僅かな違和感③



 「それはエイブリーさまが“繁栄”の祝福持ちだからでしょうか?」

 「バルセル侯爵令嬢、悪いがそれは違う。僕はエイブリー・クラリス・ハミルトンを愛しているんだ。そこに祝福など関係ない。確かに僕達の婚約はクラリスの“繁栄”のお陰で繋がった縁に過ぎない。それでも僕は、クラリスと共に過ごした何年もの時間がこの想いを作り上げたと思っている。祝福は関係ない、クラリスだから愛しているんだ」


 僕がそれでもクラリスだけだと伝えると、バルセル侯爵令嬢は勢い良く顔を上げ、叫ぶように口を開いた。

 

 「ですが!!殿下の愛するエイブリー様は、簡単に子爵子息に心変わりしたではありませんか!他の男性に簡単に心変わりしたエイブリー様を、殿下はそれでも想い続けて生きていくと言うのですか?エイブリー様は殿下を裏切ったのですよ!?」

 「そうだ」

 

 僕に意志は変わらない。それを伝えると珍しく声を荒げていたバルセル侯爵令嬢は突然火が消えたように大人しくなった。

 そして僕の目を真っ直ぐ見据え、ゆっくりと口を開いた。


 「殿下のエイブリー様に対する想いは十分伝わりましたわ。ですが、この先妻となるのはこのわたくし。わたくしだけですわ。そしてわたくしにも、生涯貴方だけですわ。それだけは分かっていて下さいませ」

 「……そうか」

 「っ殿下!!」

 「僕は用事があるからこれで失礼するよ」

 「あっ!!」


 後ろでバルセル侯爵令嬢が何かを叫んでいる声が聞こえたけれど、今度こそ僕は自室へと急いだ。

 ずっと目に見えない違和感が拭えなかった。でも先程バルセル侯爵令嬢と話た事で、その違和感が初めて実体を持った気がした。

 学園での彼女の振る舞いは完璧だった。友人を心配し、ひたすら諫め続ける優しいご令嬢。

 例えクラリスに邪険に扱われてもめげずに声を掛け続けた姿は、学園の生徒達の心を確かに掴んでいた。

 以前はクラリスの評判をよく耳にしていたが、今話題に上がるのははしたない行動を取り続けるクラリスではなく、彼女を見捨てず今でも諫め続けているバルセル侯爵令嬢の方だ。


 でも今日彼女と話して感じた確かな違和感。

 婚約者に内定している彼女が

 それだけでは違和感程度でしかないが、先程のバルセル侯爵令嬢が発した「エイブリー様は殿下を裏切った」と言った時に感じた激高した態度。

 

 普段の彼女は本気でクラリスを心配している友人そのものだ。

 でもそれは違うと僕の本能が叫んでいる。


 これは違うと──。


 今のところ確かな証拠はない。だけどもっと深く掘り下げて調べてみる価値はあるんじゃないだろうか。

 先程から酷く胸騒ぎがする。

 ロレーヌ男爵令嬢の件も含めてもう一度バルセル侯爵令嬢の身辺を探ってみる事を決めた僕は、自室の扉を勢い良く開け室内に入り鍵を掛けたタイミングで黒づくめの男女二人が何処からともなく姿を現した。

 驚き固まっている僕と目を合わせると、恭しく跪き男の方がおもむろに口を開いた。


 「国王陛下より勅命を賜り参りました。殿下の目や足となるように、と」

 「父上が?」

 「私達は影の中でも秘匿されている存在。殿下におかれましても、どうかこの事は内密にお願いいたします」


 父上が表立って僕に力を貸す事が出来ない事は分かっていた。

 なにしろ今回は僕自身の問題ではなく、婚約者のクラリスの行動に関してだった事も関係している。

 それにこの平和なグレンヴィル王国にも政敵は存在している。いくら婚約者だからと言ってむやみに王族が手を貸せば貴族の中の統率を乱す事になる。

 そんな危険な真似、国王である父上がするはずがない。クラリスの父親である宰相も、事情を分かっているからこそ陛下に抗議をしないのだろう。

 そんな事情を分かっていながら、僕は父上が手を貸してくれない事実に少なからずショックを受けいていた。でも今回影を寄越してくれた事でこの問題に親として協力してくれるのだと知り、心から嬉しいと感じた。


 (これで僕も調べる範囲を増やす事が出来る)


 「では早速ですまないが調べてもらいたい人物が二人いる。頼めるだろうか」

 

 二人に内容を話すと彼らはすぐに調べると言い残し、部屋から煙のように消えてしまった。

 二人には令嬢を二十四時間監視するように伝えたから、あとは結果を待つだけだ。


 (どうか、この違和感の正体を突き止める事が出来ますように)


 今のところ何も役に立てていない僕は、アルテナ様に祈るしかなかった。

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