第三章

第15話『過去と実力と有り方を、心に刻むんだ』

「じゃあ今日は、連携に慣れるところから始めよーうっ」


 右拳を天井へ突き上げ、春菜はるながそう切り出す。


 昨晩は自身で初の経験にテンションが上がって眠ることができないかも、なんて思っていたが思いの他すぐに眠ってしまった。

 そして今日、このパーティになって初めての狩りをする。

 ダンジョンまで向かって歩いている際、春菜はるなは「今日は少しでも配信ができたらいいね」と言っていた。


 しかし、「勢い任せで配信を初めてもゴチャゴチャしていたら恥ずかしい」と、真紀まきからの制止により、今のような流れになっている。


「じゃあまず初めに、自分が戦える距離感からね。私は遊撃タイプ。正面から攻撃するって言うよりは横を狙ったり背後を狙ったりする」

「次は私~。基本的に正面! できるだけモンスターの気を引く大胆な動きをしたり、挑発して気を引くように意識してるよ」


 意識的にやっていたのか、それとも性格的なものなのか。

 たぶん後者になるんだと思うが、バランスがいい。

 らしいと言えばらしいが、戦闘している姿を観なくても勝手にその情景が思い浮かぶ。


「ねえ一心くん。今、なんとなーくだけど、そこはかとなく失礼なことを想像していませんでしたか~?」

「い、いや。決してそんなことを思ってはいませんとも。ええ、そうですとも」

「ふぅーん。ならいいんだけど。でも敬語になっているところが、なんだか怪しー」

「は、ははっ」


 春菜さん春菜さん。

 もしかしてあなた、人の心を読むことができるとかいう特殊能力の持ち主だったりしますか?

 そんな質問をされたものだから、一瞬だけでも心臓が持ち上がったような感覚に陥ってしまったじゃあないですか。


「胸を張って言えることじゃないが、俺は今まで最前線で戦ったことがなくて戦闘慣れしていない。だからって甘えるつもりはないけど、迷惑を掛けないように頑張るよ」

「大丈夫大丈夫。昨日も言ったけど、苦手なことを補っていくのがパーティなんだから。急がず焦らずにやっていこ」

「そう……だな。ありがとう」

「よーしっ、まずはラッターちゃんからいこーっ」

「なんでモンスターに対してちゃん付けなのか、ずっと気になっているんだけど」

「いいじゃん。ちょっとかわいいと思わない?」

「それとこれとは別じゃ――」


 2人は、長年の付き合いなんだろうが分け隔てなく話をしてる。


 春菜と真紀まきはさっきといい、昨日といい、俺の心に寄り添ってくれて本当にありがたい。

 だけど、それに甘えて努力を怠ってはいけないんだ。

 もしも現状に満足してこのまま好意に身を任せていたら、きっとまた1人になってしまう。


 もう1人で戦うわけじゃないんだ。

 モンスターとの戦闘が怖い、なんて言ってはいられない。


「最初から俺のスキルを使って戦ってみよう」

「え、それって大丈夫なの?」

「私も気になるけど、手に入れたばかりだからそこら辺も実験する意味で言ってくれてるんでしょ。モンスターの危険性まだ低いうちに」

「そういうことだ」

「なるほど!」


 ラッターが出現する場所は入り口からそう遠くないため、すぐに辿り着く。


「まずは1体だけでやってこーっ」


 春菜はそう言ってすぐ、独断専行して1体のラッター前に飛び出したと思ったら俺達が居る場所まで戻ってきた。


「ラッターちゃん、ご案内っ」


 お客様じゃないんだから、と思ってしまったが呑気に構えていられない。


聖域ワークショップ展開!」


 ぴょん、ぴょんと跳ねながら迫ってくるラッターと俺達の間に半円の結界が展開される。


「おぉ~」

「これは凄い」


 春菜と真紀は物珍しそうに結界内を見渡している。

 しかし、そんな最中も確実に近づいて来ていたラッターからの攻撃が結界に当たる。


「わっ」


 結界はパリンッという音と共に光の破片になって散り散りに消えていった。


「じゃあお先」


 まるで夜空の星を眺めているかのような春菜を置き去りに、真紀が駆け出す。

 ラッターも目の前に存在していた結界が消えたのを警戒してか、1歩分跳ねて退いていた。


 しかし真紀の詰めが思った以上に素早く、ラッターの着地に合わせて横から剣を突き刺す。

 一瞬の迷いもない一撃は、そのままラッターを討伐しきった。


 俺とは、あまりにも違いすぎる。


「真紀に手柄をとられた!」

「戦闘中に余所見をしているのが悪いんでしょ」

「ぐぬぬ……次は私の番」


 パーティを組んでいるのに、春菜と真紀が仲睦まじく話しているのがどこか他人事のように思えてしまう。

 少し前の感覚に似ている。

 そう、数日前まで活動していたパーティ。


 みんな積極的かつ冷静に、物事を判断して戦闘していた。

 阿吽の呼吸、無言の連携、指揮の統一。

 みんな真剣にモンスターと戦っていた。

 俺だってサボっていたわけじゃない。

 自分にできることを模索しつつ、隙あらば――みんなが体力を減らしたモンスターへ攻撃したり、背後を常に警戒して危険を察知したら報告を入れていた。


 だけど……それだけで。

 それができていたのだって、俺に能力があったからじゃなく、全てがみんなのおかげだった。

 偽ることのできない事実であり、罪悪感として常に付きまとって来たのを今でも憶えている。


「はい次行きますよー。次は私がラッターちゃんを討伐しますからねー。真紀ちゃんは後ろで観ていてくださいねー」

「喧嘩売ってるの?」

「真紀ちゃん怖ーい」


 忘れちゃいけないんだ。

 今、こうして一緒に戦ってくれるのは好意によるもの。

 それを無下にして努力を怠れば、また同じ結末が待っている。


 だから、怖くたってやらなきゃダメなんだ。


「ねえ一心くん。そのスキルって連発ができないって話だったと思うんだけど、大丈夫そう?」

「うん。俺だって剣を持っている。やるよ」

「そっか。私がちゃんと隣に居るから。やりたいようにやってみて」

「……わかった。真紀、ありがとう」


 そんな暖かい言葉を掛けられて、怖気づいているわけにはいかない。


 やるんだ俺、やるんだ。


「ごっめーん。2体連れてきちゃったから、1体任せるねー」

「一心くん、いこう」

「――」


 俺は喉が詰まって言葉が出なかったが、しっかりと頷いた。


「はぁああああああああああっ!」


 不器用でも、惨めでも、情けなくても、カッコつけずにやるんだ。

 俺だって変わりたい。

 強くなりたいんだ!

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