第29話『心に刻む圧倒的に高い壁』
「さて、解散予定時間は19時として。残り2時間だね」
「わかりました。それはそれとして、どうして第8階層に来ちゃってるんですか?」
「第6階層で回復薬を購入ついでに休憩したじゃない? そして、進んできたじゃない? そういうこと」
「いや、どういうことですか」
俺はツッコミを入れているけど、
見たことのない景色に動揺しているだけではなく、どうしてか呼吸が詰まっている感覚が陥る。
「初めての階層、さすがに緊張する?」
「当然です。ずっとビクビクしてます」
「まあまあ、さすがに私が先頭で戦うから」
夏陽さんがそう言ってくれるなら安心できるけど、問題はそこじゃない。
疑っているわけじゃないけど、戦闘に集中しているとき背後から攻撃されたら自分で戦うことになる。
未知の場所ということもあるけど、モンスターの強さが計り知れないのはどうしても考え続けてしまう。
「さて、シンくんはエリアボスの存在は知っているかな」
「え、ええ一応は。階層を守護するモンスターが階層ボス。階層を移動する暴君のようなモンスターがトガルガ。各モンスターの種族の
「大正解。トガルガはイレギュラーだけど、エリアボスに関してはそこまで珍しいものではない。しかし、それは階層が下に行けばの話」
「ここら辺で見つけるのは、珍しい部類に入りますよね」
「そうね。でも、居るときは居る。だから、ここからは初心者は立ち入りを禁止されてもいる」
「え、もしかして今からエリアボスを討伐しに行くってことですか?」
「いいねー。さっすがー」
「……」
……たった数日前だからというのもあるけど、トガルガとの戦闘を思い出してしまう。
不運な遭遇戦ではあったものの、退路を断たれた状態での戦闘は死を覚悟した。
しかし夏陽さんの話からするに、今度はこちらから出向かうと言う。
恐怖が湧き上がってくるのは必然であるし、暑くもないのに汗が滲み出てくるのも仕方がない。
「もう一緒に居られる時間の猶予もないことだし、ここら辺でちょこっと上の景色を体験してもらおうかなって」
「もう
「あれはあれでもよかったのかもだけど、本来だとあんなもんじゃないよ。連携力ってのはあるかもしれないけど、個々の能力は明らかに段違いだから」
「えぇ……あれはほんの一部だったんですね」
「せっかく目指しているんだったらさ、その人たちがどんなもんなのか知っておいた方が目指しやすいんじゃないかなって思ってね」
「それは一理ありますけど――俺、心が折れたりしませんかね」
「それはないんじゃないかな。だって、それはシンくんが一番よくわかってるんじゃない?」
「心を強く持ち、勉強させてもらいます」
そもそもの話、初心者と最前線の人たちと桁違いな実力差があるのは明白。
立場に見合った階層で戦っている俺に対し、日々研鑽を辞めることなく、切磋琢磨し合いながら未到達領域という名の死地を何度も乗り越えてきているような人たちだ。
あの観させてもらった光景がほんの一部と言われたときは驚いたけど、思い返せばそれは至極当然な話じゃないか。
――夏陽さんに先導されるがまま、歩くこと30分ぐらいが経過したときだった。
「ちょうどいいの発見」
街にありそうな出入り口の扉ぐらいの穴が開いた、明らかな巣穴にしか見えない場所に辿り着いたと思ったら、夏陽さんは一瞬の
俺はさすがに足を止めて深呼吸をしたくて仕方なかったが、足と止めたら背後からモンスターに襲撃されそうで必死に
「一応のために、発動できる方のスキルを使っておいて」
「わかりました」
言われた通りにスキルを発動。
高鳴る鼓動と冷静さを欠いている現状を鑑みて、【
俺からしたら、名前も知らないモンスターかつエリアボスは恐怖の対象でしかない。
しかし夏陽さんは、中央に居る“緑色の大蛇”とそれを囲む20体の蛇の元へ確実に進んでいく。
「さあ始めるわよ。――【
「……は? ……」
今まで目の前で観ていたスキルの傾向から、紐状のものが剣をうんぬんかんぬんする流れかと思っていたら……それに加え、紐状のもの自体も剣となっている。
つまり、実物として存在している剣が壊れたとしても、スキルの効果が続く限り永遠に剣が出現し続けるということだ。
詳細がわからないから憶測でしかないけど、あれじゃあ、まるで剣の風邪を身にまとっているかの……そう、
「あれじゃ、ほぼ無敵じゃないか」
取り巻きの蛇たちが夏陽さんへ突進していくも、指すら動かすことなく宙に浮いている無数の剣に斬り刻まれて消滅していく。
あそこまでいくと、もはやオーバーキル。
「というか、もはや歩いているだけでモンスターが消滅しているようにしか見えない」
あっという間に20体ぐらい入る蛇たちは姿を消し、残るは緑色の大蛇。
「えぇ……」
クルッと反転したと思ったら、大蛇の眉間に剣が刺さっていた。
歩き始めると同時に剣は鞘に戻り、今までの出来事がなかったかのように夏陽さんは俺の目の前に帰還。
この間、たったの30秒程度。
「お、お疲れ様でした」
「とりあえずこんな感じ~。ささっ、残り時間はそこまでないし戻って練習の続きをしよー」
瞬きする暇がなかったから、全て見逃すことはなかった。
その圧倒的な……もはや頂上を観ることすら許されない絶壁を見せられて気分だ。
……でも、俺は頑張らないといけないんだ。
自分のため、そして俺を信用してくれているみんなのためにも。
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