意に反する決定



 リアムが僕の従者に扮し学園内の人間を調査するようになってから、気付けば半月もの時間が過ぎていた。

 僕は僕で何か手がかりを掴む事は出来ないかと、連日王宮にある禁書が収められている王族専用の書庫に足を運んでいた。

 どんな些細な事でもいい、クラリスを助ける糸口を掴みたかった。

 今日も禁書庫へ向かう為早足で歩いている途中、急に後方からバルセル侯爵令嬢に呼び止められた。

 一瞬どうしてここに?と思ったが、彼女の口から告げられた事実に、僕の心は動揺せずにはいられなかった。


 「正式な発表はまだされていませんが、現在エイブリー様の代わりにわたくしが殿下の新たな婚約者に内定しているようですの。ですから非公式ではありますが今日から妃教育が行われる為、参った次第ですわ」


 薄々は分かっていた事なのに、彼女の発言にまるでその場で頭を鈍器のような物で殴られたような鋭い衝撃が走った。バルセル侯爵令嬢の言葉に動揺していた僕が、何も言葉を返せないでいると、彼女は申し訳なさそうに視線を逸らしこちらを窺いながらも言葉を続けた。


 「殿下が今でもエイブリー様を想っていらっしゃる事は知っていますわ。ですからわたくしは無理に自分の気持ちに蓋をする必要はないと考えています。ですがこのままいけば、わたくし達は近い将来夫婦となります。ですから、殿下。これから少しずつでも良いので、対話をする時間を作りませんか?」


 夫婦──その言葉に酷く動揺した僕は、思わず目の前にいるバルセル侯爵令嬢に向かって叫ぶように心の内を吐き出した。


 「僕の伴侶はクラリスしかいない!まだ決まってもいない事を軽率に口にするのはやめてくれ」

 「も、申し訳ございません。ですが、わたくし少しでも殿下の気が紛れたら良いと思っただけで、」

 「すまないが、気分が悪い。これで失礼するよ」

 「っあ、殿下!!」


 これ以上その場に居続ける事が苦しくて、僕は逃げるようにその場から立ち去った。そして書庫に入るなり急いで扉を閉め、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 先程のバルセル侯爵令嬢との会話が思い浮かび、自然と涙が溢れそうになったが、慌てて両手で目元を拭った。


 (クラリスはきっと今も苦しんでいる。それなのに自由に動ける僕がこんな体たらくでいいわけがない)


 泣いている暇はないと己を叱咤し、書庫にある祝福に関する書物を保管している区間まで足を進めた。


 あれからどのくらいの時間が過ぎたのか、祝福に関する書物を端から順番に目を通していったが、今のクラリスの状態に合致するような内容のものは見つからなかった。

 この絶望的な状況に、僕は握りしめた拳を思い切り柱へと打ち付けた。


 (ここまで“魅了”に関する書物がないとは……)

 (この場所だけが頼りなのにっ)

 (僕は諦めるわけにはいかないんだ)

 

 既に折れそうな心を無理矢理奮い立たせ、僕はもう一度端から書物を確認し直す事にした。

 夜が更けるまで書庫に籠り“魅了”について記載のある書物がないか探し読み漁っていると、古ぼけた一冊の書物に今のクラリスの行動と酷似する記載があるものを見つけた。


 「これだ!!」


 思わず叫んでしまったが、ようやくひとつの糸口を見つける事が出来た。

 それと同時にリアムの能力で出た結果は間違いなかったのだと、僕はこの書物を読み確信を深めた。

 少し落ち着きを取り戻した僕は再度手元の書物へと視線を移し、書かれている文を再度心の中で復唱した。

 

 (突然の心変わり、態度の変化……どれもクラリスの状態と酷似している)


 “魅了”の祝福は人の精神へと干渉する大変珍しい祝福であり、“魅了”を施された人間は全ての対象者が自我を失う。それと同時に、術者の望むように行動するようになると書かれていた。

 そして“魅了”の作用が浅かった者は術者と距離と取る事で自然と解除されるが、反対に強く作用していた場合の解除方法は、ここには記載されていなかった。

 続く内容では、“魅了”を施された者は、初期症状として軽くお酒に酔った高揚感に近い心理状態となるのだと記されていた。

 ただ稀に“魅了”が強く作用した場合は常時意識が霞み、ふわふわと宙に浮いたような感覚に陥り、意識が朦朧とする事も記載されていた。

 

 ふとクラリスの、あの何の感情も籠っていない瞳を思い出す。


 (クラリスは“魅了”が強く作用しているのではないだろうか?)

 (しかし“魅了”が強く作用していた場合の解除方法はここには記載がない)

 (一体どうしたらいいんだ……)


 “魅了”の詳しいに辿り着き居てもたってもいられなくなった僕は、すぐにリアムに連絡を取る為、自室へと急いだ。彼は今、使用人への調査の為クラリスの生家に潜入している。三日前に始まったその調査も、次期に終わる頃だろう。逸る気持ちを抑え、僕は足を進めた。

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