その男の目に映る光景は
愕然と目を見開き涙を流すかつては美しいと称されたであろう女は、変わり果てた姿で目の前の光景を声も出せずただ静かに眺め立ち竦んでいた。
逃げようとした女を拘束していた俺の心に同情心は一欠片も生まれない。
あの二人に関わりさえしなければ、この女もそれなりの幸福を掴む事が出来たかもしれなかったのだ。
だが今更あったかもしれない未来を想像して一体何の役に立つ?
俺の主はこの女とその友人のせいで、ここまで壊れてしまったんだ。
扉の向こうでは楽しそうに奥方に話かける主の姿が目に入った。
今の主は日々とても楽しそうに過ごされている。
その姿はまるでお二人が仲睦まじくされていたあの頃を彷彿とさせるような、まるで奥方との逢瀬を心の底から楽しんでいるような、そんな暖かな雰囲気があった。
でも俺は知っている。
あの方の瞳に宿るのは以前のような輝かしい未来へ進む希望の光などではない。
あれは間違いなく狂気だろう。
陛下の名の下で数多の汚れ仕事を担ってきた自分だからこそ分かる、狂気に満ちた瞳をしていた。
目の前で声を出すことも出来ずに泣く女に小さく声を掛け、俺は静かにその場をあとにした。
この女の涙を見ても可哀想だとか、労わる気持ちは少しも沸く事はない。
こいつはこの先どんな辛い状況に陥っても泣く資格すらないのだから。
あの二人を壊したのは間違いなくこいつの恋慕の情からだろう。
そしてその想いを叶える目的とただの興味本位、たったそれだけの感情でここまで行動し、結果的に未来ある人間二人を壊したのだから、いっそ感心すらする。
あの子爵子息の方は殿下自ら手を下したと部下から報告があったし、あとはこの女だけだろう。
そして殿下はこの女が最も絶望するであろう罰を用意した。
それがこの、お二人の現在の姿を見せる事だった。
この女が本気で殿下を愛していたのかはもう誰にも分からない。
本人に聞く事は出来ても、話す事が出来ないのだから。
目の前の現実に気が触れる事はおろか壊れる事すら許されず、永遠と見続けなければならない地獄。
この先どれだけ悔もうとも彼女は永遠に“維持”されたままになる。
仮定の話は嫌いだ。
あるかもしれない未来を夢見がちに想像する事も、叶わないと分かっていても縋る幸福も、何もかも。
俺にとっては主の命、それだけが全てなのだから。
……ただ、叶うならあの二人には幸せになってもらいたいと茫然と思う。
この先奥方の目が覚めるかは分からない。
それでも将来国王になる筈だった殿下には、その未来が潰えても昔のように心からの笑顔で笑っていてほしいと願う。
あの日、神殿で自身の祝福を使い、国を導いていきたいとはつらつと微笑んでいたかつての少年の姿が一瞬目に浮かび、俺はその光景を振り払うように頭を振った。
俺は仮定の話はしない。
出来るか分からない、叶う保証もない未来を夢見る趣味はない。
俺は王家の影として生まれ育った。
この命尽きる時まで主の命だけが俺の未来であり、人生なのだから。
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