第10話 オッサンのやりたいこと


「よし、これくらいでいいか」


 市場をまわって必要なものを購入していく。


 俺が使える空間魔法の容量は相当大きいらしく、容量を気にせず収納することができる。だが、マルコ達にそれとなく確認したところ、収納魔法を使える人はかなり少ないらしいので、街中では基本的に隠して使っている。


 具体的には大き目のリュックを購入し、その中に入れるフリをして収納しているわけだ。


 他にフライパンや包丁などの調理器具、皿やコップなどの食器、簡易なテントや寝袋などの野営道具、替えの服や下着、そして野菜にパンなどの食料などを購入した。


 肉は昨日の解体してもらった牛の肉を半分ほど売却せずに収納魔法で収納してある。


「これで昨日稼いだ金はほとんど消えたから、また魔物を狩らないといけないな」


 特に野営道具がそこそこ高かったため、昨日稼いだ金貨20枚と服を売って稼いだ金貨5枚のお金はほとんどなくなってしまった。またお金を稼がないといかんな。


「おお~い、昨日の魔族共の公開処刑が始まるぞ!」


「本当か、中央広場だったよな、急ごうぜ!」


「おう!」


 聞きたくない情報だった。せっかく人族と魔族の戦争にはかかわらないと決めて、もう街を出ようとしたところだったのに……


 必要なものはもう購入したし、さっさと街を出るとしよう。




「……ここが中央広場だったのか」

 

 街の外に出てから風魔法で空を飛んで魔王城から反対の方角へ進もうと思っていたのだが、市場から門の入り口まで行く途中にあった広場が中央広場だったようだ。すでに広場には結構な人が集まっている。


 広場の奥には昨日見た魔族の子供達が衆人環視の中、十字架へ磔にされていた。


 両の腕を広げられ、両手首と足には金属製の鎖が巻き付けられ、後ろの十字架へと拘束されている。


 そして魔族の子供達の前には、昨日見た遠征軍の騎士達が長い槍をその手に携えて一列に整列していた。


「早くぶっ殺せ!」


「私の夫は魔族に殺されたのよ!」


「魔族のやつらは皆殺しにしろ!」


 広場にいる民衆からは魔族の子供達へ酷い言葉が投げつけられる。もしも前にいる騎士達がいなければ、石などを投げつけられていたに違いない。


 俺が想像していたよりも人族の魔族に対しての敵意は恐ろしいものであった。魔族とはいえ、まだ幼い子供達であるにもかかわらず、容赦のない敵意が魔族の子供達へと浴びせられる。


 これが戦争である。敵国の魔族に親しい人や大切な家族を殺されれば、たとえ殺した張本人でなくとも、同じ種族であるというだけでここまで激しい憎しみを持ってしまう。


 少なくともこの場に魔族の子供達の味方はただのひとりたりとも存在していなかった。


「うううう……」


「ひっく……ひっく……」


「絶対に許さない……よくも父さんと母さんを……」


 磔にされている子供達はすべてを諦めて目を閉じていたり、ただひたすらに泣いていたり、家族を殺された憎悪により騎士や民衆を睨んでいる。


 本来ならば聞こえるわけがないほど離れている子供達の声が、身体能力強化スキルのせいで聞こえてしまった。


 くそっ、どうしてもあの魔族の子供達の心情が、両親を失った時の俺と重なってしまう。


「それではこれより、憎き魔族共の処刑を始める!」


「「「おおおおおおお!」」」


 騎士達の前に昨日見た遠征軍の英雄である炎帝のオーガスが前に出る。それと同時にここにいる民衆が大きな歓声を上げた。いよいよ処刑が始まってしまう。


「お父さん……お母さん……助けて……」


「っ!?」


 大きな歓声の中、魔族の子供の中でまだ一番幼い女の子が、とてもとても小さな声で救いを求めた。その言葉が両親どころか、ここにいる誰にも届かないことは自分でも分かっているはずだ。


 だが、分かっていても呟かずにはいられなかったのだろう……そう、あの時の俺のように!


「……どうせこの先、大したことのない人生だろうしな。それならせめて、自分が本当にやりたいことをやってくたばるか」


 元の世界に帰れるかどうかも分からないんだ。このまま処刑を邪魔した反逆者として、あの炎帝のオーガスとかいう男に一瞬で殺されてしまうかもしれない。その時はその時だ、オッサンは胸を張って死んでやる!


 子供達を助けて善行がしたいというわけでもないし、命は尊いなどという綺麗ごとを抜かすつもりもない。


 理由はひとつ……今ここでオッサンはすべてに絶望している子供達を救いたい、ただそれだけだ。どうせ魔王になってしまったのなら、魔王は魔王らしく、自己中心的な理由で自分勝手に振る舞おうじゃないか!


「自分に言い訳をして、自分が一番やりたいことから目をそらしていたんだな」


 戦争だとか、種族だとか、そんなもんは昨日この世界にやってきたばかりの俺にはなにひとつ関係ない!


 賢い選択だとか、偽善だとか、自分勝手だとか、そんなもんも今はどうだっていい!


 行き当たりばったりだとか、無計画で無鉄砲だなんて知るかボケェ! あとのことなんてあとで考えればそれでいい!


 俺が今やりたいことをする!


魔王黒焉鎧まおうこくえんがい


 スキル名を発すると、俺の服の上に不気味で禍々しい漆黒の鎧と兜が瞬時に出現した。

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