第24話『成功して失敗して心技体』

「【閃界せんかいのワークショップ】」

「なかなか難しいよね~」

「想定以上に厳しいものなんですね」

「それが、常人では辿り着くことすらできない領域ってことだね」

「そう言われてしまうと、体感しているからこそ物凄い説得力のある言葉ですね」


 試行錯誤を重ね、はや30回。

 たったの1度も成功どころか、形にすらなっていない。

 手元が光っては消え、飛ばされ、スキルを発動させようとしているだけなのにかなりの疲労感が全身を襲っている。


 これじゃ、まるでスキルを手に入れる前に戻ってしまったみたいだ。

 実力不足であり、居場所のない、誰からも必要とされていないあのときみたいに。

 あのときとは違って、拒絶されているのは自分自身の力であるスキルになんだけど。


「でも、なんとか続けられるのは明確な拒絶を受けているからかもしれないです」

「え、シンくんって痛いのが好きな人だったりするの?」

「いやいやいや! そういう意味じゃないです。なんていうか、『お前はまだ力量が足りていない』って教えてもらっている感覚っていうんですかね。おかしいですよね、スキルが言葉を話すわかないのに」

「言いたいことはなんとなくわかるよ。スキルのときもそうだったけど、やっぱりリーダーという存在と対面したときなんて、もう人生観が変わっちゃうほどだったから。何も言われてはないけど、自分の今まで抱いていた価値観とかを全て否定されたような気がしてさ。逆に、そう言ってもらっていた方が楽だったかも」


 俺が義道ぎどうさんと顔を合わせて直接話をした回数は本当に少ない。

 だけど、鍛冶師としての背中はずっと見てきたし、その上達速度や才能開花の瞬間は見てきた。

 そんな人が、今度は探索者として活動を始め、早々に頭角を現し、組織のリーダーという役まで果たしている。


 もはや異次元の存在となってしまった義道ぎどうさんには、人を引き寄せる力や魅力がある。

 しかしそれとは逆に、その優しい性格も相まってか、無意識に近づく人間の心を折ってしまい、激しい劣等感を植え付けてしまうのかもしれない。


「まあでも、シンくんだったらまた違った目線と角度で居られるのかも知れないけど」

「もしかして今、そこはかとなく馬鹿にされているような気がするんですけど」

「ちっちっちっ、それはどうかな。少なくとも、【暁天ぎょうてんの導き】に居るメンバーではシンくんみたいな人は誰も居なかったよ」

「ですから、それはどういう意味で言ってるのか訊いてるんですってば」

「ふっふっふっ、それは内緒ってことで。さて、じゃあいい頃合いだと思うからヒントのお時間だよ」

「え、この練習にヒントなんてあるんですか」

「まあ、ヒントと言っても始まる前に伝えた内容でしかないんだけど」

「最初……といえば、精神面的な話ですか?」

「そうそう、それそれ。確固たる意志、執着心、憧憬を抱く……とかいろいろ言葉とか表現はあるけど、とにかく目標とかを掲げてその気持ちを強く持つことがコツかな」


 改めて考えると、今まで俺はちゃんと憧れを抱いていた、と自負している。

 憧れの存在である義道さんに追いつきたくて努力し続けてきた。

 だからこそ、自分には合っていないだろうとは薄々思っている、不向きな探索者にしがみつき足掻いてきたんだ。


 それを再確認できたからよかった――なんて楽観的な考えだったからこそ、こんな状況になっているんだろ。

 今、ヒントを出してもらってわかったことは、心と体の痛みを知ったからこそ、俺が今までどれだけ無様だったかがハッキリとわかっただけじゃないか。


 俺が知っている物語の登場人物たちは、目標を達成するため必死に足掻き、執着し、並々ならぬ努力と研鑽を続けてきた。

 じゃあ俺はどうか? そんなの簡単さ。

 言葉では目標を語っておきながら、薄っぺらい覚悟で今まで道を進んできた。

 本当、それだけじゃないか。


「……俺、自分が情けないです。情けなくて仕方がないです」

「うん? どうしたのさ」

「探索者になる前から、ずっと義道さんに憧れてその背中を追って頑張ってきました。でもそれって、今ならわかるんです。頑張っていたつもりになっていただけなんだって」

「ふーむ。そうなの? 私が知っているシンくんは、頑張っているように見えているけど。努力とか進む速度は人それぞれだから、あんまり考え込まない方がいいよ」

「それはそうなんですけど……違うんです。夏陽かやさんにはまだ言ってなかったですけど、俺って実は前のパーティを追い出されているんです。実力不足ってだけじゃなく、努力している姿を装った自分のおごりのせいで」

「……」

 こうして夏陽さんは話を聴いていくれている、これもそれを象徴している。

 情けをかけてくれているからこそ、俺の話を飲み込んで言葉を探してくれているんだ。


「だから、かもなんですよね。俺が手に入れたスキルのもろさっていうのは、俺自身の心を現していたんじゃないかって」

「うーん、なるほどねぇ。シンくんは、人生の中であまり成功体験がなく、何事にも自信がない。ということなのかな?」

「そう……ですね」

「こればかりはすぐに解決することではないから、難しい問題なのかもしれないね。でもさ、逆に考えたらすんごーい話でもあるんだけど、さ」

「どういうことですか?」

「ああ! なるほど! だからか!」

「ど、どうしたんですか!?」

「あっははは、まーたリーダーにしてやられたなぁ~。なるほどなるほど、そりゃあそうだよね、くぅ~悔しいぃ~」


 夏陽かやさんは急に腹を抱えて笑い始めたと思ったら、手を胸の前で叩いたり頭の上で叩き始めた。


「今のその話、全てが繋がっているとしたらさ、とーんでもない話になるわけよ。シンくんは辛い過去があって、生い立ちを振り返ってもいい思い出がない。だから、スキルが1撃で壊れてしまうぐらい心が弱い」

「そう改めて言われるとさすがに落ち込みますって」

「じゃあさ、この下方向にしか向いていない流れを逆にしてみたらどうなると思う?」

「え?」

「これからシンくんは、そんな背負ってきた負の面を拭い去ってしまうような成功体験を積み重ねていった場合、どんどん自信をつけていけるわけだ」

「そ、そういうことになりますね?」

「じゃあさ、その『弱い心に影響を受けていたスキル』はどうなっちゃうっていうの?」

「段々と強くなっていったりする、ということですか?」

「そう、大正解! 1撃で壊れる結界がそうじゃなくなったら? 1撃で壊れる武器がそうじゃなくなったら?」

「え……」

「普通に考えなくても、ぶっ壊れ性能のスキルになるってことだよっ」


 夏陽さんの言っていることがようやく理解できた。

 今の今まで、そんなポジティブな思考をすることができなかったからこそ、目から鱗が落ちる思いだ。


 軽く想像しただけでも常軌を逸している。

 だって、強力な攻撃を無効化できるだけではなく、その対象を1撃で討伐することができる武器を何本も取り出すことができるんだから。

 そして、もしも威力が足りないとわかっても、その武器を強化する手段だってある。


「だったら、今から取得しようとしているスキルはいったいどうなっちゃうのって話になっちゃうっていうの? あっはは、これだからリーダーと一緒に居ると楽しすぎるんだよ」

「もしかして、義道ぎどうさんは夏陽かやさんの話を聴いただけでこのことを読んでいたということですか……?」

「もしかしたら、もっと先を見据えてのことかもしれないけどね。でも、この結論に至るってことは想定内なんだと思う」

「義道さんって、本当に人間なんですかね」

「人間ではある、はず。でもさ、たしかにこんな逸材を放置しているんだったら、自分たちのスキルを披露して刺激するだろうし、こうして教育係をつけて伸ばすっていうのは納得でしかないよね」


 いつもの俺だったら、自分に向けられた『逸材』なんて言葉は空耳だと受け流していただろう。

 だけど、どうしてだろう。

 こんな短時間でポジティブ思考になることができたわけないのに、素直に喜べるというか、本当に自分のことなんだって飲み込める。

 それが義道さんから寄せられている期待からなのか、自分の可能性を見出してもらえたからなのかはわからないんだけど。


「夏陽さん、なんだかわからないんですけどやってみてもいいですか」

「うんうん」


 本当に、なんでかはわからない。

 でも今なら、この瞬間の俺ならできるような気がする。

 根拠のない自信が、心を覆っていたもやを払い飛ばしてくれているから。


 目を閉じ、落ち着いた心のままにスキル名を言葉にする。


「【閃界せんかいのワークショップ】」

「お、おぉ……おぉ!」


 夏陽かやさんの声に、俺もゆっくりを目を開く――と。


「おぉ、これが……新しいスキルの形……」


 見渡してみると、今までの自分を中心に展開する半球体型の結界ではなく、菱形ひしがたやトランプのダイヤみたいな形のものが散り散りに浮いている。

 破片が砕け散っている、という表現もできるけど、どちらかと言えば俺を中心に星々が広がっている、と言った方がいい。

 それぞれが自ら光を放っているようにもみえるから尚のこと。


「凄く綺麗だね……こんなの、夜空以外で観たことないよ」

「本当、綺麗ですね」

「なんだかこれ、リーダーのスキルにちょっとだけ似ているかもね」

「え?」

「明確な類似点があるわけじゃないけど、なんかこう、キラキラ光る風とキラキラ光る星っていう感じなだけなんだけど」

「たしかに義道さんのスキルも綺麗でした」


 比べるのはおこがましいことだけど、自然な現象みたいな感じで言えばその通りなのかも。


「どれどれ、試してみよう」

「え、ちょ、その石をどうするんです――か!?!?!?」


 夏陽さんは急に意思を拾い上げたと思ったら、俺へ躊躇ためらいなく投擲。

 さすがに驚いて腕で顔を隠したけど……その石は体のどこにも当たらなかった。


「わーお」

「まさか、変な方向に飛ばしちゃったからもう1回とか言わないですよね……?」

「のんのんのん。見てみてよ、目の前を」

「え?」


 目の前には夏陽さんの姿、目線を下げてみると投擲されたであろう石が。


「ごめんなさい、目を閉じて顔を隠していたので何が起きたのかわかっていないです」

「うんとね、目の前というか、さっきと同じ姿勢に戻ってみてよ」

「こんな感じですか?」

「うん、気づかない?」

「……え」


 言われた通りにしてみると、予想ができてしまった。

 しかし、そんなことが本当にあるのか、あっていいのか。


「破片が動いた、ということですか?」

「そういうことになるね」


 スキルを発動させたときには動きもしていなかった破片が、石の軌道であろう場所に移動していた。


「しかも、壊れていない」

「もしかして、ヤバーいスキルになっちゃったかもね」

「なんだか、俺もそんな気がします」

「まだまだ情報がないから過信はよくないけど……とりあえず、新しいスキルおめでとう!」

「あ、ありがとうございます!」

「連発できるかわからないし、反動があるからかもしれないから、これからだね。今日は最終日だけどまだ時間はあるから」

「焦らず頑張ります」

「よーし、次は実践だーっ」


 俺、本当に新しいスキルを手に入れてしまったんだ……!

 今すぐにでも喜びを爆発させてしまいたいけど、今はダメだ。

 せっかくのチャンスを次に活かすため、いろいろと教えていただいた夏陽さんのためにも油断せずに頑張らないと!

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