小話-ぼくのこんやくしゃ-
クラリスの妃教育と、僕の王太子教育の合間に設けられている二人で過ごす事の出来る特別な時間。
普段ならゆっくりとお茶を楽しむんだけど、今日は僕の提案で侍女や護衛の皆と一緒にかくれんぼをしているんだ。
護衛の一人が鬼役になったから、僕とクラリスは二人で庭園の隅にある普段は庭師が使用している小さな小屋の裏手に隠れる事にした。
二人で小屋の裏手に座り込み息をひそめていると、ふいにクラリスが僕の方へ視線を向け小さな声で呟いた。
「ねぇ、ルイ。この場所は噴水の場所から離れているから見つけてもらえないかもしれないわ」
「クラリスは心配症だなぁ。離れていると言ってもほんの少しじゃないか。それにここは王宮内だよ?僕もいるんだから大丈夫だよ」
不安そうに僕を見るクラリスに、一人じゃないよという意味を込めて彼女の小さな手をそっと握りしめた。
クラリスは万が一の事を心配しているけれど、庭園の入り口からここまでは心配する程距離が離れてはいないし、仮にも僕は王族だ。だから常に影が付いている。
誰にも見つけてもらえず、ずっとこのままという事態はまずあり得ない。
だけど、今はその事実をクラリスに伝える事は出来ない。まだ婚約者という立場の彼女に影の存在を伝える事は出来ないからだ。
「クラリスを絶対に一人にしないよ、約束する。この先どんな事があっても僕が君を守ってあげるから」
「……ほんとに?」
「うん、約束する。どんな事があってもクラリスを一人にしない。必ず僕が守るよ」
そう言って僕はそっと自分の右手の小指をクラリスに差し出した。
少し前に平民の間ではこうして約束を交わすと聞き、僕らの間で“約束”をする時は必ずこの指切りで約束を交わすようになっていた。
「じゃあ……私も、ルイが困っていたら必ず助けに行く。男の人みたいな力はないけれど、その分今よりもっと勉強を頑張るわ。そして必ず国王になるルイを必ず助ける。だから必ず優しくて立派な国王になってね」
「僕、立派な国王になれるかな」
「ルイ?」
「クラリスも聞いた事があるだろう?僕の見た目が賢王と呼ばれているルーファス元陛下にそっくりな事」
「ええ、知ってるわ」
クラリスは頷きながらも話の意図が分からないのか不思議そうにこちらを見ている。
「賢王と呼ばれたルーファス元陛下に瓜二つだって言われるけど、僕には彼みたいな賢王にはなれない、自信がないんだ。だってみんな言うんだ。僕の外見は確かにルーファス元陛下に似てるけど、中身は似ても似つかないって」
「ルイ、」
「それはそうだよね。僕は見た目が賢王に似てても本当は国王の素質がない。ルーファス元陛下みたいに優秀でもない」
「ルイはルイよ。見た目が似ていても貴方はルーファス元陛下じゃない。それにルイには私がいるわ。ずっとずっと側にいる」
誰にも言えない自分の弱い部分、クラリスになら素直に口にする事が出来る。
王宮にはまともに呼吸が出来る場所すらない。でもクラリスが横にいると、クラリスがいる場所でならば、僕はまともに息をする事が出来る。
僕にとってクラリスは光であり、澄み渡った空気そのものだ。
「ふふっ、クラリスにそう言われると本当に守られている気分になる」
「私だってルイに言われると同じ気持ちになるわ」
「なんだろう、クラリスの言葉はアルテナ様みたいな加護の力がある気がするんだよね」
「それは流石に言いすぎだわ」
「そうかな?僕にとっての女神はクラリスだけなんだけどなぁ」
「ねぇ、ルイ。約束してね」
「うん、約束する」
クラリスの愛らしい小指が彼女のものよりも少しだけ長い僕の小指にそっと寄り添うように絡み合う。
「クラリス、僕の傍にずっといてね。僕達こうやって、ずっと一緒にいるんだ。ずっと、ずっと一緒に生きていこう」
「ええ、私達ずっと一緒よ」
そうやって内緒話をするように二人で顔を突き合わせていると、遠くの方で自分達を探す護衛の声が聞こえてきた。
その声に反応するようにクラリスが小さく微笑み、つられて僕まで笑ってしまった。
笑い声が聞こえたのかすぐに護衛に見つかり、その日のかくれんぼは終わってしまったけれど、クラリスと二人だけの内緒話が出来た事が、僕は嬉しかった。
クラリスと共にこの国を導いていく日がそう遠くない未来にあるのかと思うと、僕は何故だかとても心が弾んだ。
国王の役目は生半可な覚悟では務まらない。それは父上を一番近くで見ている僕にとって紛れもない現実だ。
その立場には必ず重く苦しい責任が伴ってくる。決して楽しい事ばかりではない事を実際目にしていて思うのだから。
僕は決して優秀じゃない。僕が嫡子でなければ、弟の継承権が高ければ、きっと僕は王太子ではなかっただだろう。
でも、僕にはクラリスがいる。
この先大好きな彼女が傍にいてくれるなら、僕はどんな辛い事も、苦しい事も、乗り越えていける気がするんだ。
だからね、クラリス。
どうかずっと側にいて、僕の手を握っていて──。
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