僅かな違和感②



 護衛が後ろから呼び止める声が聞こえてきたがそれに応えず僕は自室へと急いだ。

 しかし後ろから聞き覚えのある声が僕を呼び止めた。その声に振り向けば、たった今話題に出ていたバルセル侯爵令嬢の姿があった。


 「殿下」

 「バルセル侯爵令嬢、王宮へ用事でもあったのかい?」

 「ええ、先程お父様と共に陛下の元へ謁見をしてきたところですの。ここにいたら殿下にお会い出来るかもしれないと思い、立ち寄ったのですが正解でしたわね」


 俯き加減で微笑むバルセル侯爵令嬢はふと顔を上げ、内緒話をするように小声で話を続けた。


 「殿下、あの、わたくし達の婚約の件をお聞きになりましたか?」

 「……ああ。そうか、君もその件で呼ばれていたんだね」

 「わたくし、殿下に何と声を掛けたらいいのか……。エイブリー様の事は本当に……」

 「これは僕とクラリスの問題だから、君が気にする事はないよ。でもバルセル侯爵令嬢にはクラリスを説得してもらったりと何かと力になってもらった部分があるからずっと礼をしたいと思っていたんだ」


 そう言うとバルセル侯爵令嬢は頬をバラ色に染め困ったように微笑んだ。僕にはこの態度が演技だとは思えない。でも何か薄ら寒いものを感じた。


 「お礼だなんて、わたくしはお礼欲しさにエイブリー様を説得したのではありません。殿下とエイブリー様の睦まじさは学園にいる人間ほとんどの者が知るところ。わたくしはただお二人に以前のように戻っていただきたかっただけですわ」


 ただ──、と続けたバルセル侯爵令嬢の表情は先程とは違い、真剣そのものだった。


 「一カ月後の夜会で正式にわたくしとの婚約を発表すると陛下から聞きました。殿下が今でも変わらずエイブリー様を想っていらっしゃる事は分かっています。ですが、わたくしにも殿下を支える事を許していただけないでしょうか?」

 「……それはどういう意味かな」

 「殿下が今でもエイブリー様を想っていらっしゃる事は承知していますし、その想いを失くして欲しおなどとは申すつもりも御座いません。ですが一カ月後には、正式にわたくしが殿下の婚約者となります。エイブリー様のように殿下を支えていく事が出来るかは分かりませんが、わたくしにも殿下を妻として、王太子妃として支えていく許可をいただきたいのです」


 彼女の言っている事に矛盾はない。今でもクラリスを諦める事の出来ない僕に対し、それでも妻として王太子妃として傍で支えていきたいという何とも健気な願いを口にするバルセル侯爵令嬢は見ようによっては#完璧な政略相手__・__#だろう。

 だけど僕にはどうしてだか、あらかじめ決められた型のようなセリフに感じてしまった。

 この違和感の正体が何なのか今の僕には分からない。でも僕の中の何かが「これは違う」と警鐘を鳴らしていた。

 だから僕は、この違和感の正体を知りたくてひとつ賭けに出る事にした。


 「例えば貴女は、僕が永遠にクラリスだけを想って生きていくとしても、許してくれるのか?貴女を生涯愛する事がなくても?」


 僕の言葉を聞いたバルセル侯爵令嬢は一瞬表情を強張らせたように見えたが、すぐに困ったように微笑み口を開いた。


 「殿下は……以前エイブリー様が仰っていた言葉を覚えていますか?エイブリー様が仰った言葉は事実なのです。わたくしは、以前より殿下をお慕いしております。あの時は状況も良くありませんでしたから咄嗟に否定しましたが、もう必要ありませんので自分に正直に申し上げますわ。今すぐにとは言いません。でもいつか……欠片でもいいので想いを返していただく事すら難しいのでしょうか?殿下にとって、わたくしとの婚約は不本意でしょうがせっかく縁が繋がったのです」

 「僕はクラリス以外、愛する気はない。僕には永遠にクラリスだけだ」


 僕がはっきりと伝えると、俯いたバルセル侯爵令嬢は小さくだがはっきりとした声で呟いた。

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