幸福な日常②
顔合わせの日にその場で婚約が成立し、名実ともに僕の婚約者となったクラリスは、その日から今日まで欠かす事なく王城へと足を運び、未来の王太子妃としての教育を受け続けている。
勉学の合間に二人でお茶をしたり、時には厳しい教育にお互いを励ましあったりして、彼女と本当の意味で心を通わすのに時間はかからなかった。
二人だけの“特別”が欲しくて、我が国では未来の伴侶になった後にしか呼ばせないミドルネームでお互いを呼び合う事にしたのもその頃からだ。
確かに僕達の婚約はクラリスの祝福が“繁栄”だった為に結ばれた政略的意味合いが強いものだ。
でも僕にとってクラリスは、祝福なんて関係ないくらいに愛しい存在だった。
しかし同時にその祝福があったからこそクラリスと縁が繋がったとも理解しているから、アルテナ様には心から感謝しているんだ。
クラリスが婚約者となってから、もう何度も婚約者が彼女で良かったと安堵し、その度にアルテナ様には感謝の祈りを捧げている。
クラリスとこの先歩むであろう未来を思うと自然と笑みがこぼれる。
彼女とならば、僕がずっと思い描いてきた優しい国を作っていけると確信が持てるんだ。
婚姻まであと半年。
クラリスは気付いていないようだけれど、先ほど彼女が僕に言った「婚姻の事だけは考えられない」という言葉の続きに、彼女自身の思いの全てがあるように思ってならない。
「共に過ごせる今というこの貴重な時間を精一杯楽しみたい」
婚姻の事ばかりではないと言っていたけれど、クラリスの頭の中には僕が大半を占めていると自白しているようなその発言が嬉しくてたまらない。
それにクラリスの婚儀で着用するドレス姿を想像して、僕は今から楽しみで最近は妙にそわそわする事が増えた。
彼女の為に僕が考案したデザインを、一からデザイナーに作ってもらうのは正直楽ではなかった。
それでも愛するクラリスには既存の形のドレスではなく、僕がデザインしたこの世にたった一着だけの特別なドレスを身に着けてもらいたかった。
その事をクラリスに告げた時は本当に幸せそうに微笑むから。あの時の僕は己の煩悩と戦うのに苦労したっけ。
でもあと少し。あと少しで僕達は永遠に夫婦だ。
確かに学園で学ぶ事も、学生気分でいられるのもあと半年だという事は分かっている。
クラリスの学生服姿を見る事が出来るのも、彼女が学ぶ姿をこっそり盗み見る事も全て。
でも、それでも、今以上の幸福がこの先の未来には待っている。確証はないけれど、そんな気がするんだ。
「いっその事、時が止まってしまえばいいのに」
「急にどうしたの?」
「だって、時が止まれば僕はクラリスと永遠に共にいられるんだよ?一瞬でも離れている時間があるのは辛いじゃないか」
「確かに永遠に共にいられるのは素敵よね」
いつも僕を諫める役割のクラリスが珍しく僕の意見に賛同した事に驚き、僕は思わず起き上がってしまった。
「クラリスもそう思う!?」
「でも共にいられる時間が限られているからこそ、人は相手を尊重し、敬う事が出来ると思うの。“永遠”って確かに魅力的に映るけれど、私はルイと限られた時間をどれだけ大切に過ごす事が出来るかの方がずっと魅力的だと思うわ」
結局いつものように諫められ、僕はクラリスをそっと抱きしめた。
「僕だって君といられる今この瞬間がどうでもいいわけではないよ。でも一瞬だけいいなと考えてしまったんだよ」
「ルイは私が絡むとどうしてすぐに短絡的な思考になるのかしら」
「それだけクラリスを愛してるって事だろう?」
「っ!?そ、そんな顔をしてもダメよルイ!」
「ちぇっ」
クラリスの弱点である僕の悲しそうな表情も、今のクラリスには効かないみたいで、珍しく怒られてしまった。
「私、ルイが大好きよ」
「本当かなぁ?あー、僕不安だなぁ」
「本当よ!」
「じゃあクラリスから抱きしめてくれる?」
「で、でもここはっ!」
「あー、僕は婚約者に愛されてないんだー」
「ルイ!!」
少しからかい過ぎたのか見るみるクラリスの表情が泣きそうな顔に変わってしまった。
「ごめん、やりすぎた」
「わ、私ルイの事っ」
「からかってごめん。分かってるよ。愛してるクラリス。誰もよりも何よりも」
慌てるクラリスをそっと包み込むように抱きしめ、僕のこの想いが彼女に届くように願いを込める。
抱きしめる僕にまるで気持ちを返すように彼女は僕の背にそっと手を回した。
「半年後が楽しみだわ」
「僕もだよ。必ずクラリスを世界で一番幸福な花嫁にしてみせるからね」
「ふふっ。期待してるわ」
お互いの額をコツンと合わせ笑いあう……こんな何でもない日の何気ない日常が、僕の宝物だ。
どうかこの温かい日常が永遠に続きますように、と願わずにはいられない。
毎度の事だけど、近くで咳払いをしつつも黙認してくれている護衛や侍女たちに頭が上がらない。だけどクラリスとのつかの間の逢瀬を謳歌した僕は、永遠にこの幸せが続くと信じて疑わなかった。
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