第42話 ジルベとの戦闘訓練


「ちっ、やるじゃねえか!」


「……まったく、訓練なのだからほどほどにしておけないのか」


「はっ、本気は出してねえんだから別にいいだろ!」


 今は魔王城の訓練を行う闘技場でジルベと戦闘訓練をおこなっている。そう、訓練のはずなのだが、ジルベのやつは本気で俺に攻撃をしてきている。


 さすがにジルベの固有スキルである銀狼の力シルバーフォースは使わせず、俺のほうは魔法を使わない実践式の訓練だが、それでもジルベの素の身体能力だけでも十分ものすごい力だ。


 昨日は人族の街をいくつかをまわり、捕虜として捕らえられていた魔族と人族の捕虜の交換をおこなってきた。


 中にはサンドルのように物わかりの良い領主だけではなく、こちらに嘘をついてきたり、断固として魔族とは取引しないと言い張る面倒な領主もいたが、その場合は多少暴れて強制的に捕虜の交換をおこなってきた。


「これが終わったら予定していた食料調達を任せるぞ」


「わあってるよ!」


 そして今日も今日とて人族の街へ魔族の捕虜の解放へ行く予定だったのだが、その前にジルベに引き留められて訓練場へと引っ張ってこられたわけだ。


 ジルベの部隊はこれからデブラーの指示している場所に食料調達へと向かう予定だ。今はまだ人族のほうの動きはないが、これから戦闘は激化していくことが予想されるため、多めに食料を蓄えておくことになった。


 ジルベはしばらく離れた場所に行くため、その前に戦闘訓練に付き合えと言われれば、さすがに承諾するほかなかった。まあ俺のほうも戦闘経験は必要だったから、ちょうどいいと言えばちょうどよかったからな。




「かあああ~くそったれ! 本当になんつう力をしていやがんだよ」


「おまえにだけは言われたくないぞ。固有スキルなしでも十分過ぎるほどに強いだろ」


 ジルベが力尽きるまでぶっ通しで実践訓練をおこなった。さすがにこれだけ動くと俺のほうにも多少の疲労が感じられる。やはりチート過ぎる力があっても、スタミナが無尽蔵にあるというわけではないらしい。


 オッサン的には明日筋肉痛にならないかは少し気になるところでもある。


 ジルベとの戦闘訓練は俺のほうでもかなり役に立った。元の世界ではまともに喧嘩した経験すらない俺には戦闘経験が圧倒的に不足していたからな。もしかしたらこれから人族の英雄達や勇者と戦う可能性があるのだ。準備をしておくに越したことはない。


「そりゃ人族をひとり残らず皆殺しにしてやるために死ぬほど鍛えてきたからな」


「……そうか」


「ああ、安心しろよ。てめえは別だ。まあ最初は同じ人族だと思っていたからてめえもぶっ殺そうとしちまったが、よく考えたらてめえはこの世界の人族とは関係ねえんだもんな」


「できれば俺がこの世界に来てすぐに気付いてほしかったがな……」


 勝手に別の世界から召喚されて、そのまま殺されそうになったことは忘れてないからな!


「わりいわりい。まあ過ぎたことだし気にすんな」


 気にすんなで済まされても困るんだけどな。だがジルベのこの軽いノリは嫌いじゃない。まだ魔王城に来てから日が浅いというのもあるが、俺が魔王の力を見せてからは誰しもが恭しい態度で俺に接してくる。オッサンとタメ語で話してくれる魔族はこいつくらいだからな。


「……やはり人族は憎いのか?」


 これまで多少魔族と接してきたが、やはり魔族も人族も同じ感情を持つひとりの人であると俺は思う。アレクやジルベがこれほどまでに人族を憎んでいるということは悲しいことでもある。


「当たり前だ! 親父もお袋も妹も村の連中もみんなやつらに殺された! 俺達の毛皮が金になる、そんなクソほどくだらない理由でだぞ!」


「………………」


 両親だけでなく妹に村の知り合いも全員、それも金のためという最低最悪の理由で……それは俺が軽々しく気持ちは分かるなんて言うことができない。


「その頃の俺は何もできねえ無力なガキだった。人族に復讐することだけを支えに俺は生きてきた。俺の村を襲ったやつらは見つけ出してぶっ殺してやったが、そんなもんじゃまだ全然足りねえ!」


「そうか……」


 ジルベのこの気持ちだけは俺にはどうすることもできないな。人を極力殺すなという俺の命令を守れそうにない。できる限り人との戦闘に関わらないようにするしかないな。


 アレクもそうだが、こればかりは時間を置くしかない。いや、時間を置いても解決しない可能性は高いだろうな。


 そして人族のほうから見て逆もまた然りだ。まずは人族と魔族の戦争を止めるが、魔族との共存を目指すのは次の世代になるかもしれない。人族と魔族との隔たりは俺の思っている以上に大きいのだろう。


「……だがまあ、てめえは人族にしてはマシだ。人族をぶっ殺さねえのは納得できねえが、俺達の同胞を助けるために必死で走り回っていることだけは認めてやる。あのガキ共もてめえが助けてやったんだろ?」


「そうだな。あの子供達はこの戦争とはまったく関係ない。だからあそこで見捨てたくなかっただけだ」


 ガキ共とはルトラ達のことだ。結局ルトラとビーネとアレクはこの魔王城で働いている。もちろんそこまで大変な仕事を任せてはいないが、やはり子供ということもあって、他の者の目にはよく止まるのだろう。


 ちなみにアレクは働いている以外の時間はジルベの部隊の者に稽古をつけてもらっている。


「けっ、こんなに甘っちょろいやつが魔王とはよ……だがまあ前の魔王様も少しだけてめえに似ていやがったな」


 前の魔王……リーベラ達から前の魔王についての話は少し聞いている。とても強い男だったが、どこか甘さのある男だったらしい。例の勇者とも自分ひとりで決着をつけると言って一騎打ちに乗ったという話だ。


「……ったく、てめえもその甘さに足をすくわれないよう気を付けるんだな」


「そうだな。忠告として聞いておくことにしよう。そろそろ行くぞ、ちゃんとデブラーの指示に従うんだぞ」


「わかってらあ! いずれはてめえの力を超えてやるからな。覚悟しておけよ!」


 ジルベが魔王にでもなったら人族は皆殺しの方針になることは間違いない。少なくともジルベに負けるわけにはいかない。


 まあ、なんだかんだで俺もいい気分転換になった。さて、また別の街へ行って捕らわれた魔族を救い出してやるとしよう。

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