第18話『攻略の後に手作り弁当ってマジすか!』

「ごっはん、ごっはん~」


 もしも文字が浮かび上がっているとしたら、音符マークでも語尾についていそうなほど浮かれている春菜はるな


 俺達はダンジョンでの新メンバー初回配信を無事に終え、施設内の休憩スペースにて腰を下ろしている。

 じゃあこれからここに注文したご飯を取りに行くんだ、というわけではなく、猫や犬などのイラストが散りばめられている可愛らしい布に包まれたものが机の上に並べられていく。

 計4個、並べられてたが、解かれて姿を現したのは弁当箱。


 俺とは違って頭も体も使っているのだから、それぐらい食べるんだろうと容易に予想がつく。


「じゃあ真紀まき、俺達も注文しに行くか」

「ん?」

「え? どうかしたのか?」

「いやどうもしないけど」

「じゃあ行こうぜ。あ、それとも食欲がないとか?」


 そんな話をしていると、春菜はるなが間に入ってくる。


「どうしてかわからないけど、なにかを注文しに行くとして、どうして私だけ仲間外れみたいになっているのか納得いかないんだけど」

「だって、春菜誘っても意味がないだろ。飲み物だってあるみたいだし」

「え、うっそ……真紀まき一心いっしんくんがいつの間にか急接近している……どうして、いつの間に……」

「どうしてなのか私の方が訊きたいところなんだけど、春菜はなぜ急に落ち込んでいるのよ」

「だって、ショックでしょ……」


 俺もその理由を聞きたいんだが。

 発言的にはそこまで間違ったことを言ったつもりはないんだけど。


「それともあれか。春菜はそれ以上に食べるってことか?」

「あー、なるほど理解。そういうことね」

「どういうこと?」


 純粋な疑問に、なんの捻りもないことを言ってしまう。


一心いっしんくんは、春菜がテーブル状に並べた弁当を観て私を誘った。つまり、一心くんは気を利かせてくれて私が食べるものを注文するために誘ったということだよね?」

「ああそうだ」

「それって、春菜は弁当を全部1人で食べるから。そう捉えたってことだよね」

「その通り」

「そういうこと」

「え! ないない、ないないない! 私がこれ全部食べられるわけないって!」

「え、そうなの? 俺はてっきり、食べないとやっていけないんだなって思ってたんだけど」

「いやいやいや。私はそんな食いしん坊キャラじゃありませーん!」


 ほう。

 ならば、そこに並んでいる弁当箱はどのような理由があってのものなのか。


「ああなるほど。春菜と真紀が2人で食べる用だったのか。納得」

「そういう解釈もできるけど、残念ながら外れ」

「これは私達が作ってきた弁当なんだけど、みんなで食べようってことなの」

「え」


 び、美少女の手作り弁当を拝めるだけじゃなく、俺も食べられるってこと!?

 そんなご褒美みたいなことがあってもいいっていうのか。


 いや待てよ。


 これも恩返しの1つだというのなら、ここで断るって言うのは相手に失礼になる。

 2人に恥をかかせるわけにはいかないし、なにより捨てることになってしまうのはもったいない。

 絶好の機会、逃すわけにはいかないだろ!


「それはとても興味深いんだけど、協力して作ったってこと?」

「ううん。それぞれの家でそれぞれ作ったんだよ。だから、1個は自分用でもう1個は一心くん用」

「こっちが私用で、こっちが一心くん用」


 弁当1つずつが、俺の前に差し出される。


 マジですか。

 こんな幸せなことが、本当にあっていいんですか。

 もしかしこれは夢の中で、ダンジョン攻略最中に気絶してるとかそういうオチだけはやめてくださいよ。

 夢だったとしたら、妄想が爆発し過ぎてて恥ずかしすぎる。


「普段は料理とかしないから自信はない。と、前もって言っておくね。冷凍食品も混ざってるし」

「隣に同じく。なんせ、私達は自分で弁当を作ったのは今回が初めてだから」

「な、なんだって! ――おっと失礼」


 心の声が駄々洩れてしまった。

 当然、歓喜を現すという意味で。


「もういっそのこと、パカっと開けちゃって!」

「そして、早く食べてみてほしい」

「――」


 固唾を飲む。

 緊張の一瞬とはまさにこのことなんだが、催促されてしまっているのだから意を決する必要がある。


 いざ、尋常に。


「――お、おお」


 あまりの眩しい光景に、目を一瞬だけ細めた。

 いや、なんの光も発していないし、光が反射して目を細める要因となっているものがはいっているわけはない。


 中身は、たぶんシンプル。

 母親以外の手作り弁当なんて初めて目の当たりにするものだから、正当な評価はできない。


 まず春菜の弁当は、真ん中に敷居が設けられていて、片側におかず、反対側がゆかりっぽいものがかかっているご飯になっている。

 おかずの方は、ブロッコリー、チキンナゲット、ミニハンバーグ、梅干しというラインナップ。

 きっと食事のバランスが考えてあるのだろう。


「春菜のは安心感のある弁当だね」

「あ、ありがとう。いろいろ調べてみたんだけどよくわからなくって。なら、世間一般的にはバランスのよい食事は大事って聞くから、そうしてみた」

「体のことを考えてくれたってことなんだね」

「う、うん」


 とかなんとか、どこかの評論家っぽいようなことを言ってみたけど、感想としては間違っていないだろうか。

 てか今の俺、随分と恥ずかしいことを言っているんじゃないか。


 春菜もなんだか顔を赤くしているし、こっちまで体がむず痒くなってきた。


 ダメだ、次だ次だ。


「それではこちらを――お、おぉ! これは!」


 シンプルな弁当。

 しかし、この茶色さがいい。

 春菜の弁当と同様に半分で仕切られているものの、ご飯部分が生姜焼きがドカッと乗っている。

 もう反対側は、唐揚げ、ミニハンバーグ、ミートボールがドンドンと敷き詰められていて、THE茶色。

 ご飯が進むどころか、箸が止まることを知らない弁当だ。


 ああ、最高。


「ふふっ。私の勝ちね。やっぱり男の子は、こういう弁当の方が好きに決まっている」

「ななななな! で、でも見た目だけで勝負は決まらないでしょ。味よ味」

「ちなみに一心くん。私の弁当はミートボール以外、"手作り"だよ」

「な、なんだってーっ!」

「わ、私だって頑張ったんだよ。ご飯は自分で炊いたし、ブロッコリーだって自分で切ったんだから」

「勝負ありね」

「むむむむむっ! まだ食べてないからわからないって」


 お願いですから、口論だけはやめてくださいね?

 俺としては超超超嬉しい展開なんですから。


 そして、2人して恐ろしい目線を向けるのを控えてもらえませんか?

 今から弁当を食べる人を見る目として、絶対に間違っていますからね。


「で、では。お先に春菜の方から」


 冷凍食品ということがわかっていても、美味しそうだという事実は変わらない。

 まず最初にチキンナゲットを。

 うん、美味しい。


 次に梅干をひとかじりして、その口でゆかりご飯を頬張る。


「おお、美味しい。水分がちょうどいいっていうか、俺が好きなご飯の柔らかさ」

「よっしっ」


 ガッツポーズをして喜んでくれているのはいいんだけど、その後に真紀へ鋭い眼光をチラッと向けるのをやめてくださいね?


「それじゃあ、こちらを」


 食欲をそそる匂いをこれでもかと充満させられており、もはや他の選択肢はない。


 生姜焼きをパクリ――美味しい。

 次に、タレが染みているご飯をパクリ――美味しい。

 あ、これダメだ。


 パクリ、パクリ、パクリ。

 止まらんこの美味さ。


 唐揚げにはほんのりとニンニクの香りがあり、1個口に運んだら、我慢できずにもう1個口に運ぶ。


 そして、あっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様」

「……………………」

「この勝負、私の勝ちみたいね」

「……悔しいーっ!」


 正直、真紀の弁当は本当に美味しかった。

 箸は止まらないし、なんならおかわりがあったら速攻でお願いしていただろう。

 なんで勝負になっているかわからないけど、こういうのって優劣をつけるものではないと思うけど……。


「でもほら、2人もまだ食べていないんだしちょうどいいんじゃないかな。話をしながらみんなで食べようよ」


 我ながら上手い返しができたんじゃないか。


「今は急いでいないんだし、ゆっくりと食べようよ」

「真紀の弁当はあんなにバクバクと急いで食べていたのに?」


 あ、やっべ。


「私が言うのは違うかもだけど、一心くんはちょっと静かに弁当を食べた方がいいかもね」

「は……はい……」

「私、もっとお料理を頑張る」

「私だってもっと上手になる」


 なんだかついさっきまでバチバチだったのに、仲直りをしてくれたみたいだ。


「まだまだ時間はたっぷりとあるんだから」

「だね」


 春菜はそう言い、真紀は頷いた。


 今はそれが新鮮な気持ちで観ているけど、これから日常になっていく。

 未だにどこかで怯えている自分はいるが、心が温かくなっているのを感じる。


 ……しかし、美少女が作ってくれた弁当――うっま。

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