幸せはどこ?・シャーロット視点⑦




「そういう訳で僕、実験がしたいんだ。だからシャル、協力してくれる?もちろん対価は払うつもりだよ」

 「わたくしお金なんていらないわ」

 「ははっ、お金じゃないよ。君への対価は殿下の婚約者という立場だよ」

 「っ、だからそれはさっき!!」

 「うん、だからもう一度聞くよ。シャル、僕の実験に協力してくれない?君はほんの少し協力してくれるだけでいいい。そしたら僕が必ず殿下の婚約者の立場をプレゼントするよ」

 

 そう言ってライアンは新しいおもちゃを見つけた子どものように無邪気に微笑んだ。


 

 結局わたくしはライアンの提案を跳ね除ける事が出来なかった。

 常識的に考えて、人の気持ちを勝手に捻じ曲げるなんて間違っている。そんな事分かっていた筈なのに、わたくしは目の前にぶら下げられた誘惑に抗う術を持たなかった。いや、抗う事をやめた。

 

 わたくしは殿下が欲しい。

 わたくしを愛してほしい。

 エイブリー様ではなく、わたくしを見て欲しい。


 そこから先はまるで崖を転がり落ちるように自分の中の“常識”が壊れていくのを感じた。

 殿下の瞳にわたくしを映してもらえるなら何でも良かった。

 想像の中の殿下はわたくしを見つめ愛を囁いてくれるのに、現実はどこまでも非情だった。


 エイブリー様がライアンに夢中になっていても、殿下を見つめる事がなくなっても、彼は婚約者であるエイブリー様を諦めなかった。

 確かにこちらが優勢の筈なのに、わたくしは無性に不安に駆られた。

 本当にこの計画は上手くいくのか、わたくしは何か大きな間違いを犯しているのではないか……。


 いや、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。

 エイブリー様があのような状況になっても彼は婚約者を諦めない。

 新しく婚約者となるわたくしを、その瞳に映す事はあり得ないのだと。

 でもあの時のわたくしは、もう引くに引けない所まで来ていた。

 

 どうしても初恋の王子様の横に立ちたい。

 そしてわたくしを愛してほしい、と。


 でもわたくしの恋慕の結果はこれだ。

 殿下はあの状態のエイブリー様を最後まで見捨てる事はなく、むしろわたくしとライアンの所業を暴いた。

 騎士団に取り押さえられ祝福を封印された後、貴族牢ではない一般用の地下牢に連れてこられた時点で殿下の怒りの深さを様々と見せつけられた気分だった。

 大切にしてくれていた筈の家族からも見捨てられ、わたくしはこの先どうなるのだろう。

 あれから上がどうなったのかは、誰も教えてくれない。

 どんなに牢番や尋問官に頼んでも誰も口を割ってくれないからだ。


 きっとわたくしは処刑されるのだろう。

 だって前世で読んでいた小説の断罪された側は大体酷い目にあっているんだから。

 一日に二度硬いパンと、冷めたスープを支給されるだけで、誰もわたくしと視線を合わせてくれる事はない。

 そんな日々を過ごしていると、ある日見た事のない黒ずくめの男が牢にやってきた。

 そしてわたくしを見るなり温度の伴わない声で静かに言葉を発した。


 「お前をここから出すように指示があった。よく聞け、今この瞬間から俺がお前の主人だ。ここから先は口答えも抵抗も許さない」


 一方的に言葉を投げつけた男は、無言でわたくしの足元へとズタ袋のような物を投げつけた。


  (これを被れという事よね)


 何をされるか分からない中で逆らう気力などない。わたくしは指示された通り足元に落ちている袋を被ると突然身体が宙に浮く感覚がした。


 「な、なに!?」

 「黙れ。口を聞いていいとは言ってない」

 

 久しぶりに牢から出たわたくしはすぐに目隠しをされ、まるで荷物のように担ぎ上げられた挙句地面に転がされ、恐らく馬車に乗せられたのだろう。

 物凄く揺れるから途中何度も吐きそうになった。そのうち疲労からか気付けば眠ってしまっていたわたくしは、目が覚めると見知らぬ部屋のベッドで寝かされていた。

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