第12話『これってもしかしてハーレムですか?』

 美和みよりの仕事が終わって、一緒に歩いて途中で別れた。

 集合時間まで残り1時間。

 家から集合場所になっているステーキ店まで、所要時間は40分。

 時間配分としては問題なく、とりあえず10分前ぐらいに到着することができる。


 しかし、ササッと身支度を終えてしまったが、美和みよりとの集合時間までまだ10分ぐらいあるわけだが……ふと思った。

 空腹だったり、いろいろなことがあったりで考えている時間がなかったが、これってなかなかにラッキーイベントなのではないか。

 男子1に対して女子3。

 しかも全員が美少女ときた。

 普通に考えたら、俺みたいな落ちこぼれが経験できるはずのないシチュエーションになるわけだが、いろいろと大丈夫なのだろうか。


 今更、春菜はるな真紀まきを疑いたくはない。

 しかし、お金を払ってステーキを食べさせてくれた後に変なことになったりしないだろうな。

 悪い勧誘とかはなさそうだが、ボディーガードに詰められたり、怖い大人が後から「うちのお嬢とやましいことがあったわけじゃないよな?」とかとか……。


 で、でも、もしもそんなことになったら、頭の回転が速い美和に手伝ってもらえばなんとかなるよな。

 なんとかなるよね……?


「あ、いっけね」


 そんなこんな、悪いこととタダでステーキが食べられる喜びの葛藤を抱いていたら集合時間5分前になってしまっていた。


 急いで家を飛び出し、美和のところへ駆け出す。

 美和の家まではそこまで距離はない。

 ざっと500メートル程度。

 まさか、こんなところでも日頃のトレーニングに感謝するとは思っていなかったが、なんとか間に合うことができた。


「お待たせ」

「全然待ってないわよ。てか、どうして走ってきたのよ」

「ちょっと考えごとをしていたら、家を出なくちゃいけない時間になってて」

「まあいいけど」

「それにしても、私服姿を観るのは久しぶりだな」

「そういえばそうだったわね」


 ドレスとかそういう正装ではなく、極普通の私服。

 対する俺もラフな感じの服装だし、大食いステーキを食べに行くのだからそういうのを着ていったら、ソースが跳ねるかもしれないからな。


「なにか、感想とかはないの?」


 上は半袖の青いレースのワンピースに、藍色のショルダーポーチ。

 足元はスカートの丈であまり見えないが、ポーチと色が同じローヒール。


 たぶんそんな感じで合っていると思うけど、そもそも女性の服装をまじまじと見たことがない。

 彼女いない歴=年齢の俺にとって、女性の服装を的確に褒めろ、なんて要求に応えられるわけがないじゃないか。


 なんだか髪型が、いつもの感じよりサラサラしている風にも見えるし、薄っすらと化粧をしているようにも見える。

 しかし、そう思っているのを口に出して間違っていた場合、グーパンチが肩か腹部に飛んでくるだろう。


 なら、ここはストレートに褒めたほうがいいはずだ。


「いつもとちょっと雰囲気が違って、かわいい」

「んえ、かわ! え、かわ?!」

「ん? 俺は、女性の変化を敏感に察知できるような人間ではないし、経験もない。それは美和が一番知っているだろ。だから、思ったことをそのまま言ったんだが」

「なななななんっで、そういつもいつも真っ直ぐなのかなぁ」

「だって俺、難しい言葉とか表現とかわからないし。素直にかわいいと思ったから――」

「わ、わかった。わかったから! 今は少し黙って。もう行こう。だけど、私がちょっとだけ先を歩くから。くれぐれも私と並んだり追い抜かそうとしないように」

「お、おう」


 美和はその言葉を、既に進行方向へ向けながら言ってきた。

 話す時は目を見て話すのが基本、って教えてくれたのは美和なのに。


 あれか、もしかしてあまりにも俺の語彙力がなさすぎて呆れてしまっているのか。

 今日はみんなで食事会ってことだから、気分を害さないように怒らないでくれるってことなんだな。

 そんでもって、俺が隣に歩いていると道を間違えてしまう可能性を考えて先導してくれるって感じか。




 目的地に向かっている最中、向かう方向などの会話以外、ほとんど言葉を交わすことはなかった。

 やはり怒らせてしまったのだろうか、と思っていたが、目的地にたどり着いた途端、いつもの美和に戻っていた。


 中に入ると、従業員の人に名前を伝えると「こちらへどうぞ」と案内される。

 一番奥の席までいくと、春菜はるな真紀まきが既に席へ座っていた。


「お疲れ様ー。予定よりちょっと早く着いちゃったから、席をとっておいたよ~」

「予定時刻の10分前に来るだろうから、私達はさらに10分ぐらい早く行かないとダメだよね。とか言ってたのは誰だったかな」

「真紀、それは言わない約束でしょ」

「そんな約束をした記憶はないけどね」

「いじわるー」

「2人とも、座って」


 こういう時って、俺は通路側に座った方がいいんだろうか?

 とか思っていると、美和から右肘で小突かれ、顔を向けると目で「一心がそっちに座って」と言っているようだった。

 理由は聞かずに奥へ座ることに。


「へぇ、一心くんって普段はそんな感じなんだ」

「ウキウキ気分だったけど、着替え始めたらハッと現実に引き戻されたよ」

「なんでなんで?」

「だって、俺は誰かと出かけるような服は持ってないし、芸能人2人と一緒の席で食べるとか許されるのかって」

「そんなの気にすることはない。周りがなんて言おうとも、私達がよければそれでいい」

「おぉ、真紀ってばいいこと言うね~」

「春菜だってどうせ同意見でしょ」

「まあねえ。てなわけだから、さっそく注文しちゃおう」


 他人の目なんて気にする必要がないってか。

 俺には無い視点だ。

 正直、自信をもっているのがカッコいいと思ってしまう。


「ちなみに私達が2人の分まで出そうと思っているけど、いいよね?」

「お、お願いします!」

「即答! 素直でよろしい」

「大丈夫。内風うちかぜさんのは私が出すつもりだから」

「な、ならお願いします」


 そのやりとりはどういう意味があるんだろうか。


 あ。


 完全にタイミングを逃してしまったけど、やっぱり美和の時みたいに服装とかの感想を言った方がいいよな。

 だけど……会話が一旦落ち着いた今、あれだのこれだの言ってもおかしい。

 言わないのは失礼になるんだろうか、それとも、言われ慣れているから俺なんかが伝えようとしても安っぽい感じになってしまはないだろうか。


 わからん。

 下手なことを言えば、美和の時みたいに怒らせてしまうかもしれない。

 ここは、無難に問われなければ言わないほうがいいか。


「ではこちらになります」


 はっ。


 タブレットで注文するタイプだったのか。

 てっきりメニュー表があるから、まだ間に合うか、とメニュー表腰の春菜を観ていたらステーキが届いてしまった。


「大丈夫だよ。ちゃんと一心くんの分も注文してあるから」

「あ、ありがとう」

「それで、こうして、こうっと」


 春菜はすぐにステーキを切り分け始め、フォークに刺して「ふーっ、ふーっ」と冷ましている。

 やはり、体を動かした後だからお腹が空いているのだろう。

 俺のも早く届かないかな。


「一心くん、あーん」

「あーん?」

「うん。お口を開けてー」

「こう?」

「はいっ」

「おふっ」


 まさかの、春菜は「あーん」と言いながら俺の口にステーキを運んでくれた。


「熱かった? 大丈夫? 美味しい?」

「うん、うん! 美味しい!」

「よかった~。はい、じゃあ次」

「え、いいよ。自分で食べるから」

「いいのいいの。一心くんの分はまだ届かないから。はい、あーん」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 ぱくり。

 ガーリックソースが柔らかいお肉を引き立てている。

 美味しい。

 それ以外の言葉が出てこない。


「あがががががががががが」

「どうした美和。火傷でもしたか?」

「なななななにをやっているのよ」


 美和は珍しくも取り乱して春菜へ指を差している。


「なにって、食べさせてあげてるんだよ。それ以外のことがある?」

「いやいやいや、ありえないでしょ。てかなんで一心も普通に食べてるのよ!」

「え、だって俺のはまだってことだし。それに、美味しいから」

「あのね。美味しかったら、そんなことをする?」

「いや別に、そこまで問題はないだろ」

「ありありよ――てかなんで、そのフォークで自分も食べてるのよ」

「え? だって、このステーキは私が注文したから」

「ぐぬぬぬぬ」


 なんだなんだ。

 美和が顔の中心にしわを寄せている。

 ここまで取り乱しているのは初めて見たが、そこまで気にすることか?

 あれか、食事マナー的な話をしているんだな。

 たしかに言われてみれば、行儀がいいとは言えない、か。


「そうだ――」

「一心。はい」

「え?」

「私のも、食べて」

「お、おう」


 春菜の時とは真逆に、若干の殺意が込められているフォークに突き刺さった肉を差し出される。

 ここで抵抗をすれば、そのフォークが俺の口内にぶっ刺される未来がみえてしまう。


「あー」

「あーん」

「どう、かな?」

「うん、美味い!」


 今度はオニオンソースときた。

 どちらも美味しいから、どっちが美味しいとかは比べたくはない。


「一心くん、食べて」

「ん? あー」

「私の方が美味しいよね」

「いー―」

「一心、食べて」

「お、おう」


 おお、これは!

 肉の種類は一緒だから、単純に物量が増えてはいるが……口の中でガーリックソースとオニオンソースが混ざり合って、とんでもなく美味しい空間が口の中で広がっていく!

 こては美味いを通り越して、美味すぎる!


「お待たせいたしました。こちら、ガーリックトマトソースのステーキになります」

「お――」

「私です」


 俺の分ではなくて?

 運ばれてきたステーキは春菜のところへ移動していった。


「さあ、今日はまだまだ時間があるから楽しみましょ」

「俺ばっかり食べちゃってるから、春菜と美和も食べてくれよ」

「いいの。私は一心くんに食べてもらいたいから」

「私も、ちょっとダイエットしていることを思い出したから、できれば一心に食べてもらいたい」

「2人とも……ありがとう! ひもじい俺に配慮してくれて、本当にありがとう! 今日という日を、受けた恩を、俺はずっと忘れないから!」


 なんてありがたいことなんだ。

 俺には実力なんてほとんどないけど、これからこの恩を絶対に返す!

 できないなりに頑張って、もっと努力していこう!


「ふふっ、大変そうね」

「真紀、なにか言った?」

「まだまだ頼まないとダメそうだね」

「あら、初めて気が合ったね」

「本当に、ね」


 もっと頼んでくれるっていうのか!

 本当にありがとう!

 ありがとう!

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