無力さを知る②



 そしてそんな僕とは反対に、クラリスを説得し周囲から庇えば庇う程、バルセル侯爵令嬢の評判は上がっていった。

 ひとまず学園の生徒達にはクラリスは何か事情があってあのような行動を取っているという事で説明し場を収めたけれど、きっとみんな納得はしていないだろう。

 事実あの日、学園の中庭でクラリスが心変わりしたと自ら告白した現場は多くの生徒の目に留まっている。

 今更箝口令を引いた所で意味がない。それに婚約者と対話する事すら出来ない自分では、周囲の人間の口を止める事なんて出来ない。

 今までどれだけ難しい状況に陥っても、クラリスがいてくれたから乗り越える事が出来た。

 そのクラリスがいない今、僕は出来の悪い人間に成り下がっていた。


 クラリスと話をする事も、この状況を打開する方法も見つからず、気付けばひと月が過ぎていた。

 この期間もクラリスとの関係に変化はない。今日も拒否されると分かっていても彼女と話をする為、僕は立ち寄りそうな場所へと足を運んだ。

 今までのクラリスの行きそうな場所ならすぐに答える事が出来たのに、あの日以来彼女がいる場所すら満足に探す事が出来ない自分に、心が折れそうだった。

 そんな今日もいつもと変わらずクラリスと話をする事が出来ず、僕は重い足取りで普段は立ち寄る事のない学園の東側に位置するテラスへと向かっていた。

 ここは教室から距離が離れているからか生徒達があまり居らず、一人になりたい今の僕にとっては最も適した場所でもあった。


 テラスの入り口に控えている職員は、僕と目が合うと一瞬驚いたような表情を見せた。

 学園の職員と言えど、貴族も通うこの場所で働く者は皆厳しく教育されている。その筈なのに珍しい事もあるのだなと思っていると、中に通され先程の職員が見せた表情の意味を僕はようやく理解する事になった。

 室内へ通された僕は中央階段を降り広間まで降りようとした時、あれほど会いたいと願っていた人物の姿を目にした。そしてここ最近は全く交わらない僕達の視線が珍しく交わった。


 (クラリス……?)


 このひと月、一度たりとも視線が交わる事はなかったのに、今この瞬間僕達の視線は確かに交わっていた。

 その事が嬉しくて思わず彼女へ駆け寄ろうと足を踏み出すと、依然こちらへ視線を向けたままのクラリスはわずかに唇を動かした。

 表情は相変わらず無機質なまでに無表情だったけれど、僕に何かを伝えようとしている事は分かった。


 踏み出した足を止め、クラリスの口元に神経を集中させると、彼女の唇が一言だけ言葉を紡いだ。

 実際に声に出していたのかまでは分からない。距離が離れていたし、例え急いで向かったとしても聞き取る事は出来なかっただろう。


 「──助けて」


 クラリスの無機質な表情とは正反対の言葉。

 この時の僕は上手く説明が出来ないけれど、本能で彼女の発した言葉こそが本心のように感じた。


 (何が起こっているんだ……?)


 ここ最近の彼女の態度と、今しがた読み取ったクラリスの口の動きは明らかに正反対の意味を持つ。

 真意を知りたくてクラリスの元へと駆け寄ろうとすると、彼女はすぐに僕から視線を逸らし違う場所へとその視線を向けた。次の瞬間、いつもの綻ぶような満面の笑みを浮かべ口を開いた。


 「ライアン様!!」

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