迫る期限
あれからどれくらいの時間が経ったのか。悔しいが学園でのクラリスの行動には一切の変化がない。
これから先、彼女と視線が交わらないこの苦しみを、僕は永遠に受けなければならないのか。
今の僕が教室内にいても廊下にいても、クラリスの瞳は僕という存在を捉える事はない。あの日からもう嫌という程経験していても、僕の心は初めての時のようにズキズキと激しい痛みを伴い今も呼吸が苦しくなるほどの絶望を感じている。
(クラリス、お願いだからこっちを見てくれ)
僕の願いが彼女に届く事はない。それが積み重なれば積み重なる程、今まで経験した事のない言い知れぬどす黒い感情が芽生えそうになるが、僕は必死で抑えるしかなかった。
クラリスの様子が変わってから日常と化した一人だけの昼食も、移動も、何もかもが息苦しく感じる。そんな何も進展しない悶々とした日々を過ごしていると、突然陛下から呼び出しを受けた。
息苦しいだけの学園を逃げるように後にした僕は、馬車の中で陛下に呼び出された理由を考える事で意識を強制的に逸らす事にした。
大方陛下の呼び出しは見当がついている。でもそれを認める事が出来ない自分もいる。僅かな可能性でもあるならそこに賭けたい。そんな考えを嘲笑うかのように馬車は王城へと到着した。
謁見の間に入ると既に国王陛下と宰相の姿があった。急ぎ陛下の御前に向かい頭を下げると、陛下は一瞬の間の後、静かに僕に告げた。
「テオドア、そなたとハミルトン公爵令嬢の婚約は議会の決定により一カ月後に正式に解消する事となった」
予想はしていたけれど、僕に与えられた衝撃は凄まじかった。
すぐさま抗議しようと口を開きかけた時、まるでこちらの動きを分かっていたかのように陛下は手を上げ、僕に静止を求めた。
「まだ話は終わっていない、最後まで聞くんだ。そして新たにバルセル侯爵令嬢がお前の婚約者として決定した。一カ月後のハミルトン公爵令嬢との婚約解消を発表するタイミングで新たな婚約についても発表する予定だ」
「その決定は……」
「お前の予想通りだ、覆る事はない」
ずっとずっと、可能性のひとつとして頭にあった事だった。
それでもこの決定を受け入れられる程、僕は従順で利口な人間にはなれない。
覚悟を決めた僕は、あの日からずっと心に決めていた事を陛下に告げた。一瞬表情を崩した陛下はそれでも静かに僕に問いかけた。
「お前の気持ちは変わらないのか?確かに幼少の頃よりハミルトン公爵令嬢と共に過ごしてきた時間がある事は分かる。しかし政に私情は必要ない、お前はそうまでしても彼女を選ぶというのか?」
「陛下が仰っている意味も、僕の立場も理解しているつもりです。でも僕には彼女をこのまま切り捨てるような真似など出来ない」
これは僕のエゴだという事も理解していても、僕はクラリスを切り捨てる事が出来ない。
「ですから陛下、どうかお願いです。発表までの残り一カ月の間、僕が自由に動けるように許可をいただけないでしょうか?現時点で調べが済んでいる事もこの場で報告させて下さい。その内容を聞いて陛下には、最終的に判断していただきたいと思います」
懐から現時点までのクラリスの周辺の調査やリアムが検査をしたクラリスの状態などを記した報告書を陛下へ手渡すとその場で陛下は中身を#検__あらた__#めはじめた。
どれくらいの時間がたったのか陛下が手元の報告書から顔を上げ静かに問いかけてきた。
「例えばここに書かれている通り、本当にハミルトン公爵令嬢が魅了に操られていたとして、此度の彼女の言動や行動、そして魅了にかかった事実は生涯消える事はない。それでもお前は、全ての責任を一人で背負う気はあるのか?」
「元よりそのつもりです」
「……お前の考えは分かった。もういい下がりなさい」
この謁見で陛下の真意を聞く事は出来なかった。それでも僕の今の気持ちは十分に伝えられたと思い、急いでその場を後にした。
僕には立ち止まっている時間などない。残り一カ月という短い時間で、クラリスに起きている異変の根本を突き止めるために。
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