第50話 切り札


「さて、その鎧の中身はどうなってんだろうな?」


 ゆっくりと俺のほうへ歩いてくる勇者。


「……ああん?」


 だがその途中で勇者が片膝をついた。


「んだ、これ!? い、息が! く、苦しい!」


 まったく、ようやく効き始めたか。オッサンはとっくに限界だったってのに。


「はあ……はあ……て、てめえ、何をしやがった!」


「ふう……答える義務はないな」


 悪いがオッサンは勝ち誇って種明かしをする気なんてまったくないぞ。


「くそ、毒か。それとも麻痺か! ハイキュア! ハイヒール!」


 勇者の身体が光る。どうやら勇者は状態異常回復系の魔法も使えるようだ。


「はあ……はあ……ちくしょう、治らねえ、何をした!」


 だが残念ながらその状態は毒でも麻痺でもない。


 というか俺のほうもこのままだとちょっとヤバい……


「障壁」


 俺の目の前に半透明の障壁が現れる。それと同時に障壁魔法の一部を解除する。


「はあ……はあ……」


 ああ~新鮮な空気ってうまいな。とはいえあまり呼吸をしすぎると、今度は過呼吸となってしまう。ゆっくりと息を整えなければならない。


 それが勇者に攻撃を仕掛ける直前から、勇者に気付かれないほど大きな障壁を俺と勇者を含んだ広範囲に展開した。


 そう、この障壁の中は完全な密閉空間になっている。そんな密閉区間の中で何度も火系の魔法を放てばどうなるか? そう酸欠状態である。この魔法の世界でも科学的な反応が起きることはすでに実験済みだ。


 酸素不足は状態異常回復魔法では回復できない。もしかしたら回復しているのかもしれないが、周囲には酸素がないので、またすぐに酸素不足に陥るのかもしれない。


「はあ……はあ……くそっ、頭が痛え……」


 酸素が足りなくなると息苦しくなってめまいや頭痛がする。


 最善は魔王軍四天王と幹部全員で勇者を倒すつもりだったが、念には念を入れて俺ひとりでも勇者と戦う方法は考えておいた。この歳になるとこれが駄目だった場合にはこうする。それが駄目だったらこうすると悪いほうに考えてしまう。まあ、今回はそれが幸いしたがな。


 あとは勇者が酸欠で倒れればそれで終わりである。


「はあ……はあ……その障壁のせいか!」


 俺の呼吸を確保するために出した障壁を勇者が狙う。勇者のその推測はある意味正しいと言えば正しい。あの魔法を斬ることができる聖剣で障壁を斬られれば、そこから障壁の外の酸素が入り込んでしまう。


 だがオッサンの策はこれだけではない。


炎焔葬送えんえんそうそう!」


 俺も最後の力を振り絞って、何度も使っていた最上級火魔法をもう一度放つ。俺の目の前に巨大な火球が現れる。


「いけえええええ!」


 火球を勇者に向かって放つ。そして俺の前に張っていた障壁にあたる寸前に正面の結界部分を解除した。


「んなっ!?」


 するとその火球の周囲までもが一気に燃え上がって勇者を襲った。


「がああああああ!」


 バックドラフト。


 密閉された空間で火が燃え続けると、その空間の酸素が燃焼によって食い尽くされ、熱された一酸化炭素が溜まった状態になる。


 そこへ新鮮な空気が一気に取り込まれると、熱された一酸化炭素に酸素が結びつき二酸化炭素への化学反応が急激に進んで、爆発的な燃焼を引き起こす現象である。


 炎焔葬送は酸素不足でまともに動くことができなくなっていた勇者を直撃し、その周囲を一気に燃やし尽くした。


「さすがの勇者もこれには耐えられないよな。すまんが成仏してくれ……」


 まだ勇者のいた場所は激しく燃え上がっている。しかし気配察知スキルによって勇者の反応が消えたことを確認できた。


「ついに俺も人殺しか……いや、考えるのはあとだ! 早くジルベ達を連れて魔王城に戻って治療してもらわないと!」


 身を翻してジルベ達のほうへ向かおうとする。


 とりあえず勇者の亡骸や聖剣の回収は後回しだ。どちらにせよ今は火が燃え上がっていて回収できない。


「なにっ!?」


「くそがああああ!」


 後ろを向いた瞬間いきなり気配察知スキルに反応が現れた。

 

 振り向くとそこには勇者が鬼のような形相で迫ってくる。思考加速スキルを発動したのだが、間に合わずに押し倒される。


「くそが、くそが、くそがああ! 死んじまったじゃねえか!」


 俺は確かに勇者の気配が消えたことを確認した。だが、なぜか今は勇者の反応が復活している。


「ど、どういうことだ?」


 あまりの疑問についふと声が出てしまった。


「くそったれ、もうてめえは楽には殺さねえぞ……まあいい、ここは俺の神聖神域の範囲内だ。もうてめえには勝ち目はねえからな!」


「くっ!」


 確かにすでに俺は勇者の周囲にある金色の光の円柱の範囲内にいた。


「ざまあねえな、魔王! これは俺のもうひとつのチートスキル二度目の生ワンモアライフの力だ! 俺は一度だけだが、死んでも生き返ることができるんだよ!」


 なんだよ、そのチートスキルは! ただでさえ反則的なチートスキルも持っているってのに、もうひとつ持っているとか反則過ぎるだろ!


「だがこのスキルは一度だけしか使えねえ! なんかあった時の保険で残しておきたかったのによ! てめえはできる限り残酷にぶっ殺してやるからな!」


 完全に自分の勝利を確信したようで、ペラペラと自分のスキルを話す勇者。


 くそっ、バフのかかった勇者と拮抗して戦っていた俺にさらにデバフがかかってしまえば、もう俺に勝ち目はない。


 勇者の黄金の鎧や装飾品などはすべて消し飛び、聖剣は溶けたのかまだ火の海の中にあるのかはわからない丸腰の状態だが、俺も魔法を使いすぎてしばらくたたないと魔法は使えないし、身体にはひどい疲労感がある。どうやらここまでか……


「どうだ、さっきよりも身体が重くてまともに動けねえだろ、魔王? この神聖神域のチートスキルは俺の一定範囲内にいるの力を倍にし、の力を半減すんだよ! むしろ倍の力になった俺と今までよく戦ってきたと褒めてやるぜ!」


 マジかよ……倍と半減とか反則過ぎるだろ……


 実質4倍の差だ。そんなチートスキルを持っていたら、そりゃジルベや前の魔王も勇者に勝てなかったわけだ。


 ………………んん、人族が倍で魔族が半減?


「さあ、まずはその鎧の下を見せて……ぎゃああああ!」


 俺の兜を取ろうと伸ばしてきた勇者の腕をつかんでおもいきり捻ると、簡単に勇者の腕が折れて変な方向へと曲がった。


 どうやら人族であるオッサンにも勇者のスキルによるバフは適用されるらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る