幸せはどこ?・シャーロット視点⑧



 ゆっくりと起き上がり恐る恐る周りを見渡すと、そこはどこかの屋敷の使用人部屋のようだった。

 窓はあるし、何しろこういった部屋を見るのは初めてではなかった。

 幼い頃ライアンとかくれんぼをした時に忍び込んだ、使用人部屋によく似ていた。


 必要最低限であろうベッドと机と椅子、そして小さなクローゼットがひとつあるだけの質素な部屋だった。

 日当たりも悪く、実家の侯爵邸で働いていたメイド達の方がもう少しまともな部屋に住んでいるのではないかと思うような薄暗い陰鬱とした雰囲気の部屋だった。

 茫然とベッドに腰掛けながら目の前の光景を眺めていると頭上から男の声がした。


 「目が覚めたのか。まあいい、今日からここがお前の部屋だ。お前は常に俺と行動を共にする、くれぐれも一人で勝手な行動はするなよ。お前はあくまで罪人、自由はない」

 「……っ……っ……」

 

 どうしてだろう、先程から何度も声を出しているのに一向に自分の声が聞こえない。

 まるで空気が抜けたような掠れた音しか聞こえてこない事に絶望的な考えが浮かんだわたくしは、思わず目の前の男の顔を凝視してしまった。

 男はその視線を真っ直ぐ受け止め壁に掛けられている鏡を無言で指さした。

 その先を知るのが恐ろしい筈なのに、わたくしの身体は自然と鏡に向かって歩き出していた。


 「っ……っ!?」


 そこに映っているのは確かにわたくしの筈なのに、まるで知らない他人が映っているかのようだった。

 母によく似ていると言われた顔は、酷い火傷でも負ったかのように爛れ引き攣れ、自慢だった金の髪は黒寄りの茶色に変わっていた。

 この世界に生まれ、一番気に入っていた侯爵家の人間だけが持つ金の瞳も、鏡の中の女はどこにでもいる茶色の瞳に変わっていた。


 (これは誰……?)

 (これがわたくしへの罰だと言うの?)


 「っ……っ……っ!!」


 どれだけ叫んでも声を発する事が出来ない。

 茫然と鏡を見つめていたわたくしに、後ろに控えていた男は静かに告げた。


 「それが今からお前の姿だ。以前の名前を名乗る事も許さない。よって今この時をもってお前の名はノーリだ。まあ口が利けないから関係とは思うが」


 自分は一体何を言われているのか。理解する前に耳が、心が、本能で、全身でそれを拒否している。

 溢れる涙を拭う事も出来ず、わたくしはその場で立ち竦んでいた。

 わたくしが打ちのめされていても、現実は待ってはくれない。

 男はその冷たい瞳でわたくしを見つめ静かに告げた。


 「お前は今日からこの屋敷の下働きとして働いてもらう。それにあたりひとつ忠告しておく。お前が妙な真似をしたら俺が容赦なく罰を与える。痛く苦しい思いをしたくないのなら、せいぜい自分の行動には気をつけろ。ああ、それとお前にはあらゆる祝福が作用しているから、今後どんなに苦しい事があっても気が触れる事も自死も出来ないようになっている。犯した罪をその命尽きるまで償いに当てろと仰せだ」


 男の表情には一切感情が含まれていないのに、その発言には恐ろしい程の圧があった。

 祝福がどのように作用しているのかわたくしには分からないし、きっと聞いても男は教えてくれないだろう。

 今でさえこれだけ苦しいのに、気が触れる事も自死すらも許されないのは、犯した罪がそれ程重大だという事なんだろう。

 命尽きるまで……その言葉の意味をどのように解釈したらいいのか分からない。

 

 でもわたくしには表情が動かなくても、痛い程男の心情が伝わってきた。

 この男はわたくしが妙な真似をしたら死んだ方がマシだと思う程の罰を与える、何故だかそう思った。

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