過去の事件②



 産後間のない王太子妃の傍らには何故か王太子の側近である子息達が彼女を守り慈しむように囲んでいたからだった。その異常とも言える光景に、その場に駆けつけた国王や重鎮達は呆然と目の前の光景を見つめる事しか出来なかった。

 目の前の光景に異常さを覚えているのは、この場にいる国王と宰相含めた重鎮、そして“鑑定”の祝福を持った人間だけ。


 立ち尽くす国王の横を颯爽と通り過ぎていく王太子は、側近そっくりの子どもを見て王太子妃に「この子は私達みんなの子どもだ、沢山の愛情を注いで育てよう」と、まるでこの場にはそぐわない満面の笑みで微笑んだ。

 その言葉を聞いた王太子妃と側近は同じように王太子に微笑み返した。

 異常な光景に言葉を失っている国王達に、“鑑定”の祝福を持つ人物は静かに告げた。


 「これが“魅了”の効力です」と。


 青白い顔で自身の息子を見つめていた国王は、静かにその場に崩れ落ちた。

 同じ部屋で起こっている出来事なのに、王太子達はまるで国王や宰相達の姿は見えていないかのように自分達の幸せな世界に生きていた。



 この凄惨な事件はすぐに周辺国にも伝わる事になる。

 ただこの事件が自分達の耳に入った当初、周辺国の王族ならびに貴族達は、“他国の醜聞”話題のいいネタとしてしか取り合わなかった。

 しかしすぐに彼らは後悔することとなる。

 自国の高位貴族や王族を籠絡しようと画策した、年若い少女がそれぞれの国の学園で次々に確認されたからだった。


 その手法も最初の国の時と大差はなかったが、ひとつだけ違う点が見受けられた。

 それは捉えられた少女達が“自分はこの世界のヒロイン”と一貫して主張している点だった。


 “この世界のヒロイン”についてそれぞれの少女の言い分を聞いても、とてもではないが気が触れているとしか思えない内容だった。


 「この世界はゲームで私がヒロイン」

 「ヒロインは攻略対象から愛されるべき存在」

 

 そして口々に私は愛される為に存在しているのだから解放してほしいと懇願した。

 多少の差異はあれど、殆どの少女がこれに近い事を供述をした。

 いよいよ事態を重くみた国の重鎮が話し合い、“魅了”の力を禁忌に指定し封印する事と定めた。

 それと同時に祝福が発現する5歳になったタイミングで、貴族平民問わず全ての人間に神殿で祝福検査を受けるように義務付けた。


 万が一祝福検査を行わなかった者には階級関係なく厳重な罰が与えられた。

 そして二度と同じ事が起きないよう、万が一同じ悲劇が起こっても対処出来る様に国王や重鎮達は嘘偽りなく記録を残した。

 その記録を一冊の本にし、それぞれの国の王宮と、今回の件で新たに設立した祝福管理局で保管する事となった。


 皮肉な事に今回の事件が公になるまでは国同士での争い事が絶えなかった。

 しかし“魅了事件”を機に国同士の心はひとつになった。


 ──もう二度と頭のおかしい人間に人生を狂わされないように、と。


 貧しい者も必ず検査を受ける事が出来るようにする為、祝福検査は一律無料で行えるようにもした。

 その代わり貴族や王族は神殿への寄付に今までよりも色を付けて行い、自分達や家族の身、ひいては立場を守る意味合いを強く持たせた。

 監視の意味を込め、神殿の他にも“祝福管理局”を立ち上げ、各国の祝福持ちを厳しく管理する機関も用意した。

 この整備のお陰で“魅了”程ではないが、禁忌に指定すべき祝福もいくつか選定する事が出来た。

 そして一時は国が一切機能しないところまで来ていたのが、少しづつだが未来へと進む事が出来た。



 初めての“魅了事件”が確認されてから100年余りの年月が過ぎた。

 法が整備されてからは凄惨な事件は起きてはおらず、一般的な犯罪はなくならないものの、人々は平穏な毎日を送っている。

 だから人々の記憶からはだんだんと“魅了事件”は過去の記録となっている事だろう。




 著・ジェームズ・ガイン「消せない記憶」より一部抜粋。

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