無力さを知る①



 あれから何度もクラリスと話し合いの場を設けようとしたけれど、クラリス本人が僕と会う事を拒否していて一向に向き合う事が出来ずにいた。

 この学園では授業以外の時間を同姓と過ごしている者が多く、更に今のクラリスはチェスター子爵子息と常に行動を共にいている為、声を掛ける瞬間がなかった。例え声を掛けてもまるで聞こえないかのように僕の存在を無視するし、先日の中庭での彼女の発言を大勢の生徒が聞いてた。その中で僕が実力行使に出る事は更なる誤解を生みかねない為、八方塞がりの状態だった。

 そして彼女の方は今日も初めから僕の存在などなかったかのように、連日チェスター子爵子息と行動を共にしている。そのせいか、二人の姿を目にした他の生徒達が、学園内でのクラリスの行動を問題視する声を上げ始めていた。


 婚約者がいる身で他の異性に纏わり付き、正当な婚約者を蔑ろにする。

 どんな相手でも不誠実だけれど、今回の場合相手は王族である僕だ。


 クラリスと親しかった女生徒達は、彼女と自然に距離を取るようになっていた。

 あれだけ多くの人間に慕われていたクラリスの周りにいるのは今や子爵子息だけ。

 そしてクラリスを根気強く説得するのは、親友であるバルセル侯爵令嬢ただ一人。

 今だってどんなに邪険にされても、爵位を笠に声を荒げられようとも、バルセル侯爵令嬢だけはクラリスを説得し続けた。


 (それでも結果は変わらない)


 学園内では子爵子息と仲睦まじく過ごすクラリスを見つけ、その度に僕は心の柔らかい部分が傷つきダラダラと血を流していくのを感じた。

 僕が近づく事さえ今のクラリスは嫌がり避けられる為、彼女への説得は友人であるバルセル侯爵令嬢も共に行ってくれた。


 「クラリスお願いだ、きちんと二人で話がしたい」

 「何度来ても答えは同じよ。私は貴方との婚約を継続する意思はないの」

 「エイブリー様、殿下と一度きちんとお話をされるべきですわ」

 「シャーロット様は無関係なのだから黙っていてちょうだい」

 「……っ!!」

 「クラリス、彼女は君の友人だろう?どうして君はそんな酷い言葉を言えるんだ!」


 少し前のクラリスでは考えられない程の無神経な発言に、自然と注意する口調が強くなる。

 あまりにも変わってしまった彼女を直視するのは正直かなり辛かったけど、現実から逃げるよりもクラリスを失う事の方が僕には恐ろしくて、どうにか元の彼女に戻って欲しくて必死で説得を試みた。

 しかし僕の思惑とは裏腹にクラリスの態度が変わる事はなかった。


 「これは私と殿下の話であって、シャーロット様は部外者でしょう?どうしてそうまでして首を突っ込みたがるのかしら?」

 「わ、わたくしはただっ!!」

 「クラリス、いい加減にするんだ。一体急にどうしたんだ、いつもの君らしくないじゃないか」

 「いつもの、とはどういう姿が、殿下にとっての私なのでしょうね。本来の姿はこちらかもしれないのに、知ったような口を聞かないで」

 「クラリス……」


 そのあまりの物言いに僕は愕然としてしまった。

 確かに僕はクラリスの全てを知っているわけじゃない。でも彼女と過ごした確かな時間があった。

 その二人の絆すら否定する彼女の物言いに、握りしめていた拳に力が入った。


 「お話はそれだけ?こんなくだらない事で一々呼び出されたら堪らないわ」


 心底嫌そうな表情をしたクラリスはそう呟くと、横にいる子爵子息と共に部屋を後にした。

 悔しいけれど、今の僕にはクラリスの気持ちを変える事が出来なかった。

 まるで僕のクラリスに対する気持ちを嘲笑うかのように、彼女の行動は制御が利かなくなり、だんだんと彼女を慕っていた者が離れていくのをただ見ている事しか出来なかった。

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