対峙の時③



 僕はこの時他人に対し、目の前が真っ赤に染まる程の激しい憎悪を覚えたのは初めてだった。

 こんなにも自分の犯した罪を罪とも思わずまるで正当化するような主張が通っていいわけがない。

 僕達が会話を交わしている間、もう一人の当事者であるバルセル侯爵令嬢を横目で見ると、彼女が言葉を発する様子はなかった。ただその場で拘束され顔を真っ青にして震えているだけだった。

 

 「僕は今まで平民に何度か“魅了”の術を施した事があるんです。それも祝福持ちじゃない人間です。彼らは祝福の耐性がないからか、簡単に術にかかるんですよ。そこで考えたんです。『もし祝福持ちの人間に“魅了”を施したらどうなるのだろう?』って」


 彼は己の興味それだけで無関係のクラリスに“魅了”を施し手遅れになる状態にまでしたというのか。

 

 「君達の目的は本当にそれだけだったのか?探求心だけで無関係のクラリスに手を出したと思えない。僕はバルセル侯爵令嬢が僕の婚約者に内定した事も不自然に感じた。そしてバルセル侯爵令嬢を調べていくうちに実は君達が友人同士だという事を突き止めたんだ」

 「やっぱり計画が完遂するまではシャルに直接会うべきじゃなかったな。あー、失敗した」

 「ライアン!!」


 僕達が対峙しているとそれまで大人しくしていたバルセル侯爵令嬢が悲鳴のようにチェスター子爵子息の名を叫んだ。


 「計画は上手くいくって言ったじゃない!!どうしてわたくしがこんな目に合うのよ!!」

 「ごめんね、シャル。大丈夫って言ってたけど、ダメだったみたい」


 笑いながらバルセル侯爵令嬢に詫びるチェスター子爵子息は、この場にそぐわない無邪気な表情で言葉を続けた。


 「シャルを殿下の婚約者にしてあげる約束が台無しになっちゃたね」

 「そんな……」


 それまでこのやり取りを静かに見ていた陛下は突然その重い口を開いた。

 

 「なんと愚かな事を。チェスター子爵子息、そなたは純粋な興味だけで関係のない人間を巻き込んだ、その己の行動に悔やむ気持ちはないのか」

 「ありません」

 「今はこれ以上十分だろう。連れていけ」


 陛下の指示で控えていた騎士達が二人を連行していった。連れていかれる前に二人の祝福は神官によって封印がされている。屈強な騎士達にあの二人が抵抗出来る術はない。それに僕達は二人に聞きたい事が山ほどある。

 それに二人には今後沢山の時間があるだろう、そこで存分に胸の内を語ってもらいたい。


 「リアムは僕と共に来てくれ。クラリスを診てもらいたい」

 「かしこまりました」


 リアムとクラリスを運ぶ為移動しようとしていると壇上にいた陛下はこちらを見つめ口を開いた。


 「テイラー卿、此度の協力感謝する。ハミルトン公爵令嬢をよろしく頼む」

 「ええ、お任せください」


 そして僕の方へと視線を移し、一度頷き口を開いた。


 「テオドア、今は婚約者の側にいてあげなさい」

 「はい」


 そして僕はクラリスを抱きかかえ会場を後にした。

 すぐさま控えていた医者や祝福管理局の人間がクラリスの治療に当たる。

 その間僕は部屋の外で待つ事しか出来なかった。酷く歯がゆかったけど祈る事しか出来なかった。



 治療を終え陛下とクラリスの両親、そして僕がリアムから受けた説明に僕は言葉を失った。

 

 「今のは本当なのか?」

 「残念ですが、ここにいる方々には覚悟を決めていただく必要があります。クラリス嬢は長い期間常に強い“魅了”を施されていた。ここから先の話はあくまで可能性のひとつとしてですが、生涯目を覚さない事が想定されます。更に申し上げますと、仮に奇跡的に目を覚ましたとしても、王太子殿下を婚約者として……心を通わせていた相手として認識する事は永遠に来ないかもしれません」

 

 リアムの説明は続いていたが、僕は目の前が真っ暗になるのを感じた。本人の望むまないまま“魅了”に犯され、やっと解放されてもクラリスには自由になる事すら叶わないと言うのだ。


 ただ二人で幸せになりたかっただけなのに。

 そんな些細な幸せすら叶わないのか。


 だったら選ぶ道はひとつだけ。

 僕は顔を上げ父上達に向けてゆっくりと口を開いた。

 僕がクラリスに出来る唯一の贖罪として出来る事を……。


 「お願いが御座います。どうか──」

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