第二章

第5話『一度だけ引けるガチャを引きに行こう』

 それにしても、美和みよりってなんでもかんでも上手にできすぎだろ。


 俺は今、探索者組合が管理する施設内にいて、ちょうど受付を済ませた。

 ここは【スキルガチャ】を回せる場所で、施設自体は大豪邸のような見た目をしていて、外側から見えない壁に覆われている。

 しかも警備も厳重で、組合から直々に警備の依頼を受けているであろう、武器を携帯した探索者が警備をしている要塞みたいな場所。


 年齢や性別はバラバラだが、スキル持ちだろうし、絶対に俺よりは強いだろう。

 スキルを手に入れたからと言って暴れ始めたもんなら、俺が次に目を覚ますのは牢屋の中だろうな。


「……」


 そして今、いよいよ始まる。


 後は水晶に手をかざすだけ。


「すぅ――ふぅ――」


 手に汗が滲むとはまさにこのこと。


 とんとん拍子でこんなところに来てしまったが、俺の人生は次の瞬間に確定してしまうかもしれない。

 本来はもっと経験を積んだりして自分の腕に自信をもった人間が、【スキルガチャ】を回してステップアップするものを、完全なる初心者の内に回そうってんだ。

 手に入れたスキルが難しすぎれば積むし、弱すぎても終わる。


 本当に、このシステムを【スキルガチャ】なんて命名した人は天才だろ。


「――」


 人生の賭け。


 そう考えてると、この施設や部屋の壁紙が真っ白ってのも、『新しい人生』や『終わり』なんて皮肉的な意味が込められているんじゃないか、なんてことを思ってしまう。


 いつまでも、うだうだと考えていたらダメだな。


 机の上に木の台座へ大事そうに乗せられている透明な水晶へ手をかざす。

 次の瞬間、手が温かい白い光に包まれた。


 ここから何かがあるわけではなく、光はすぐになくなりあっけなく終わってしまう。


「えぇ……本当に説明通りじゃん。なんかこう、もっといい感じの演出をしてくれてもいいんじゃ……」


 なんて愚痴を、自分以外部屋の中に居ないことをいいことに言ってみる。


 だってさ、これって最初で最後の人生で1回しか経験できないことなんでしょ?

 少しぐらい期待しちゃってもいいんじゃない?


 なにかの間違いでなにか起きないか、と期待して待機していたいところだが……作業終了後は速やかに部屋から出なくちゃいけないんだよな。

 他の人も今か今かと待ちわびているんだから。


 部屋どころか施設から出た俺は、ダンジョンに向かって歩きながらバンドを撫でる。


「ほほう」


 書類とかもらってスキルを確認、なんてことはなく、便利なものでスキルはバンドに保存される。

 正しくは、スキルを体に宿し、表示名をバンドから浮かび上がらせて確認する感じ。

 そして表示されたスキル名は――。


 ――【聖域ワークショップ】。


 残念ながら取扱説明書のようなものはなく、ワンポイントアドバイスのようなものもない。

 冗談抜きで誰もスキルの使用方法を教えてくれず、自分で試す他ないというわけだ。

 しかも制限があって、武器と同様に組合からの許可が下りない限りは地上ではスキルを使用してはならない、となっている。


 正直に言えばめんどくさい話で、武器に関してはちょっとどうにかならないですか、とは思うが、スキルに関しては獲得者それぞれ違うものだから理解できる。

 中には攻撃力特化なスキルもあるだろうから、好き放題に使えてしまったら……想像すらできない。


 そんなこんな考えつつ、自分のスキルについていろいろ妄想しているとダンジョン入場施設へと辿り着く。

 この施設はダンジョンの第1階層より大きくなっており、探索者の集まる場所になっていたりもする。

 かなり充実していて、超超超デカイショッピングモールみたいな感じだ。


「やっぱりこれがないとな」


 もはや見渡しても全貌が把握できないほど大きい施設であるから、エレベーターやエスカレーターやムービングサイドウォークで移動しなくてはならない。


 さて、【聖域】と表示されているのだから防御系か範囲強化の類だろう。

 夢に見ていた、スキルで無双なんて夢は儚く散ったわけだ。

 攻撃系ですらないってのは、もはやスキルも俺に似てしまったということなんだろうな。


 ……泣きたい。


 まあでも使ってみないとなんとも言えないからな。

 もしかしたら、もしかしたらのもしかしたらがあるかもしれない。


 ――。


 ――さて、ダンジョン内。


 ダンジョンへ入場できる位置口の数はかなりある。

 俺が知っているだけでも4か所はあり、反対側は確か……100kmだったか……いや、もっとあったような気もするが、まあそんな遠いところからダンジョンに入らないし思い出さなくていいか。


 どの入り口よりすぐの場所は、殺風景な広場になっている。

 ここら辺で準備運動やら軽い作戦会議やらをするんだが、今の俺には全く関係がない。


 辺りを見渡す限り誰も居ない。

 なら、ここで早速スキルを使ってみよう。


「【聖域】展開!」


 すると、自分を囲む半円の光が出現した。

 身長が175cmある俺が両手を上げても天面を触れないから、高さは確実に2m以上はある。


「なるほど」


 横幅を計ってみようとしたところ、このスキルは展開した位置からは移動しないようだ。

 これからどうなるかわからないが、今はこれを基準に考えよう。

 そして横幅は、両手を横に伸ばした俺が約2人分ぐらいか。


 だからまあ――俺が真ん中に立つとしたら、前後左右に人が立っていても大丈夫なぐらい。


「中からは外が見える。じゃあ武器や手は?」


 施設で管理され、ダンジョンの入退場時に出し入れする武器。

 俺の相棒は片手直剣なんだが、『どうか溶けないでください』と願いながら抜刀して聖域の外へ出してみる。

 と、何事もなくすんなりと出た。

 ならばと恐る恐る手袋を装着している手も出してみる。

 結果、何事も問題なかったもんだから、そのまま全身を出してみて振り返った。


「ほほお~。本当に聖域って感じなんだな。いや、どっちかっていうと結界のようなものなんかな」


 これで強度も凄かったら、胸を張って自慢できるんだが……。


 右手に握る剣を聖域に振り落としてみる。


「……うわあ……」


 聖域は、たったの1撃で光の破片となって砕け散ってしまった。


「これって戦闘で使えるのか……? もはや1発芸みたいなスキルなんじゃないのか……?」


 それにしても気になるのが、スキル表示名は【聖域】なのに、【ワークショップ】と振り仮名が記されている。

 【ワークショップ】といえば、仕事場や作業場という意味だった気がするが。

 探索者で作業場ってことは、もしかして、見た目通りにキャンプみたいなことをするってことか?

 確かにダンジョン内で寝泊まりしなければならなくなってしまった時、たった1撃でも防いでくれる結界があれば少しだけ安心できる。


 ……え? 俺のスキルって、冗談抜きのネタスキルってこと……?


「――あ」


 盛大な空腹音が鳴って、いろいろと気力が吹っ飛んでいった。


「そろそろ昼時だし、とりあえず戻ってご飯でも食べながら考えてみるか」


 ダンジョンに入場してたったの10分程度だが、施設の方向へ向かって歩き出した。

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