第五章

第31話『ダンジョンの中で全部が事足りるのか』

「それにしても、嬉しいことではあるんだけど……正直、有難迷惑だよね」

「同意」


 俺達は今、地上のそれと大差なく整備された道を歩きながら、とある場所へ向かって歩いている。

 そんな中、2人は不平不満を零しているんだけど――僕にとっては九死に一生を得ることだった。


「でもさ、世間体的なことで考えたら、むしろ気を利かせてもらえてよかったんじゃないかな」


 と、内心は宿側に感謝を述べつつも、当り障りのないことを言う。


 しかし当然のことながら、2人は納得せず。


「いやいやいや、最初から部屋は1つでいいって伝えたし。それに、お金がありませんよアピールとかもしてなかったし」

「本当にそう」


 宿を出てから数分間ずっとこのままな2人に対し、終止符を打つ。


「でもさ、よかったんじゃないかな。もしも要望通りになっていたとして、配信をしている最中にポロッと話を出しちゃったら視聴者のみんながどう思うかわからないよ」

「配信中に言ってたことだから、そこら辺は別に問題じゃないと思うけど?」

「いやいや、大体の人達はそれが冗談だと思ってるはずだよ。実際のところはわからないけど」

「そんなことで離れていくなら、そういう人達とは縁がなかったと思うだけだから問題ない」

「言ってることは正しいんだろうけど。ここは1つ、笑い話が増えたってことでネタにでもしようよ」

「まあ確かに、それはそれで話が盛り上がるかもね」

「なるほど」


 いい感じに話の落としどころがみつかってよかった。


「それにしても、ありがた迷惑という言葉が妥当」

「まあー、そこら辺はなんとも言えないな」


 というのも、俺達がこのまま向かう行先に関係している。


「だけど、どっちにしても行くところだったし。別にいいんじゃない?」

「それはそうだけど」


 俺達は今、この階層にある探索者組合へ向かっている最中だ。


 今日も明日も、ダンジョン内でモンスターを討伐して――という予定だから、せっかくならクエストを一緒に受けてしまえば一石二鳥。

 だから、目的のために向かうのは当たり前なんだけど、宿の人達から「ダンジョン内で入手できる素材を手に入れてきてほしい」というお願いをされてしまった。

 そのお願いを達成するだけで、滞在している期間中は一部屋分をタダで使用させてもらえるのだからありがたい話ではある。


「それにしても本当に凄いね。何から何まであるんだ」


 つい昨日の全く同じ感想を抱いていたけど、感心する他ない。


 地上との違いを探す方が難しい建物や設備。

 交通手段として使用されている、バスや電車。

 飲食店やコンビニだって揃っているだけではなく、スーパーや衣類・防具を販売している店だってある。


 ここまで全てが整っていると、地上にこだわって生活する必要性が感じられない。


「ちなみに言うと、学校だってあるんだよ」

「無い物を探す方が大変だけど、簡単に言えるとしたら飛行機ぐらいじゃないかな」

「な、なるほど」


 そう言われてみれば、そうなんだろう。

 でもこの感じだと、ヘリコプターなんかは普通に合ってもおかしくなさそう。


 流れで視線を上へ向けると、そこには青空や太陽はない。

 むき出しになっているダンジョンのゴツゴツとした岩肌に、太陽の代わりになっているのであろう、星のように散りばめられている水晶のようなものがキラキラと光を放っている。


「とかなんとか、得意気に言ってる私達もそこまで頻繁に来ていたわけではないから、それ以上のことは言えないんだけどね」

「今回で3回目」

「そうだね、たしかそれぐらい」

「なるほど」


 探索者以外にも活動をしているんだから、そうだよな。


「そういえば、鍛冶師ってどういうことができたりするの?」

「気になる」


 言葉にしていないけど、勝手に感じ取ってしまう。

『言いたくなかったら、無理に言う必要はないよ』と、いう気遣いを。


 だけどその気遣いに甘えてはいられない。

 俺を認めくれた2人に対して、誠意で応えなくてどうする。

 と言っても、そう大層なことはできないんだけど。


「たぶん、想像しているようなことはほとんどできないよ」

「武器を鍛錬したりってこと?」

「そうだね。炉に火を汲んで、鉱石を溶かし、鍛え上げる。大体の人は鍛冶師に対してそんなイメージだと思う」

「まさにその通りだと思ってた」

「うんうん、同じく」

「一応は修行の一環でやらせてはもらったことはあるけど、才能があったらできた、なんてことすら思えないほどのものだった。なんていうか、圧倒的な実力不足っていうか、忍耐力不足っていうか、心意が足りないというか」


 人通りが増えてきたから、2人は前に、俺は後ろと配置を変える。

 だから表情を窺うことはできないんだけど、「ほほぉ」「深い」といった言葉が聞こえてきた。


「出来ることは本当に簡単なことだけで、水と砥石で武器の刃を研いだり、構造を理解して組み直したりする感じの整備ぐらいだよ」


 そう、本当に簡単なことだけ。

 だから俺は前のパーティを追放された。

 期待に応えることができなかったから。


「すっごいじゃんっ」

「うん。そんなにできることがあるのは羨ましい」

「ね。ダンジョンの中で、武器は唯一の自分を護ることができるもの。その命を預ける武器をお手入れしてもらえるって、かなりありがたいよ」

「……え?」

「私もそうだと思う。しかも、ダンジョン内でそれができるんだから」

「そうそう、しかも今は凄いスキルもあるんだし」

「……そう、なのかな。かなり地味だし、明確な成果もないから自信は持てないけど……そうだよね。自分にできることをやるだけだよね」


 たぶん、これからさきも自分にできることをやるだけで、自信は付けられないんだと思う。

 だけどいつまでも自分を卑下しているだけじゃダメだ。

 俺を信じてくれる2人のために、一生懸命やらないと。


「でもさ、一応は武器を鍛えることができるって凄いよね。これから経験を積んでいったら少しずつできるようになるんじゃない?」

「軽々しく言っちゃダメなんだろうけど、私もそう思う。誰だって最初からできる人はいないから」

「そう……だね。少しずつでもできることを増やしていきたいと思う」


 確かにその通りだ。


 ……だけど、鍛錬の練習にはいろいろと道具なんかも必要だからどうしたものか。


「それじゃあ、今日の予定を軽く打合せしつつ行こー」

「え、バスとか使わないの?」

「そっちの方が早く探索者組合に着くけど、せっかく時間もあることだし、ね」

「どうせ、到着したってすぐにはダンジョンへ行くわけでもないし」

「なにそれ初耳なんだけど」

「気にしない、気にしない」


 お金の持ち合わせのない俺が悪いにしても、ずっと驕られっぱなしなのも気が引けてしまう。

 だけど、だからこそお金を使うような場面は2人の言うことには逆らえない……。


 なんとも言い難い状況ではあるけど、もはや割り切って戦闘のことを考えようそうしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る