第52話 勇者の処遇


「……いや、まだ殺してはいない。予定通り例の牢獄に閉じ込めている」


「わりいがこればかりは納得しねえぞ! 俺の部下達はあのクソ勇者にぶっ殺されたんだ! ぜってえにぶっ殺してやる!」


 身近だった部下を殺されたんだ。ジルベの怒りは痛いほどによくわかる。こんな俺に従ってくれていた者達を殺されて、俺だって非常に怒っている。


「もちろん今後の状況によって勇者を公開処刑する可能性もある。だが、今は待つんだ」


「……どうしてもというのなら、俺はまたおまえに決闘を挑んでやる!」


「ああ、おまえがどうしても納得できないというのならば、また決闘をうけてやる。だが、決闘を挑むとしても少しだけ待て。もしかすると勇者にとってはことになるかもしれん」


「……ああん?」





 バシャッ


「うわっ!? ぺっ、ぺっ! ここは?」


「ようやくお目覚めだな、勇者よ」


「て、てめえは魔王! くそっ、手も足も動かねえ! なんだこれは!?」


 ジルベ達の治療を終え、勇者に殺されてしまったジルベの部下の遺体を魔王城まで連れてきた。今後のことについて話す前に勇者を拘束している地下室へとやってきた。


「なにっ!? スキルが使えねえ!」


 そう、この地下室は勇者を拘束するための特別製の地下室だ。デブラーの研究の成果により発明された、人族のスキルと魔法を完全に封じる魔法陣となる。


 そんなものがあるのなら勇者との戦闘に使えたのではと思うかもしれないが、この結界は大量の魔力を使う割に効果範囲がものすごく狭いのだ。戦闘中に怪しい魔法陣の中心にあるほんの数mの範囲内に勇者を長い間足止めするなんて現実的ではない。


 だがその分効果は絶大で、この魔法陣の実験は俺で行ったのだが、本当に魔法もスキルも完全に使用することができなくなっていた。


 俺もあと少し拘束した勇者に近付いてしまえば、この鎧のスキルも解除されてしまう。


「ここはおまえ専用の特別製の地下牢だ。ここでは魔法もスキルも使うことはできん。力だけでその拘束を破らねばならないぞ」


「なんだと!」


 勇者の拘束に使っている金属は魔族領で採掘できる最高硬度のもので、俺もスキルや魔法を使用せずに破壊することは不可能だった。


「くそっ、何だよこれ! 転移魔法も使えねえじゃんか!」


 やはりこの勇者も転移魔法を使えたようだ。まあ、ひとりで魔王城に潜入するのなら、撤退のための方法は必須だからな。


 帝国が勇者を派遣したという連絡が各国の街に届いてから、あんなに早く勇者が攻めてきたのは、転移魔法であの平原の近くまで一気に移動したからだろう。まあこの牢屋では転移魔法も使えないからな。


「……なんで俺を殺さねえんだ?」


「ああ、貴様にはひとついい知らせをしてやろう。何年後になるかはわからぬが、貴様は勇者返還の儀によって元の世界に返してやろう」


「なに!?」


「どうした、元の世界に帰れるのだぞ。まあ魔法やスキルの力はなくなってしまい、貴様が召喚されてから時間は経ってしまうが、生きて元の世界に戻れるのだからもっと喜ぶがよい」


「い、いや……その……」


 元の世界に生きて帰れると聞いたはずなのに勇者からの反応は悪い。


「魔王、俺の負けだ。もう降参する! 二度と魔族領を攻めないと誓う! だから頼む、俺を人族の街に返してくれ!」


「残念だがそれはできない。こちらができるのは貴様を元の世界に返してやることだけだ」


「だからそれが余計な世話だって言ってんだろ! ……あ、いや、何でもない。頼む、魔王! そうだ、俺も魔族側につく! 俺の強さがあれば、すぐにこの戦争は魔族側が勝てるだろ、な!」


「………………」


 すがすがしいほどのクソ野郎だな。そんなことを言われて信じると本気で思っているのだろうか?


「貴様を元の世界に返すのはもう決まったことだ。簡易な食事を毎日持ってきてやる。せいぜい元の世界に帰れる日を楽しみに待っているがよい」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は役に立つって言ってんだろ! 頼む、俺は元の世界に帰りたくねえんだよおおおお!」


 勇者の叫びが地下牢に響き渡るが、それを無視して俺は牢屋から出ていく。


 まあ本当は公開処刑する可能性もあるんだが、それは秘密にしておく。そちらのほうが勇者はより絶望の色に染まるだろう。




「とりあえず多少は気が晴れただろう?」


「……わけがわからねえよ。なんであの野郎は生きて元の世界に帰れるってのにあんなに悔しがっていやがるんだ?」


「私にも理解ができませんね……」


 地下牢の先にはジルベやルガロ達がいる。あえて俺と勇者の会話を聞かせたのだ。


「俺の世界では元の世界にはどうしても帰りたくないという者もいるということだ。あの勇者にとってはこれからの未来は殺されるよりもつらいことになるだろうな」


 勇者が気絶している間に記憶を読むことができるスキルを持つ者に、あの勇者が元の世界でどのような生活を送っていたのかを見てもらった。


 もしかしたら、この世界に召喚されたことが原因であんな性格になってしまったのかとの思ったが、そんなことはなかった。中学でも高校でも学校生活にまったく馴染めずに高校を中退し、家に引きこもってネットやSNSで他の人を攻撃する毎日を過ごしていたようだ。


 そんな中で異世界に勇者召喚されてチートスキルをもらって、なんでも自分の思い通りになる夢のような生活を味わったあとで、こんな牢屋に何年も閉じ込められたあとに何の力もなく元の世界に戻るなんて本当に地獄に違いない。


 しかも召喚されたのが5年前の高校生の時で、返還の儀に必要な魔鋼結晶を最短で集めてもあと5年以上もかかるらしいから、元の世界に帰れるとしても高校生の頃から10年以上も経っている。そんな中でずっと引きこもっていた男が帰っても、そのあとの生活は決して楽なものではないだろう。


「さて、勇者のほうはこれでいいだろう。あとは最後の仕事をしてから、さっさとこの人族と魔族の戦争を終わらせることにしよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る