだよ」

「だから、どういう意味なの」

「彼はどれだけ高い壁があろうとも、それをぶっ壊してくると思ってるんだよ」

「え、ここまで話を伸ばしておいて……そんな脳筋みたいな話ある?」


 義道ぎどうは平然と足を組み、夏陽かやは拍子抜けすぎてガクンと首を落した。


「当然、そうなるかなんてわからない。当然、壁の前で足掻いて終わるだけかもしれない」

「じゃあさ、これから接点がなくなるのにどうやってそれを見極めるのよ」

「彼と……そのお仲間には悪いけど、明日の俺たちは行動を開始する。だから、少しばかり彼らに手伝ってもらうのさ」

「はい? 何を? え……まさか、それをやったらもはや虐めになるよ」

「失敬な物言いはやめてくれ。試練を与え、真価を見極めると言ってくれ」

「どっちも一緒です。さすがにボス討伐は無理だよ。シンくんだったら、1人で大丈夫かもしれないけど、スキルを使えない仲間が居たら絶対に無理だって」

「だからさ、そこまで酷なことは要求しない。救済処置として夏陽が護ってあげたらいい」

「たしか、彼らが活動を始めるのは午後だっただろう? 俺たちも動き出すのは午後に変更する。そして、ダンジョンの全てを活かす」

「うわー性格悪いよ。彼らはまだまだ初心者なんだよ、トラウマになったらどうするの?」


 義道は足を組み替え、テーブルの上で手と手を合わせて夏陽の問いに答える。


「次世代というのは、勝手に育つかもしれないが……あまりにも遅すぎる。そして、俺たちに追いつくことはない」

「そりゃあ、私たちがおかしいだけでしょ。主にリーダーが」

「ははっ。だが、想像してみろ。俺たちは、まだ自分たちと向き合っているだけでいい。時間がある中、自分たちがやりたいようにやったらいい。しかし、刺激を与えられるような存在が居たとしたら、どうだ?」

「燃えるでしょ。でも、彼がそこまでの存在になるとでも? 本当にそんなことがありえるって? さすがに、重圧に押しつぶされちゃうよ」

「夏陽はいつから他人に肩入れするような考えを抱くようになったんだい? 情が移ったというべきか」

「それはあるかもしれないけどさ。それはさすがに都合がいい話すぎるでしょ」

「だが、情が移ったからこそ彼の真価と覚悟が観てみたくもなっているんじゃないかい?」

「まあ……あのスキルが化けたらヤバいってのは把握できているし、それよりシンくんがリーダーに抱いている憧憬も異常だと思うよ。もはや神様だと崇めているんじゃないかな」

「それは嬉しい話だね。そこまでだったとは」

「でも、シンくんだって辛い経験をしているんだし――」

「だが、彼はそんな過去を抱えていながら一度たりとも探索者をやめることはなかった」

「……」


 夏陽かやは、短期間だとしても一心いっしんと過ごした師弟関係からくる擁護と、可能性が満ち溢れている少年の未来を知りたい気持ちがせめぎ合う。


「できることなら、彼に強くなってもらいたいと思っているのだろう?」

「それはもちろん。でも……」

「俺は彼の成長を見てみたい。夏陽も、彼の成長を見てみたい。これは利害の一致と言えるんじゃないか」

「シンくんの仲間を私が護るという保証はあっても、彼に対しては何もないなら私はその話に乗らない」

「それはもちろんさ。誰かにとってはどうとないことかもしれないが、彼にとってはとっておきを送ろうじゃないか」

「……わかった。でも、もしものことがありそうだったら、私が終わらせる。それでいい?」

「――ああ、もちろんさ」

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