第44話 声明


「ジンさん、最近は疲れているみたいですけれど、本当に大丈夫ですか?」


「あんまり無理しちゃ駄目だよ」


「ああ、大丈夫だぞ」


 今日は、というより最近は晩ご飯をルトラ達と一緒に食べている。強がってはいるが、最近疲れているというのも本当である。間違いなく元の世界にいた時よりも働いているよなあ。


 とはいえ最近はまだマシになったほうなんだよ。魔族領に近い街や集落のほうからしらみつぶしに回っているから、ここ最近は人族側が魔族領に攻めてきてはいない。


 コツコツと街や集落に力を見せて、人族にできるだけ危害を与えないということを証明してきた草の根活動のおかげだと信じたいな。


「おっさん、おっさん! 俺も少しだけど魔法が使えるようになったぜ!」


「すごいじゃないか、アレク。普通魔法を使えるのはもう少し大きくなってからだと聞いたぞ」


「へへ、すげえだろ!」


 なんだかんだでルトラとビーネとアレクと一緒にご飯を食べるのはいい気分転換になるんだよな。仕事が忙しい今の俺の癒しだ。


 それに俺が魔王になったと知っても、まだそこまで魔王というものが分かっていないようで、今まで通りの態度で俺と接してくれるのも俺にとってはありがたいな。


 本当に今はいろいろと忙しいが、早く人族との戦争が終わって、のんびりと過ごせるようになってほしいものだ。オッサン的にはうまいものでも食べながらのんびりとこの世界を旅してみたいものだな。






『魔王殿、聞こえるだろうか?』


 俺の頭の中に声が響いた。これは念話スキルによる通信だ。これは……サンドル殿からの念話だ。


 今は魔王城でデブラーと話をしていたところだ。


『うむ、聞こえているぞ。そちらはサンドル殿で間違いないか?』


『ああ、こちらはサンドルだ。おお、本当に念話スキルとは便利なものだな』


 すでに人族の街から新しい魔族の捕虜を保護したという連絡や、魔族側から人族が攻めてきたという連絡はいくつかあったがサンドルから念話で連絡が来るのは初めてか。


『なにかあったのか? 新しく魔族を保護してくれたのか?』


『そうだ、念話スキルに感動している場合ではなかった! 魔王殿、まずいことになってしまった。こちらで得た情報によると、ついに勇者様が動き始めたようだ!』


『なにっ!?』


 ついに来てしまった。くそっ、ここしばらくは戦闘が起こっていなかったから、このまま停戦協定を結べることを期待していたのだが甘かったか……


『先ほど勇者様のいる帝国より声明が発せられた。勇者様が魔族のいる最前線へとやってくるそうだ。付近の街は最大限に勇者様の支援をしてほしいという話も出ている。おそらく数日中には前線へと現れることになるだろう』


 くそ、このまま大人しくいてくれればいいのに!


『さすがにどこから攻め始めるのかまでは分からないが、魔王殿も覚悟をしておいたほうがいいかもしれないぞ』


『ああ、感謝する。その情報だけでも、とてもありがたい情報だ』


 どこから来るのか分からなくても、来ると分かっていれば対策も考えられるし、いろいろと覚悟もできる。


『きっと他の街からも連絡があるだろうね。表立ってはできないが、今の魔王殿を応援する人族も多少はいると思うよ。捕虜にしていた人族から話も聞いたけれど、乱暴されることはなくなったしまともな食事を評判もいいからね』


 意外と人族の国や街同士で情報交換をしているようだな。コツコツとおこなってきた草の根活動が役に立っていたようだ。


『私のいる街に勇者様が来た場合にはそれとなく伝えるとは思うが、私にできる範囲はそれまでだな』


『それだけでも十分だ』


『個人的には今の勇者様よりは魔王殿を応援したい気持ちがあるな。おっと、今のは独り言だから忘れてもらって結構だ』


『サンドル殿からそんな言葉を聞くとはな。それだけでその勇者とやらがあまり魔族にとって有益でない者であることはよく理解できた』


『一度だけ出会ったことがあるが、あまり良い性格とは言えなかった。だが、その強さは歴代の勇者の中でも群を抜いているらしい。ぜひとも気を付けてくれたまえ』


 確かに今回の勇者の情報を色々集めているのだが、どうやら相当な強さを持っているらしい。性格があまり良くないというのは初めて聞いたな。できれば勇者とは戦わずに話し合いでこの戦争を終わらせるのが理想なんだが。


『サンドル殿、情報感謝する。この礼は必ずしよう』


『なあに、私は頭の中で独り言をしていただけさ。礼というならば、この戦争が終わった時にでも共に酒を飲み交わせればよいと思っているよ』


『願わくば、すぐにそんな状況になればよいのだがな』


『その時にはぜひとも魔王殿の兜の下も拝見したいところだよ。私は魔王殿の兜の下がどんな顔であっても、気にしないつもりだがね』


『……そうであるな。我も考えておこう』


 この兜の下は魔王なんかではなく、どこにでもいる普通の人族のオッサンだ。だが、いつかはサンドルと普通に酒を交わすような関係になりたいものである。この世界でもサンドルだけでなく、人族と魔族が分け隔てなく気軽に酒を飲めるような時代が来てほしいものだ。

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