無力さを知る③
僕はすぐにクラリスが声を掛けた方向へ視線を移すと、そこにはチェスター子爵子息の姿があった。何も悪い事はしていないのに、どうしてだか僕は目の前のその光景に思わず目線を逸らしてしまった。でもすぐにはっとしてクラリスへと声を掛けた。先程の言葉の真意を知りたかった。
「クラリス!!」
しかし彼女が僕の声に反応を示す事はなかった。まるで僕がその場にいる事を認識すらしていないような態度で、チェスター子爵子息へと駆け寄り声を掛けた。
「もう、どこへ行っていたの?心配したのよ」
「すみません、先生に呼ばれていたものですから」
怒る彼女を優しく宥め、チェスター子爵子息はクラリスへと笑いかける。そしてふと、まるでたった今気付いたかのようにこちらへと視線を向け、恭しく礼の姿勢を取った。
「王国の若き太陽にご挨拶申し上げます」
「あ、ああ。君もここにいたんだね」
「先程までは教員の方に呼ばれた為一時席を外していたんです。ですがエイブリー様を一人にしていたのですぐに戻ってきたんです」
そう言ってクラリスへと視線を移したチェスター子爵子息は、まるで僕の知らない二人の空気を作り出し、優しく微笑み合うと再度こちらへと視線を移し口を開いた。
「我々はそろそろクラスへと戻ろうと思いますが、殿下はいかがなさいますか?」
「僕は、」
咄嗟に言いかけた言葉は近くにいた護衛がそっと耳打ちしてきた内容によってこれ以上発する事が出来なくなった。僕は二人にクラスへ共に戻る事が出来なくなった事を告げ、すぐにその場を後にした。
去り際に後ろを振り返った僕はクラリスに向かって言葉を掛けた。
「クラリス、一度きちんと二人で話をしよう」
僕の言葉に最後まで彼女が反応を示す事はなかった。
そしてすぐに学園の正門へと向かい用意されていた馬車に乗り込み目的地へと向かった。
陛下からの呼び出しがあった為だ。このタイミングでの呼び出しという事は、大方最近のクラリスの行動が陛下の耳にも入ったに違いない。これから言われる事を想像し、僕は陛下へ何と返したらいいのか考え頭を抱えた。
「テオドア、どうして呼ばれたかは分かっているな」
「クラリスの学園での態度についてでしょうか」
「分かっているなら話は早い。率直に言うが、お前の婚約者の学園での態度が、貴族の間で問題になっている。このままでは婚約者の変更も視野に入れなければならない」
「それは待ってください!クラリスには何か事情があるんです!」
そして僕はある日突然彼女の様子がおかしくなった事、それから何度も対話を試みても逃げられてしまう事、そして先程会ったクラリスの様子を矢継ぎ早に伝えた。
「クラリスは何かに操られているに違いないんです!!陛下、どうか調査させて下さい」
「しかし例えハミルトン公爵令嬢にやむを得ない事情があったとして、今回の状況では議会を納得させる事は難しい。あの子の側にいる子息……名をライアンと言ったか。仮に事情があって傍にいるとしても私達に全てを把握する事は不可能だ。テオドア、もし二人の間に本当に何もなかったとして、そのままお前に嫁いでゆくゆくは跡継ぎを設ける事になった時、最悪托卵などと疑いを掛けられ傷つくのはハミルトン公爵令嬢の方なんだぞ?」
「まさか!クラリスに限ってそんな筈はない!」
「お前も全てを把握出来るわけではないだろう?今この時点で言い切る事は早計だ」
僕が何も言えないでいると陛下は構わず言葉を続けた。
「まだ確定ではないが既に次の婚約者の選定が始まっている」
「っ、僕はクラリス以外と結ばれるつもりはありません」
「王太子として、その発言は関心しないな。それに他の男に心を移した婚約者をそれ程までに想う必要があるのか?」
「クラリスはそんな軽い人間じゃない!それに今しがた会った彼女は確かに僕に『助けて』と口にしたんです。きっと何か事情がある筈なんだ!」
あまりの僕の剣幕に一瞬驚いた表情を見せた陛下は、しかしすぐにいつもの統治者としても顔に戻り、重々しく口を開いた。
「いいかテオドア。今のままではこの決定は覆らない。いくらお前が癇癪を起そうと、エイブリー嬢に事情があろうと、だ。今のお前ではこれ以上会話をするのは無理だろう。もう下がりなさい。ただし、新たな婚約者の選定が中止になる事はない、その事だけは頭にいれておけ」
そう言って陛下は僕に下がるように命じた。
やるせない思いを抱えつつも、すぐにどうにか出来る状況でもなく僕は大人しく引き下がるしかなかった。
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