霞む意識・クラリス視点
面識のない異性に愛を囁き、私は今日もあの人の背中を追いかける。
確かに自分の身体の筈なのに、そこに私自身の意志はなく、まるで何か見えない糸で強制的に身体を操られているかのような恐怖心が支配した。
愛しているのはルイだけなのに、口から溢れる名前は知らない異性のもの。
私はあの人を全く知らないのに、何故か今の私は彼を追いかけ、見つめ愛してると囁く。
どうしてこんな事になったのか、今の私には何も思い出す事が出来ない。
まるで本当の私の意識は誰にも開ける事の出来ない頑丈な檻に囚われているみたい。
表にいる幸せな私とは反対に、暗闇の中に閉じ込められた本当の私は、今のこの状況に現実では流す事の出来ない涙を抑える事が出来ない。
私には不快でしかないその目の前の行為が、私の心を刃物でズタズタにするように深い傷を残し、ダラダラと血の涙を流す。
好きでもない異性に向けて愛を紡ぐ己の口が憎くて憎くて仕方がない。
(違う、違うわ……私が好きなのはルイだけよっ!!)
(助けて……っ、助けてルイ!!)
愛するルイに私の声が届く事はない。
だって表の私の口は私の本心の声を届けてはくれないから。
常に意識に靄(もや)がかかった状態の私だけれど、時々、本当に時々、意識が浮上する事がある。
だからと言って何が出来るわけでもないけれど、それでも霞がかかった意識が鮮明になる瞬間、どうにか今のこの状態を外部の人間に伝える事が出来ないか、必死で考える事が出来ていた。
ある日ふと視線を彷徨わせれば、目線の先に見えたのは私が心から愛してる婚約者だった。
(ルイ……)
側に駆け寄りたいのに、私の意志ではない事を伝えたいのに、今の私では自分の身体を自由に動かす事すら出来ない。
私の意志で指一本動かす事の出来ないこの体では、伝えたい事も満足に伝えられない。
(どうにか相手の隙を付いて、ルイに伝えられたら)
普段の私の意識は常にあの人に監視され、霞がかかったようにぼんやりとしていて目の前でどんなやり取りがあるのかはっきりと認識する事が出来ない。
意識がはっきりしない間に起こった出来事を、いつもあの人はとても親切に、そして楽しそうに話してくれる。本当に楽しそうに、それがさも当たり前のように。
そんな風に動かせない体で考えていると、一瞬、ほんの一瞬だけあの人の力が弱まったのを感じた。
きっと今近くにあの人がいないに違いない。
その瞬間、自分で考えるより早く口が動いていた。
「──助けて」
はっきりと声に出せていたかは分からない。でも口は動かせたように思う。
呟いた次の瞬間には、もう自由に口を動かす事は出来なくなっていた。
「あ、ダメじゃないか。んー、やっぱりもっと強くかけとかないとダメなのかな?」
その声が聞こえてきた瞬間、世界が反転するかのように目の前がぐにゃりと歪んだ。
辛うじて保てていた私の意識は、今までよりも強く霞がかかったような、真っ白な状態になった。
以前より強く、濃く、まるで永遠に離さないとばかりに私に深く絡み付いていく。
私が逢いたいと願うのは、共に居たいと願うのは、いつだって……。
(ルイ、たす、け──……)
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