第13話『みんなで配信するのは、どうなんだ?』

「やっべ、さすがにもう食べられない」

「まああれだけ食べたら、そうなるわよ」


 真紀まきにそう突っ込まれてしまうが、本当にその通り。

 さっきはかれこれ、1キログラムのステーキを食べたと思う。

 もっと多いかもしれないが、正確な数値ではないからなんとも言えない。

 結局、自分で切り分けることは叶わずだったけど……。


 今、考えられるのは、このパンパンに張ったお腹をいかに動かさないかだけ。


 そんな俺達は、食後の休憩も兼ねて近くにあるカフェで休憩を挟んでいる。


春菜はるな真紀まき。今日はあんなに美味しいご飯を奢ってくれてありがとう」

「いいのいいの。命を助けてもらったんだから、これぐらいは当然。まだまだ返し足りないんだから」

「そうね。気にしなくていいどころか、これからもその気でいていいから」

「ま、マジですか」

「マ・ジ」


 俺から言わせれば、恩を返すなんて今回きりでいいと思うんだが。

 まあでもこういうのって、相手の気が晴れるまでやってもらったほうがよさそうな気もする。


「そういえば明咲あけさきさん。こんなことを言うのは失礼かもしれないですけど、どうして私の分まで奢っていただけたんですか?」

「まあ、最初はその気はなかったんだけどね。春菜はるなの様子を見たら、ヤバそうだなって思ったのと、これからもお世話になるだろうから媚売りかな」

「な、なるほど」

「ちなみに、私ってかなり眼はいいほうだから」


 真紀まき美和みよりの優秀さを見抜いているということなんだろう。


「そういえばさ。ダンジョンで気になったことがあるんだけど、2人は配信もやってるんだよね」

「うんうん。探索者になってすぐくらいから始めたから……大体、1カ月ぐらいかな」

「とはいっても、別の仕事とかでやれてないから実質1週間ぐらいじゃない?」

「あ~、言われてみればそうだったかも」


 俺は2カ月でレベル5になったというのに、春菜と真紀はたったの1週間でレベルアップしたのか。

 そういえば、前に居たパーティメンバーは俺以外、みんなレベル10とか超えてたもんな。

 結局は戦闘貢献度だから、ラストヒットとかしか攻撃ができていなかった俺とは大違いだ。


 ……でも、そうだったのなら。

 また俺は、追いつかれ、追い越されるってことなんだよな……。


「みんなで配信するのはどうなんだ? って、一度は思ったんだけどさ。視聴者的には、かわいい2人を観に来ていたりするわけだから、俺は映らない方がいいんじゃないか?」

「かわっ――」

「春菜は今、別のことを考えているから放置して。それはどうなんだろうね。正直、配信してみないとそればっかりは反応がわからない」


 春菜は顔を赤くして口をアワアワとさせている。

 急に何か恥ずかしいことでも思い出したのだろうか。


 あれか、ダンジョンでモンスターに襲われていた時を思い出して、湧き上がってきた怒りを抑えていたりして。


「私の考察だと、いや、私達の視点から話すと一心くんは紛れもない英雄だし、命の恩人だよ。視聴者はどうかわからないけど、少なくとも私達を心配していた人達は居ただろうから、その人達からしても同じだと思う」

「そんな英雄だなんて。俺はそんなカッコいい存在じゃないよ」

「まあ、少なくとも私達はそう思っているから。それだけは忘れないで。本当に感謝しているんだから」

「わ、わかった」


 英雄、か。

 本当に俺はそんな大それた存在なんかじゃない。

 偶然にもスキルガチャで手に入れたスキルで、偶然にも出くわして、偶然にもあの大熊を討伐することができただけだ。


「こればかりは立ち入った話ができないけど、そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな。部外者が出てくるなら文句とかは出てくるだろうけど、これからはパーティメンバーなんだし、しかもリーダーなんだから。逆に出てこない方が不自然でしょ」

「それはそうだんだが……俺も、美和みたいにキッパリと割り切れたらいいんだけどな」

「そこは内風うちかぜさんの言う通り。一心くんがパーティに加わって、しかも配信に出るのが嫌だって離れて行くなら、そこまで。私達は私達なんだから、視聴者に全部合わせていたら自分がなくなっちゃうもん」

「みんなのメンタルが強すぎるんだよ」


 俺にはそこまでの自信がない。

 自分を、一番自分が信じてやれない。

 頭がいいわけではないし、戦える力があるわけでもないし、リーダーとしての統率力だってあるわけじゃない。


 みんなが輝いて見えて、今でもこんな卑屈に考えて、本当に情けないな……。


「ちなみに私もみんなと同意見。私達は私達。ありのままの私達を好きでいてくれる人達が好き。応援してくれる人達がそういう人達だったら、みんなのためにも頑張ろうって思えると思うんだよね」

「急に喋り出すじゃん」

「いいじゃん別に」


 春菜に対して俺も同じツッコミを入れたかったが、そんな気分じゃなくなってしまった。

 俺も、変わらないとな。


「わかった。そうだよな。パーティのリーダーがこんなんじゃダメだよな」


 そうだ。

 俺は、真っ直ぐに、迷いを打ち払って打ち込む。

 鍛冶師として、俺も俺として。


 どうせ後戻りなんてできないんだ。

 やれるだけやって、ダメになってしまった時はその時に考えたらいい。


「そうこなくっちゃ」

「じゃあまず初めに考えないといけないのが、配信するアカウントだと思うんだけど、どうする?」

「あー、私達は2人で1つのアカウントだからね。この際だから3人のグループってことにしちゃう?」

「でも、一心も始めたばかりのアカウントがあるんじゃない?」

「え! 一心くんも配信者だったの!?」

「いやいや、全然だよ。提案してくれたのは美和で、本当に始めたばかりなんだ。しかも安いやつだし」


 なんだかわからないが、春菜の目線が一瞬だけ美和の方へ向いたような気がする。

 まあ気のせいか。


「経験としてこのまま続けてみたい、かな」

「それでいいんじゃないかな」

「だねだね。じゃあ明日からまたよろしくね」

「じゃあ今日は解散だな」


 最後に連絡先を交換し、店を出てから各々の帰路に就いた。


 そして、帰り道。

 満天の星空が広がる夜空の下、美和と肩を並べて歩く。


「そういえば、こうやって歩くのって初めてじゃないか」

「そうね。家族合同でどこかに出掛ける時は、いつだって両親が居た――ごめん」

「いや、前にも言ったけど美和が気にすることじゃない。イベント事を一緒に過ごしていたんだから、大体の性格はわかっているだろ? 父さんと母さんが、誰かに気を遣われ続けることを好むと思うか?」

「……いや、いつだって笑ってた。気さくに話しかけてくれたし、私もそっちの家族になっちゃったって勘違いするぐらい遊んでもらったし、いろいろとしてもらった」

「だろ? その間、自分達の息子である俺は放置されてたけど、な」

「ぷふっ。言われてみればそうだよね。ちなみにバーベキューの時とかってなにをしてたの?」

「屈んで蟻を探してた」

「あっちゃー。でも想像できるかも」

「ふははっ。その甲斐あって、俺は下への注意は怠らないという特技を習得したのだ」


 自分で言っていて、悲しいぜ。


「なのに、いっちょ前に道路側なんか歩いちゃって」

「悪いかよ」

「いいやー、ぜんぜーん」


 とか少し意地を張っているが、女性と出かけるのが初めてだから不安でいろいろと調べたなんて言えない。

 いや美和に対しては、そこら辺は全てお見通しだから隠しても意味はないが……。


「男の子って、やっぱり変わっていくんだね」

「なんだよ急に。美和だって、変わってるだろ」

「どこが?」

「元々だったが、もっと綺麗で可愛くなってるだろ。自覚がないのか? 毎日のように言い寄られてるんだろ?」

「お褒めに預かり光栄でございます。でもね、全然興味ないよ」

「まあそりゃあそうだわな。あんなに忙しそうにしているし、実際に仕事ができているわけだし」

「誰のためだと思ってるのよ」

「ん? なんか言ったか?

「いいえー、なにも言ってませーん」


 大型トラックが通りかかって、最後の方が聞き取れなかった。

 まあ、これ以上聞き返さない方がいいだろう。

 たぶん、「私は頑張っているんだから、一心も頑張れ」とかチクッとした言葉だ。


 今のパンパンに膨れ上がった幸福感の中、耳が痛い話だけは耳に入れたくない。


「じゃあここまででいいから」

「ん? 家までこのまま行けばすぐじゃん」

「いいの。私もたまには夜道を1人で歩いてみたいなって思って。それに、忘れたの?」

「その気持ちは十分に理解できるし、素手だったら俺より余裕で強いもんな。忘れてないぞ、小学校の時に背負い投げされた時のことを」

「ならばよろしい。それじゃ、おやすみ」

「ああ。一応、気をつけてな」

「もー」

「いや、もしも現れた不審者を殺めてしまわないようにって」

「今すぐ、手刀で沈めてあげようか?」

「いえご遠慮させていただきます。では、おやすみなさいませ」


 俺はクルッと振り返り、背後に感じるヤバめのオーラを感じながら小走りで帰路に就いた。

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