それはあまりに突然に③



「何をしているんだ!!仮にも君は僕の婚約者だろう!?どうしてこんな……」

「殿下、痛いです。手を離してください」


 しかし彼女は僕の言葉に納得のいく返答を返すことはなく、淡々と手を離すように言葉を発しただけだった。

 

「……やっぱり昨日の件で怒っているんだろう?」

「何のお話でしょうか?私が殿下に対して怒りを露わにする事などありません。そして、いい加減手を離してはいただけないでしょうか」

 

 そう静かに言葉を発するクラリスは、先程と一切変わらない、冷めた瞳で僕を静かに見ていた。


 (一体、何があったんだ)


 淡々と話しをするクラリスを茫然と眺めていると、当の本人はもうこちらに用はないとばかりに視線を隣にいる男へと向け、優しく微笑みかけていた。


「ライアン様、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。さ、あちらへ参りましょう?」

「エイブリー様、ですが王太子殿下とお二人で一度きちんと話し合われるべきだと僕は思います」

「そうかもしれませんが、今は貴方と共に居たいのです。……ダメでしょうか?」


 そう言うとクラリスは目の前で男の腕の中に飛び込むように抱き着いた。

 その光景に逆に冷静さを取り戻した僕は、クラリスに対して改めて声を掛けた。


「クラリス、いい加減にしてくれ。君の婚約者は僕だろう?どうして婚約者がいながら他の異性に纏わり付くような真似をしているんだ」

「あら、まだおりましたの?まあ、丁度いいのかしら?殿下、私ライアン様を愛しております」


 そう言って微笑みながら男を見上げたクラリスは、まるでその存在を確認するかのように相手の腕に触れた。

 クラリスに抱き着かれている子息は動揺しながらも、クラリスを払いのける素振りは見せない。


 「クラリスお願いだ。僕が納得のいく理由を話してくれ。昨日までは確かに僕を愛してくれていただろう!?」

 「一目惚れ」

 「え?」

 「私ライアン様を見て一目で恋に落ちてしまったのです。昨日、マリー様の相談に乗った帰りたまたまお会いしてそこで恋に落ちたのです。殿下には信じられない事かもしれませんが、私にはそれが事実なのです」


 言い終わるとうっとりと横にいる子息を見つめ、クラリスは僕の方を見る事はなかった。

 クラリスに纏わり付かれているのは同じ学年に在籍しているチェスター子爵子息だった。今まで大した接点もなかった、しかも二年も同じクラスにいた男子生徒に突然一目惚れだと言われても納得が出来ない。とてもではないが僕にはクラリスの話を受け入れる事なんて出来る筈がなかった。


 (どうして突然心変わりなんて……)

 

 クラリスが僕を見つめる瞳には昨日まで確かに愛情が籠っていた。

 例え言葉に出来ない場所にいても、彼女の瞳には僕への愛情が確かに込められていた。

 それなのに今のクラリスの瞳には僕に対する恋情はない。その瞳に宿る恋情は僕ではなく、横にいる子息へと向けられていた。

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