第14話『それって、バズッちゃったってやつ?』

 テレビなんてない部屋で、未だに膨れ上がってるお腹をポンポンと叩きながらベッドに腰を下ろす。


 時刻は21時。


 せわしなくもとても長く感じた1日をゆっくりと振り返る。


 まず衝撃的だったのが、あの大熊との戦闘。

 沢山の返り血を浴びたのかと錯覚するほど真っ赤な毛並みで、たぶん全長が3メートルぐらいはあったと思う。

 戦闘していたからだとは思うが、荒々しく興奮していた様は熊というより怪物という言葉がどのモンスターよりも板についてた。


 前にいたパーティの時にはあそこまで凶暴なモンスターとは戦闘したことがない。

 探索者として2か月が経っているけど、目撃情報なんかも聞いたことがなかった。

 危ないって簡単に済ませられるようなモンスターではなかったよな。

 だってあんなダンジョンの序盤であんなモンスターがウロウロしているってなったら、ヤバいってもんじゃない。


 もしかしたら情報規制されていたのかもしれないけど、美和みよりがこっそりと教えてくれそうなもんだけどな……。


「あー、2人だけの時間が2回もあったんだから訊いてみればよかったなぁ」


 討伐したのだから、そんなことは忘れてしまえばいい。

 とはわかっていても、どうしても気になってしまう。


「しっかし、あれは戦ったっていうより勝手に自滅したってのが正しいんだけどな」


 正直に言ってしまえば、俺が手に入れたスキルは微妙。

 だから、あの大熊を討伐することができたのは幸運だったとしか言いようがない。


「幸運だったのはそこからもだよな」


 勢いで助けたのはよかったものの、まさか一緒のパーティに誘ってもらえるなんてな。

 しかも、美少女ってだけじゃなくて芸能人の2人組に。

 本人達の前ではできるだけ普通を装っていたけど、ぶっちゃけテンションは上がりっぱなし。


 その後なんて、女性と初めてのお出かけ。

 美和みよりとは出かけたことがあるけど、スーパーとかショッピングモールに目的の品を買いに行ったぐらいだけだし、それを女性とのお出かけっていうのは少し違う。

 スーパーにはほぼ俺の用事で付き合ってもらっている反面、ショッピングモールに関してはほとんど荷物持ちって感じだったしな。


「極めつけは、やっぱりステーキだよな」


 恩返しってことでステーキまで奢ってもらった。

 これはもう、至福の時間だったとしか言いようがない。


 正直、値段はそこまで高いものではなかったにしても、時間を気にせず食べられたのは最高だった。

 金銭面的な話が大きいけど、時間的な余裕ってのもなかったから。

 なんせ、武器の手入れをするためには、ダンジョンに蓋をしている施設の中で行わなければならない。

 連日でダンジョンへ向かうためには、施設内にあるホテルで宿泊したりする必要があり、帰る家があるというのに宿泊代などを払っていた。

 そして、俺は鍛冶師としての役割である武器の手入れをせっせとやり、みんながご飯に出掛けていたとしても作業を寝る前までになんとか終わらせていた。


「みんなは今頃、もっと先に進んでいるんだろうな」


 パーティで戦っていた時の記憶が蘇る。


 みんなひた向きに戦い、連携をとってモンスターを討伐していた。

 俺は……時々、役に立つ場面はあったにしても、やはり寄生虫だったんだと思う。


「ダメだな。みんなが俺のことを励ましてくれようとしているのに、つい悪い事ばっかり考えてしまうな」


 あ。


「そういえば、配信するチャンネルの設定とかはスマホでできるんだったな」


 座ったと同時にベッドへ放り投げたスマホを手に取る。

 すると、パッと画面が点いて着信の知らせが。


「ん」


 表示されている名前は【桜樹おうぎ春菜はるな】。


 なんだなんだ、とは思うものの、ふと思う。

 初めて身内以外で連絡先を交換した女性からの連絡に、平静を保っているのは無理だ。


「おおおおお、やっべどうしよ。いやでも早く応答しないと――いやいや手汗やっば」


 どうする? いや、なにをどうするっていうんだ。

 別にビデオ通話をするわけでもないんだし、なにを気にする必要があるんだよ。


 咳払いを1度、応答をタップ。


「はいもしもし」

「こんばんは! ごめん、忙しかった?」

「い、いや! ちょっとスマホが近くになくて、気づくのが遅れちゃった」

「よかったぁ。ねえねえ、今って空いてたりするかな」

「うん。全然大丈夫」


 やべーっ――心臓が超うるさいし、手汗やっば。


「今日は本当にいろいろとありがとう」

「いやいや、感謝を伝えるのはこっちの方だよ」

「それでね、このまま話していたいんだけど。聞いてもらいたいことがあって」

「いいよ。なに?」


 え? これってもしかして、もしかしてがあったりするの? マジぃ!?


「えっとね。私達って配信もしているって言ってたのを憶えてる?」

「――う、うん」


 なんだ、そうだよな。

 知ってたよ。

 知ってたさ、あはは……。


「それでなんだけど……今、ものすっごいことになってるの」

「え」

「大変っていうか、全然悪い意味じゃないんだけどね。みんなが言ってたこと、特に真紀が言ってたことを憶えてる?」

「えーっと……称えられることはあれど、非難されることはない。的な感じだったような」

「そうそう、まさにそれ。実は今、SNS上で一心くんが私達を助けたことで盛り上がっちゃってるの」

「はい……?」

「あの後、無事だったことを報告したら、みんな反応してくれたんだけどね。それ以上に『あの男の人、カッコよすぎて痺れた』『あの英雄は誰ですか!?』とか『今後の共演はありますか!?』『パーティを組んだりしないんですか?!』とかとか、称賛の嵐なの」

「えぇ……」


 何度も自分で振り返っているが、あれがカッコいい登場だったはずがない。

 もしかしたら、視聴者的にはカッコよく参上してモンスターを討伐したように見えているかもしれないけど、足はガクガク心臓はバクバクだったんだぞ。

 それが、称賛の嵐……?


「もしかして……それって、バズっちゃったってやつ?」

「そうそう! まさにそれ! 今の一心くん、バズっちゃってるよ!」

「えぇええええええええええええええええええええっ」

「はははっ。まさかのまさか、超初心配信者がバズるとか凄すぎっ。でもでも、それだけのことはしたんだから当然の報いだと思うよ」

「うはぁ」

「あ、配信アカウントを見てみたら? もしかして、もう特定されてるかも」


 まさか、とは思いつつも通話をしたままでスマホを操作。

 ブラウザを開いて、配信アカウントにログイン。

 登録者数を確認すると、0だったところが20人になっていた。


「本当に増えてる」

「でしょでしょ。これからもっと増えると思うよ」

「マジで?」

「マジマジ。でもたぶん、アカウントを拡散しないように言ってあるから変な人までは来ないと思うよ」

「急に増えたら、緊張して配信ができなくなっちゃうだろうから、配慮してくれてありがとう」

「いいよ~。最初は視聴者が増えたりすると緊張したり、いつも通りにできなくなっちゃうもんね。わかるよ~わかるよ~」

「これからもいろいろとアドバイスをお願いします、先輩」

「お任せあれ~っ」


 まさか、こんな俺がなぁ。

 一躍時の人ってわけじゃないけど、口角が上がっちゃう。

 つい数日前にパーティを追放された俺が、美少女を助けてバズっちゃった? そんなこと、誰が想像できたんだ。


「あっ、もうこんな時間だ。まだまだ話していたいのになぁ」

「寝ないとだもんね」

「一心くんさえよければ、寝落ち通話しちゃう?」

「なにそれ」

「互いお布団に入って、目を閉じて寝るまでお話するの」

「そ! それはちょっと恥ずかしいので、ご遠慮させていただきます」

「そっかー、残念。いつかはやろうね」

「ま、まあいつかは」

「それじゃあ。おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」


 通話終了。


「うっひゃー、緊張したぁ」


 あんなかわいい子とついさっきまで話をしていたって事実が、本当に本当に夢みたいだ。

 しかも明日から毎日会えるってんだから、あまりにも役得すぎるだろ。


 い、いやいや。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 春菜と真紀は、俺に恩を感じていて、それを律儀に恩返ししようとしてくれているだけなんだぞ。

 下心まる出しでいたら失礼だろ。

 失礼……なんだけど、ちょっとの妄想ぐらいなら怒られない……よな。


 バズったってのはいまいちわかってないけど、まあいいか。

 明日からの生活が楽しみだ!

 眠れるんか俺、眠れるんか俺!?

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