第4話 異世界の街


「……ようやく人の住む街が見えてきた」


 ここまで来るのにはだいぶ時間がかかってしまった。人の住む村か街を目指すと決めたのはいいが、この世界の地理なんか知っているわけもないし、とりあえず魔王城とは反対の方向へと風魔法でひたすら飛んできた。


 途中にいくつか村や街があったのだが、そこには人族ではなく魔族のような姿の者達が暮らしていた。どうやらこのあたりは魔族の領域のようだった。


 だいぶその先に進んで、ようやく人が住んでいる大きな街を発見したのだが、だいぶ時間が経ってしまい、もうすぐ日が暮れてしまいそうである。


「門のところに門番がいて、街の中に入る人をチェックしているみたいだな」


 街の入り口の大きな門の前には大勢の人が並んでおり、積み荷などのチェックをしている。積み荷だけならともかく、もしも職業も調べているようなら非常にまずい。いきなり職業魔王のやつが街に現れたらパニックになること間違いなしだ。


 俺のスキルの中には隠密スキルや隠蔽スキルのようなものはなかった。……確かに魔王が隠密したり、隠蔽するというのはイメージにないかもしれない。


 もう少し暗くなってから、門を通らずにあの高い壁を飛んで街の中に入るとしよう。……なんだか泥棒みたいだが、オッサンはそんなことを気にしないのである。




「これがファンタジー世界の街か……」


 なんとかバレることなく街の中に侵入……もとい、入ることができた。


 街の中にはこれぞファンタジーといった景色が広がっている。いわゆる中世ヨーロッパ風の街並みの中を行きかう人々。馬が引く荷馬車に乗った商人、鎧を身に着け剣や盾を持った冒険者、漆黒のローブを着て木の杖を持った魔法使い。


 しかし、どうやらこの街には人族しかいないようだな。ファンタジーものの定番であるエルフやドワーフ、獣人といった種族は見られない。


「おっと、ファンタジーの街並みに感心している場合じゃない。日が完全に暮れるまでに宿を確保しないと!」


 街に入れたはのはいいが、もちろんこの世界のお金なんて持っているわけがない。どうにかしてこの世界で使われているお金を手に入れて、今日の宿と飯を確保しなければならない。


 仕事から帰るときにこの世界へと召喚されたので、今着ている服は買ってから5年以上は着ている安物のスーツと革靴だ。


 持っていたカバンやポケットに入っていたはずのスマホに財布はいつの間にか消えていた。十円とか百円とかがあれば、この国の硬貨ではないにしろ、多少は価値があったかもしれないのに。


 こうなると魔王城で金目になりそうなものをいくつかパクッてくればよかったぜ……いや、泥棒じゃなくて、勝手に異世界に召喚してきた慰謝料としてね。


 とりあえずこの街の市場らしき場所を目指そう。


「すみません、市場ってどこにありますか?」


「ああ、そっちのほうへ行けば、この街の市場があるぜ」


「ありがとうございます」


 人に道を尋ねてみたが、普通に言葉が通じた。先ほど確認したスキルの中に言語理解スキルがあったから、そのスキルの能力だろう。魔王城にいた魔族の言葉も理解できたし、人族の言葉も理解できるようだ。




「ほう~こりゃすげえ。縫い目が細かくて良い服だな。それにその靴もなかなか立派な素材でできているみたいだ」


「うちの故郷ではなかなかの一品なんだよ。盗賊に出会って身ぐるみはがされてしまったから、なるべく高く買い取ってくれないか?」


「そりゃ災難だったな、おっさん。ふむ……全部で金貨3枚ってところだな」


「……さすがにちょっと安くないか? その値段なら別の店に行ってみるかな」


「ああ~分かった、金貨5枚でどうだ?」


 やはりだいぶ安く見積もられていたか。まあ俺の盗賊に出会ったという話もそこまで本気にしてないのだろう。


 一応服屋の前に市場をぐるっと回って、この街の物の大体の値段を見てきたが、大雑把に日本の通貨に置き換えると、金貨1枚が一万円、銀貨1枚が千円、銅貨1枚が百円といったところだ。


「それじゃあ金貨5枚とこの服の代わりになるもの一式でどうだ?」


「……本当に他に服がねえのかよ。ああ、それでいいぜ」


 無事に交渉が成立した。たぶんしかるべきところに持っていけば、もっと高く売れるのだろうが、とりあえず今すぐに金がほしいから仕方がない。


 この世界では目立つスーツを服屋に売って、なんとか当面の金を確保することができた。




「ふう……とりあえずはどうにかなったか」


 なんとかこの世界の服一式と靴を手に入れ、服屋のおっちゃんに聞いた宿へとやってきた。今は宿の部屋の中で、固いベッドの上で寝そべっている。


 ちなみに宿屋の値段は食事付きで銀貨5枚、別料金で1杯だけこの世界の酒を飲んで、合計銀貨6枚となり、残りの全財産は金貨4枚と銀貨4枚になった。


 食事や酒のほうはそれほど良いものではなく、正直に言って元の世界の飯や酒のほうが断然おいしかった。


「さあて、明日からどうすっかな……」


 いきなり異世界に飛ばされてきたけれどどうすりゃいいんだろ。とりあえず職業は魔王だが、チート能力はあるみたいだし、冒険者になって金でも稼いでみるか? 喧嘩すら一度もしたことない俺だが、この能力さえあれば大抵の依頼はどうとでもなるだろう。


 いや、もしも冒険者に登録する際に職業がばれたら大騒ぎになるか。さてどうしよう……


 あ~あ、明日目が覚めたら元の世界に戻っていないかなあ……オッサンは現実逃避したいぜ。

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