第39話 人族との交渉


 そう言いながら領主は先ほどまで座っていた椅子に座る。剣を持った男はどうしたらいいのか分からずにオロオロとしており、もう一人の眼鏡のようなものをかけた男は腹を据えたのか領主の後ろに移動した。


「しかし、まさか魔王殿が直々に乗り込んでくるとは思っていなかったよ。後ろの青い肌の者も魔族か。この街にも警備はいるはずだが、騒ぎにはなっていないということは穏便に侵入したと考えても良さそうかな?」


 ルガロのほうも人族への変装はすでに解いている。もちろん人族としてこの街に入ってきて、転移魔法でここまでやってきたなんてことは秘密だ。


「方法は言えぬが、そうであるな。もちろんひとりたりとも傷付けてはいない。屋敷の天井費用も後ほど弁償するとしよう」


「………………」


「む、どうかしたのか?」


「いや、失礼した。魔王というからにはなんというか、人族のことなど虫ケラほどにしか考えていないと思っていたのだが、そういうわけでもないらしいな」


 まあ俺も同じ人族だしな。少なくとも人族のことを虫ケラなんかに思っているわけがない。


「我が召喚される前の世界で人族と魔族は共存していた世界であったからな。この世界でもできる限りはそうありたいと思っている」


「ほう、人族と魔族の共存とは興味深いことだな。なんにせよ、街の民を傷付けなかったことには感謝する。私はサンドル、この街の領主をしている者だ」


 どうやらこの街の領主もかなり変わった人物ではあるようだ。普通の人族ならそんなことに対して礼など言わないだろう。


「……どうやらサンドル殿も人族にしては変わっているようだな。さて、今回我らが街に来た理由だが、この街にいる我が同胞達とこちらで預かっている人族の捕虜の交換の交渉をしたい」


「捕虜の交換?」


「そうだ。こちらで確認したところ、この街には少なくとも7人の同胞の存在を確認した。それと同数である人族の7人を穏便に交換したい」


「………………」


 こちらを見ながら何かを考えているサンドル。


「確かに数は同じであるが、人族と魔族ではひとり当たりの戦力が異なっている。魔族の捕虜の倍の14人であれば交渉を受け入れると言ったらどうする」


「……ほう」


 言われてみるとその通りなのかもしれない。普通の感覚でいくと魔族ひとりに対して人族の命はひとつと思ってしまうが、今は戦時中だし戦力といった面からも考えなくてはならないのか。


 むしろ2倍くらいのほうがちょうどいいかもしれない。昨日デブラーに確認させていた情報を確認したのだが、魔族側には結構な数の人族の捕虜がいる。あまりに多くて簡易宿泊所には入りきらないため、残りの人族はまだ元の集落にいる。


 魔族の数が2倍でも特に問題はないだろう。だからルガロ、わかりやすく領主相手に殺気を出すのはやめてくれ。


「いいだろう。だがこちらからはもうひとつ条件をつけ足させてもらおう」


「……ふむ、その条件とは?」


「この屋敷の屋根の修繕費はそちらで出してもらおうか」


「「「………………」」」


 あれ、滑ったかな。オッサンなりに場を和ませようとしただけなんだが……


「くっくっく、いや、失礼! すまない、実は魔王殿が本当に交渉をしにきたのかが怪しく思ってな。他の街より聞いた話通り、本当に私達人族と交渉をする気のようだな。その魔王の力をもって脅すわけでもなく、本気で交渉のテーブルについてくれるわけか」


 サンドルが笑い出した。オッサン的には最初っからずっと本気だったんだけどな。魔族が交渉をするのってそんなにおかしなことなのか?


「最初に交渉に来たと言ったはずだぞ。もちろんあまりにも理不尽な要求をしてきた場合には、同胞を守るために全力で力を振るっていたがな」


「……なるほど、魔王殿のことが少しわかったよ。その条件で喜んで受けさせてもらう」


「交渉成立だ。1時間後にこの街の門の前でよいな。この紙にはこの街にいる同胞の居場所が書いてある。もしも足りない場合には強制的に回収するからそのつもりでいることだな」


「いったいどうやってこの街のことをそれほど調べ上げたのか気になるところなんだがね……そんなことを言われてしまっては、どんなことをしてでも準備をしておかないといけないな」


「期待している。行くぞ、ルガロ」


「はっ!」


 屋敷の天井に空けた穴から風魔法を使ってルガロと一緒に外へ出てから転移魔法を使った。




「ま、まさか先ほど報告している最中でした例の新しい魔王がこの街に現れるとは……」


「……まったく、まさか昨日あれだけ戦場を暴れまわった魔王がねえ。だけど本気で人族と魔族の戦争を止めるつもりのようだ。突然現れた新たな魔王が誰も殺すことなく争いを止めたなんてありえない報告はこれっぽっちも信じられなかったがね」


「い、いかがしましょう、サンドル様! すぐに騎士団を集めて国に助けを求めますか!」


「いや、余計なことはしなくてよい。それよりもすぐにこの紙に書いてある魔族をすぐに集めてくれ。奴隷として扱われている魔族は3倍の金額で有無を言わさず買い取れ。違法で所持している者に関しては強制的にだ。とにかく急いでくれ」


「はっ、承知いたしました!」


「さてと……下手をすればあの魔王は以前の魔王よりもヤバいだろうねえ。少なくとも我が領民くらいは守り抜きたいものだよ」

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