祝福という名の呪いと共に②



『クラリス嬢は長い期間常に強い“魅了”を施されていた。ここから先の話はあくまで可能性のひとつとしてですが、生涯目を覚さない事が考えられます。更に申し上げますと、仮に奇跡的に目を覚ましたとしても、王太子殿下を婚約者として……心を通わせていた相手として認識する事は永遠に来ないかもしれません。それに、』


 一度そこで言葉を切り、人としてまともな生活を送れるか保証も出来ないのです、とあの時彼は苦しげに呟いだ。

 あの日、リアムから彼女の今後の説明がなされた瞬間、僕の目の前は一瞬で黒く染まった。

“絶望”だなんてそんな優しいものじゃない。一寸の光も差し込まない、暗くどこまでも深い纏わりつくようなドス黒い何かが自分の中で芽生えるのをその瞬間強く感じた。


 (ああ、もう戻れないんだ……僕も、クラリスも)


 そう悟った瞬間、僕の中に辛うじて残っていた“善”が明確に音を立てて崩れていった。

 僕を愛し、僕が愛していたクラリスは、もう二度と僕を認識出来ないかもしれない……。


(そんな事、絶対に許さない)


 そんな、僕が僕自身に絶望したあの日、偶然にもあの扉を見つけた。

 あの部屋はおびただしい程の資料で溢れていた。その中から僕は偶然にも一冊の日記帳と書物を見つけた。そこには僕が信じてきたこの国の正義すら覆す程の事が書かれていた。

 日記には一人の異性に対する苦しい程の想いが書き綴られていた。

 僕にはあの時、どうしてだか日記帳の持ち主の想いが痛い程理解出来てしまった。

 ずっと気付かない振りをしていたけれど、僕もクラリスに対して同じように愛憎を抱いてしまっていたから。


 ふとあの日、日記帳の最後のページに書かれた言葉を思い出す。



 ―*―*―*―*―


 この日記を見つけたという事は、貴方は今最愛を手に入れる為に躍起になっている頃だろうか。

 そんな貴方に、俺の日記が役に立つかは分からない。


 でももし、もしも最愛を手に入れる手段に一切の躊躇がないのなら、貴方自身が進むべき道を選択してほしい。

 その相手と共に生きたいのか、例えその代償が全てを失う事だとしてもその相手を選ぶのか。

 俺から言えるのはただひとつ。決して己の選択を悔やみ、そして迷うな。

 

 貴方が最愛を手に入れた時、支払うべき代償が何なのか自ずと分かるだろう。

 どうかこの先、貴方が選び進む道に僅かな光があらんことを──。


 

 ―*―*―*―*―



 日記に書かれていた言葉は、あの時確かに僕の背を強く押してくれた。


 (そうか。この国の王族も正しく狂っていたんだな)

 

 今更あの日記帳の持ち主を探すつもりはない。

 ただあの書物を残した過去の人間は、この世の理に背く実験も行っていた。

 それが一体どんな結果をもたらしたのか、どんな目的であの書物を書き残したのかは、僕には分からない。でもこれは好機だと思った。

 そして最初で最後のチャンスだとも……。

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