第28話『対価は覚悟であるならば』

「あ、でもこれだけは注意」


 一気に第4階層まで移動し終え、夏陽かやさんは唐突に足を止めた。


「基本的に、最初のスキル以外は感覚に馴染むまで確実に使えないからね」

「え」

スキル所有者わたしたちにとっては武器と一緒だからね。運よく振り回して敵を倒せたとしても、それは実力にならないでしょ? それと一緒なんだよね」

「なるほど」


 でもあれ? ということは、今の不完全な状況でダンジョンを進み始めているんだけど、それって大丈夫なのか?


「今のこの状況って、いくら夏陽さんが一緒といっても危ないのでは……?」

「おっ、さすが察しがいいね」

「やっぱりそうですか」


 要するに『私は後方で支援するから、基本的には自分の力で戦ってね』ということ。


「俺、この階層で戦った経験はありますけど……そのときは、3人だったんですよ?」

「物理的な訓練も大事。だけど、スキルを有効活用するためには精神的な訓練も必要。かっこよくいったら、覚悟が必要ってことだね」

「覚悟……」

「やったらわかるよ」

「……わかりました」


 ここら辺は記憶に新しい。

 だけど、あのときはハチャメチャで走り抜けた記憶しか残っていないというのもまた事実。

 出現するモンスターはそれほどかわるわけじゃないけど、数が変わってくる。


 考えている最中、さっそくモンスターが視界に入る。


「すぅー、ふぅ――」


 剣を抜刀して歩き出す。


 ルールの穴を突くようなことだけど、夏陽かやさんは新しいスキルだけを使って戦えとは言っていない。

 あくまでも『精神的な訓練』と言っていた。

 だったら、確実に発動できるスキルを使ってもいいということ。


 階層的に周りの注意を怠らず、戦闘に集中したい。


「――」


 目の前に居るのは【ウォルフ】。

 ウルフ系のモンスターで、こいつらの上位種に当たる【ウォンフ】とは第7階層で戦っている。

 【ウォンフ】より少しだけ体格が小さく、その見た目通りに体当たりや噛みつきの威力は低いから、群れていたり仲間を呼ばれたりしなければ大したことはない。


「いけるっ!」


 目標見定め駆け出し、【ウォルフ】が振り向くと同時に斬りかかり――討伐。


「よし」


 そして次、また次、次と、次。

 順調そのものであっという間に5体を討伐。


 思っていた以上に体が動き、正直驚きを隠せない。


「訓練の成果が出ているんだ」


 体の調子でわかる。

 こんなに動いても疲れを感じない。


「いける」


 夏陽さんに教わったことを活かすだけではなく、紛いなりにも真似をさせてもらっている。

 軽快な足取り、攻撃する直前だけ体に力を込めるというのを。


「……っ!?」


 油断はしていなかった、警戒も怠ってはいなかった。

 しかし。


「か、囲まれている」


 すぐ近くで取り囲まれている、というわけではないけど、ほぼ等間隔で5メートルぐらいの距離感。

 一周して見渡すと、合計で8体――鼓動が一気に速くなる。


「……スキルを使うしかない」


 剣を握る手には、さっきまで感じることができなかった汗が滲み出ている。

 実力があるのなら、ここでも難なく剣や体術を駆使して乗り越えられると思う。


 でも、今の僕にはそれができない。


 ……つまり、覚悟を示す場所はここということだ。


「――【閃界せんかいのワークショップ】!」


 ……。


「【閃界せんかいのワークショップ】! どうして、どうして!」


 スキルが発動しない。


 意識では冷静を保っていても、うるさいぐらいに心臓が脈打ち、体が本当の自分をあまりにもわかりやすく表現してしまっている。

 焦り、呼吸は浅く早く、嫌な汗が背中を伝う。


「くそ……くそっ……くそ! はあああああああああああああああああああっ!」


 俺は、こんな簡単なことで冷静さを欠いてしまっている。

 その証拠に、ただウォルフに向かって駆け出して剣だけで立ち向かった。


「なんで、どうして! うぐっ、くそ、くそ! かはっ――負けてたまるか!」


 夢中で剣を振り、拳で突き、無様にもがいて足掻あがいて全てのウォルフを討伐しきった。


「シンくん、お疲れ様ー」

「お疲れ様……です」


 いつ倒れたかも憶えていなかったけど、夏陽かやさんの声が頭の上から聞こえて気が付くことができた。


「いつの言葉かはわからないけど、『習うより慣れよ』という言葉がある通りだね。やってみて、私の言葉が簡単に理解できたんじゃないかな」


 夏陽さんが手を伸ばしてくれて、ゆっくりと立ち上がる。


「まあでも、私からしたらあんな状況でも必死に戦ってる姿を見たら、指導した成果が出てたって嬉しかったよ」

「でも、期待には応えられなかったです」


 目線を上げられない。

 そして襲ってくる体と心の痛みを堪えるよう、爪が食い込むぐらい拳に力が入る。

 間違いなく1人だったら、「悔しい」と叫んで暴れ回っていた。


「焦る気持ちは十分にわかる。私も通った道だからね」

「でも……」

「言いたいこともわかる。道の通り方は人それぞれだし、どんな道を行くかも人それぞれだよ」

「……」

「それにしても大丈夫? さっき、噛みつかれたり体当たりされてたけど」

「……はい。痛みはしますけど、出血などはしていません」

「無茶は禁物だけど、したくなるよねーわかる。だから私からはあえて言おう。無茶しちゃえ」

「やってみます」

「戦況によっても変わってくるから、いろんなパターンを経験することで精神的に成長する。そして、決めなきゃいけないここ一番というタイミングでスキルを発動することができるようになる。ボス戦がいい例だね」

「ふふっ、夏陽かやさん。俺、まだまだ駆け出しの探索者なんですから、その例えだとわからないですよ」

「ありゃ、それもそうか」

「もっと頭を柔らかく、視野を広げてやってみます」

「いいぞー、その意気っ。レッツラゴー!」

「はい!」

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