僅かな違和感①
謁見の間から中庭を通り、王族居住エリアへと向かう道を進んでいると、文官が使用している一室からある一人の少女が出てきたのが目に入った。
彼女はあの日、クラリスが相談に乗ると言っていたロレーヌ男爵家の娘、マリー・ロレーヌだった。
あの日から幾度と彼女と接触を試みても、時間が合わず話をする機会を持つ事が出来なかった。
本人の姿を目にする事も出来なかったし、何故か姿を見てもすぐに他の用事が入ってしまったりと、機会を持つ事すら出来なかった。そんな彼女がふとこちらに視線を向け、笑顔で走り寄って来た。
「王国の太陽である王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「僕の記憶違いでなければ、君はロレーヌ男爵令嬢だよね?」
「はいそうです!先日は殿下の婚約者である、エイブリー様に大変お世話になりました!」
ロレーヌ嬢はニコニコと微笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「エイブリー様に相談に乗っていただいたお陰で、あの後両親との関係が少しずつですが改善出来てきているんです。本当にエイブリー様とのご縁を結んで下さったシャーロット様には、感謝してもしきれません!!」
クラリスに対する感謝の言葉を口にしていたロレーヌ男爵令嬢の口から突然予想もしていなかった人物の名が挙がった。
(どうしてここでバルセル侯爵令嬢の名が出てくるんだ?)
僕はどうしてだかロレーヌ男爵令嬢が、バルセル侯爵令嬢と関係があった事に引っかかりを覚えた。
別に同じ学園の生徒同士、交流があってもおかしくはない。それでも何故かバルセル侯爵令嬢の名前に、嫌な胸騒ぎを覚えた。だからロレーヌ男爵令嬢に、疑問に思っている事をそのまま聞いてみる事にした。
「君はバルセル侯爵令嬢と、面識があったのか?」
「あ、いえ面識と言う程のものではないんですが。実は学園でシャーロット様の方から声を掛けていただいて、そこから縁が出来たんです。だんだんと親しくなるうちに、家族の事も話すようになって……そしたらシャーロット様がエイブリー様を紹介して下さったんです!あ、紹介と言っても直接顔合わせをしたんじゃなくて、エイブリー様に話しかけるタイミングを教えていただいたって意味ですよ!」
「……じゃあ君があの日僕の婚約者に相談を持ち掛けたのは、バルセル侯爵令嬢も承知してる事なのか?」
「え?ええ、もちろん知っていますよ。だってあの日の放課後がタイミングだと教えてくれたのは、シャーロット様なんですから!」
彼女に嘘を吐いている様子は見られない。あの日のクラリスはロレーヌ男爵令嬢と話をするのはどうしても今日ではないといけないと言っていた。
この会話と先程のロレーヌ男爵令嬢の話を、点と点で結んでいくと辻褄が合う。
それにどうしてバルセル侯爵令嬢は、あの日をわざわざ指定したのだろうか?
ひとつの可能性の話になるが、バルセル侯爵令嬢は僕が王城に行く事を事前に掴んでいたのではないだろうか?
クラリスに異変が現れてからずっと引っかかっていた言葉に出来ない何かが、ここへ来て少しずつだが 明確な形を帯びてきているように感じた。
僕はひたすら話し続けるロレーヌ男爵令嬢を気に掛ける余裕はなく、やっと掴んだこのチャンスを逃したくない必死だった。
「申し訳ないが確認の為、再度君にいくつか質問したい事がある。あの日僕の婚約者のエイブリーに、相談したいと持ち掛けたのはどうしてなんだ?僕の記憶が正しければ、君とエイブリーは面識がなかったはずだ」
「それは先程も申し上げた通りシャーロット様がご縁を繋いで下さったからですよ!シャーロット様がエイブリー様を紹介して下さらなかったら、きっと今でも両親との関係で悩んでいたと思いますから。だからあたしエイブリー様とシャーロット様には、感謝してもしきれない程の恩があるんです!!」
クラリスとバルセル侯爵令嬢に対する敬愛の念を語るロレーヌ男爵令嬢は、まるで夢見がちな少女のように両手を胸の前で組んで言葉を続けた。
「あたしエイブリー様、シャーロット様を尊敬しています!あたしもいつかあの二人のように、色々な人の力になれる人間になりたいんです。だから家族ともきちんと向き合って、授かった祝福を皆の為に使っていくつもりなんです!」
「そうか。エイブリーも君のような素直な女性に慕ってもらえるのは素直に嬉しいと思うよ。僕も婚約者として嬉しく思う。ロレーヌ嬢、長い時間呼び止めていてすまなかった。ありがとう」
「いえ!こちらこそエイブリー様とシャーロット様の話が出来て、幸せな時間をありがとうございました」
ロレーヌ男爵令嬢に礼を伝え僕は早足で自室へと続く道を急いだ。
(僕は今までずっと、とても大切な事を見落としていたのかもしれない)
(リアムに会って先程の会話を伝えなければ)
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