祝福という名の呪いと共に③



 あの時既に僕にはクラリス以外、失って困るものは何もなかった。

 だからこそ、今後の事を驚くべき速さで父上に申し入れる事が出来た。

 父上との話し合いで王太子の座を弟に譲り、僕は一代限りの公爵位を賜った。それと同時に継承権を放棄し王族籍も抜く事になった。

 もちろんリアムに言われたクラリスの後遺症の事は、クラリスの父親と僕の父上は承知している。

 僕は婚約者であるクラリスを守る事が出来なかった償いとして、彼女の父親である公爵と国王である父上に許可をもらい、目覚める事のないクラリスと婚姻という形を取り責任を取った。そして僕の生涯をかけて彼女を守り償っていく事を消えぬ誓いとして神殿で誓い、国民には事実と物語を織り交ぜつつ、ありのままを公表した。


 そして全ての手続きを済ませクラリスとの形ばかりの婚姻をした僕は、彼女を連れて早々に与えられた城に居を移し、公爵の仕事をこなしながらクラリスと過ごす穏やかな時間を過ごしている。

 あれから五年。父上からは公爵としての政務について、なるべく軽いものを割り振ってもらっているからクラリスの万一に備える事が出来ている。

 本当に父上には頭が上がらない。


 執務室に戻り、残りの政務をひとつずつ片づけていると、何やら廊下が慌ただしくなっている事に気が付いた。

 何の騒ぎだと近くにいた侍従へ声をかけようとした時、ノックもせず唐突に執務室の扉が開いた。

 

 「旦那様、っ奥様が!!」


 転がり込むように執務室に飛び込んできたのは、クラリス付きの侍女だった。

 僕はその言葉を聞いた次の瞬間には、もう部屋を飛び出していた。

 走り続ける中で、ずっとこの日を待ちわびていたはずなのに、同時に怖くも感じる自分もいた。


 もし僕が施した術が正しく効いていなかったら……。

 もしクラリスの中に、ひと欠片でもあの男の存在が残っていたら……。


 そんな不安を抱えつつも走り着いた先はクラリスの為に誂えた部屋の扉の前だった。

 一度深く深呼吸をし、震える手でドアノブを回して部屋へ一歩踏み出せば、あれほど渇望していたクラリスがベッドに腰掛け窓を眺めていた。


「……クラリス」


 その声に反応したのかは分からないが、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。

 その瞬間、確かに僕達の視線が交わった。


 (五年ぶりだ……)

 

 同時にクラリスの不思議そうな表情に、僕は今回の計画が成功したのだと確信を得た。


「……あなたは、だれ?」


 酷く懐かしく、それでいてあの頃は当たり前に僕の傍でその優しい声を紡いでくれていた、彼女の鈴を転がすような声色を聞き、僕は歓喜で全身が震えるのを感じた。

 ここまで五年の歳月がかかったけれど、この五年間の苦しみはきっと今日というこの幸福の日の為の布石だったのだとさえ思う。


 (クラリスが、僕を……僕だけを見つめている)


 その事実に、言い様のないどろりとした感情が生まれるのを感じた。

 僕は彼女の問いには答えずゆっくりと一歩、また一歩と着実にクラリスの傍に歩みを進めていく。

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