第25話『少女らはそれぞれの意思を抱き、立つ』

 それぞれの立場で、それぞれの意志で、それぞれの想いで。


 事が大きく張り始めてしまったことから、春菜はるな真紀まきは各々が所属する事務所に呼び出しを受け、向かう。


 最中、車内にて春菜と真紀は互いに連絡を取り合っていた。


『こっちはそろそろ到着するけど、真紀まきはどれぐらい?』

『たぶん同じぐらいだと思う』

『ならよかった。大丈夫そう?』

『なにも問題はない。なんと言われようとも、最善策を模索する』

『ならよかった。私だって頑張るよ。絶対に今の環境を崩させはしない』


 互いにどのような用件で呼び出されているかの詳しい説明をされてはいない。しかし、両者がほぼ同時にそれぞれの事務所へ呼び出されるというのは、なにかしらのことがあったから。それぐらいは理解している。

 その両者とも心当たりがあり、それは共通のことでもあることから、ある程度の予想はつく。


 配信中に起きた出来事。


 だからこそ2人は語らずとも認識を共有している。


「春菜さん、そろそろです」

『こっちはそろそろ到着しそうだから、そっちも頑張ってね』

『わかった』


 黒いセダン車は事務所入り口で停車。


「それでは駐車場へ車を止めてきますので、後ほど合流します」

「ありがとうございます」


 春菜は来るから降り、マネージャーへ深々と一礼。

 車が発信後、事務所へと足を進めた。




「わざわざ来てもらってすまないね」

「いえ、全然問題ありません」


 目の前に居るのは、代表取締役社長。


 ここ局長室に普段から居るのは、事務所の局長。立ち位置的には各グループの長であり、支部長とも言えるような人物。

 しかし現在、その局長は社長が座る隣に立たされており、若干腰が引けている。


 絵に描いたような上下関係が目の前にあり、これから繰り広げられるであろう会話の内容に自然と重みが増してしまう。


「この時期に、というか、このタイミングでここに呼び出されて俺がいるということはどういうことか理解できるかね?」

「断言はできませんが、ある程度は理解しているつもりです」

「ほう、察しがいいのは優秀な証拠だ。まだまだ若いというのに素晴らしい」

「ですが間違っているかもしれません。遠回しにする必要はないので、そのままお伝えしていただけると幸いです」


 タイミングが良いのか悪いのか、ノックが3回鳴る。


 そのまま入室してきたのは春菜の担当マネージャー。


「役者は揃ったようだから、本題に入るとしよう」


 いよいよ、と緊張が走る。


「つい昨日、SNS上で拡散されいる動画について。この件について、状況を理解していない人物はいないね?」


 春菜、局長、マネージャーが頷いた。

 それを確認し終え、話が再開する。


「多少の拡散であれば見なかったことにできるが、今回の件は既に数千を超え、数万回再生を突破している。これはもう、元の動画を削除しようとも収拾がつかない」


 淡々と事実を述べられ、話は続く。


「うちの評判と言うか、売りとしていることがある。それは『タレントをしっかりと護る代わりに、不祥事をを起こしたタレントは即斬り』だ」


 発表当初は賛否両論で数日に渡って、世間で物議を醸した。

 しかしその一風変わった売り出し方は、『顧客となる人々の安心に繋がる』という結論に至り、世間に認められた。


「つまり……」

「お、お言葉ですが社長。今回の件に関しまして――」

「ん? 今、君の意見は窺っていないと思うのだが」

「も、申し訳ございません。行き過ぎた真似をいたしました」


 春菜は今のやり取りで、局長はこちら側でいてくれていることを察する。


「無礼だとは存じますが、私からもお伝えしたいことがあります」

「ほほぉ、担当マネージャーからの言葉には耳を貸さなければね」

「ありがとうございます。春菜さんは、他のタレントと違い多岐に渡る活動をしています」

「そうだね。うちの社風的には、タレントの自由を尊重しているからね。たしか、探索者や配信者としても活動しているんだったね」

「はい、そうです。それに伴い、弊社の宣伝もしっかりと行っております。これは確実な利益に直結していると思います」

「うむ。それを否定することはないよ。しっかりと仕事をしてくれていることもちゃんと理解している」

「であれば――」

「いいや、そこまでだよマネージャーちゃん」

「……」

(局長は止めようとしてくれて、マネージャーさんも説明してくれた。後は私の発言次第)


 春菜はるなは意を決する。


「本人からの言い訳に耳を貸すことぐらいはするさ」


 疑い掛かるような、信頼を寄せていない目線が春菜へと向けられる。


「私は今続けているどれも辞めたくはありません。これがわがままだっていうのはわかっているつもりです。ですが、今回の一件で動画を観ていただいたのであればお分かりだと思います。私はあの時、死んでしまう運命でした。そんな時、あの人が私達を助けてくれたんです」

「ああ」

「だからこそ、私は自分のやりたいことを続けながら、彼に一生分の恩を返したいと思っています」

「ほほぉ」

「軽い気持ちじゃありません。あの時感じた"死の恐怖"は、文字通り人生の終わりを予感させました。今でも思い出すだけで体が震えてしまうほどです。ですので、私は――」

「そうかそうか。わかったよ」


 まだまだ伝えたい言葉が、伝えたい想いがあるのにそれが制止されてしまう。

 怒りとはまた違った、やるせない気持ちと悔しさを抱き、両拳に力が入る。


「やりたいこと、思い残すこと。それぞれはある程度わかった。じゃあそれを踏まえて、もしもモデル・探索者・配信者の中で……ああ、最後にその助けてくれた人の隣に居ることの4択の中で1つだけ選ばなければならないとしたら、どれかね」

「彼の隣に居ることです」

「ほほぉ、即答とは驚いた。いいのかい? 活動は続けたいのだろう?」

「それはもちろんです。ですが、これが私の覚悟です」

「ほほぉ……これは凄い。熱いね。いや、若さからくるものか。ああ、いやはや。これはこれは」


 社長は神妙な面持ちでゆっくりと頷く。


「局長、いい人材をスカウトしたもんだね。あははははは」

「え……?」

「ああいやいや、すまないすまない」


 急に社長は、人が急に変わってしまったかのように盛大な拍手を始める。


「いい刺激を貰ったよ。試す真似をして申し訳ない。桜樹おうぎ春菜はるなさんといったね。素晴らしい覚悟を示してくれてありがとう」


 春菜、局長、マネージャーは全員がキョトンとしてしまう。


「申し訳ないのだが、この場に居る全員を試させてもらった。だから安心してほしい。誰もこの場から消えることはないし、今後とも弊社で活躍してもらう所存だよ」

「そ、そんなぁ……社長、そういうのはほどほどにしてくださいよぉ」

「悪い悪い。心臓に悪かっただろう。お気持ちとして今月の給料にちょこっとだけ上乗せしておくよ」

「あ、あの……結局のところ、私はどうなってしまうのですか……?」

「心配しなくて大丈夫だよ。これからも仕事を存分にしてもらう。しかし変更点もある」

「そ、それはどのような」

「内密な試験という感じだったのだが、こういうのを合格した人材には会社を上げて全面的に後押ししていくことになっているんだ」


 と言われても理解できない春菜は、思わず首を傾げてしまう。


「そうだね、今までほとんど選べなかった仕事が自由に選択できる。別の角度で話をすると、探索者や配信者としての活動に重きを置きたいというのであればそうして構わない。例えばこれから2週間ぐらいダンジョンに通い詰めたいとかってのも簡単に了承しちゃうよ」

「え……えぇ!?」

「そう、普通だとありえない。けど、これからはそれができるってこと」

「す、凄いですね」

「でも、それだけの覚悟は示してもらったし、想いも受け取った。恩人に恩を返したいのであろう? まさか、人生を捧げるとまで言ってしまうとは思ってなかったが」

「あっ」


 春菜は、自分で言葉にしておきながら、その意味が今になってジワジワと羞恥心へと変換されていく。

 当然、首から頭まで徐々に赤く染め上げて。


「さすがに予定が入っている仕事をドダキャン等はしてほしくない。信用問題にも関わってくるから、そこら辺は心に止めておいてほしい」

「はい、もちろんです。この会社にだって、私を拾ってもらった恩を返したいですから」

「そう言ってくれると嬉しいよ。さてさて、あちらでもそろそろ結果が出た頃合いだと思うよ」

「どちらですか?」

「相方の方だよ」

「え」

「あっちには副社長が行っているからね」




『さすがに心臓が何個かないともたないかも』

『だよね、わかる』


 それぞれが解散後、春菜と真紀はそれぞれの移動最中で再び連絡を交わす。


『春菜は社長と話をしていたんでしょ? そっちの方がヤバそう』

『まあまあだったかな。局長とマネージャーさんが援護してくれたから、心強かったよ』

『なるほどね』

『そっちの方はどうだったの? 副社長とは1回ぐらいしかお話したことがなかったから、いまいちわかってないんだよね』

『いやさあ……』

『ん?』


 春菜は、真紀が歯切れの悪い返事をするものだから、疑問を抱かずにはいられなかった。


『感情がこう、ブワーッとなっちゃって……啖呵きっちゃった』

『え、誰が? マネージャーさんが?』

『……私が』

『うっそぉ』

『信じられないでしょ、わかる。私が一番、自分の行動を理解できてないもん』

『ふふっ、でもよかった』

『なにが?』

『私も、大体同じ感じだったの。さすがに怒鳴ったりはしてないけど、すっごい覚悟を示しちゃったなぁって』

『なにそれ気になる』

『いやあ、さすがに恥ずかしいから言えないよ。言えたとしても、もーっと後ぐらい』

『ならいつか聞かせてよ』

『いいよぉ~、いつかね。というか、じゃあ真紀もなんて言ったか教えてよ』

『そうだね。いつか』


 2人はクスっと笑い合う。


『じゃあそろそろ家に着きそうだから終わるね』

『はいはい。じゃあおやすみ』

『おやすみ! あ、明日って何時からの集合だったっけ』

『明日は午後からだよ』

『ありがと~。それじゃっ』

『はいはーい』


 次の日のことを思い、2人は頬を緩ませた。

 一心いっしんと1日ぶりに再会し、話ができる。

 一緒にダンジョンで戦い、笑い、成長していく。

 ただそれだけのことなのに、自然と口角が上がってしまう。


 まだまだ時間があり、しかし確実に時間を待てば会えるのにもかかわらず、それぞれ一心いっしんに連絡を入れてしまうのであった。

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