第34話 人族の捕虜


「魔王様! この度は娘を助けていただきまして、本当にありがとうございました!」


「うっ……ありがとうございました!」


「殺されてしまったと思っていた娘が魔王様のおかげで帰ってきました! 本当に感謝いたします!」


 目から大粒の涙を流して助かったことを喜ぶ女性とその家族達。


「うう……もう死にたいと何度思ったかわかりません……人族に辱められて、何度も何度も殴られて、ただ最後に家族と一目会いたいと願って生き延びてきました。魔王様のおかげでその願いが叶いました、本当にありがとうございます!」


「………………」


 この女の子は街の貴族の屋敷の地下に閉じ込められていた子だ。今は回復魔法のおかげで傷は治っているが、さっきまでは青あざだらけだった。


 ……くそっ、俺も一発くらいブン殴っておけばよかった。今度あの街に行った時に、あの貴族の処分がどうなったのか確認しておこう。あまりにも軽い処罰だったら、またちょっとだけ暴れるとしよう。


「みなが無事に生き延びてくれてなによりである。また人族が攻めてきたとしても我がみなを守る。安心して幸せに暮らすがよい」


「はいっ! 魔王様!」


「魔王様、バンザーイ!」


「「「魔王様、バンザーイ! 魔王様、バンザーイ!」」」


 ……謎の魔王様コールが始まってしまった。


 とりあえず、助けた人やその家族や街のみんなが少し元気になってくれたようでなによりだ。


 オッサンのしたことで、多少は人族と魔族の命を助けることができた。


 オッサンなりに少しくらい胸を張ってもいいよな。






「……よし、これだけの人数での転移魔法も問題ないようだ」


「さすが魔王様です!」


 リーベラと人族の捕虜10人と一緒にとある場所へと転移してきたのだが、特に問題はなかったようだ。若干大人数を転移をしたことによる疲労感はあるが、そこまで気にするほどでもない。


「さて、問題はこの人族だな」


「「「………………」」」


 うん、リアルな死んだ魚の目というのはこういうことを言うのだろうな……


 まあ、今までまともな食事や睡眠を取れずに働かされていたところで、人族が魔族に攻め入ってきて、もしかしたら助かるという一縷の希望が舞い降りた。


 しかし、実際には魔王と名乗る者が突然現れて人族を圧倒した。魔族の街であれだけの騒ぎだったし、この人達もどこからか話を聞いていたのだろう。


 そして今はその魔王本人に連れられて伝説級の魔法である転移魔法で見知らぬ場所に連れてこられた。


 ……うん、どう考えても魔法の実験台か儀式の生贄として連れてこられたとでも思っているだろうな。


「安心しろというのも難しいだろうが、我は貴様らをどうこうする気はない。おとなしくしていれば、いずれは人族の街へ返すことを約束しよう」


「「「………………」」」


 ……うん、俺の声はまったく届いていないね。まあこればかりは仕方がないか。


「貴様ら! 魔王様が話をしているというのに!」


「落ち着くがよい、リーベラ。まだ状況がうまく呑み込めていないだけだ。少しずつ慣れていけばよい」


「はっ!」


「魔王様、お待ちしておりました!」


「おお、マドレ、ちょうど良いところに来てくれたな」


「はっ!」


 いつの間にか俺とリーベラの前にひとりの魔族の女性が現れた。


 アニメのようなピンク色の髪の色にそこから生えた2本の角、リーベラよりもさらに露出の激しい水着のビキニのような服、背中からはコウモリのような羽に先のとがった黒い尻尾……そう、マドレはである。


「ぬっ、マドレか……」


「このマドレ、魔王様直々の命により、この地を整えましたがいかがでしょうか!」


 周りを見ると俺の要望通りに簡易の宿泊施設と柵などができていた。むしろ俺の要望以上に広い場所となっていた。


「うむ、我の要望以上のデキである。よくやってくれたな、マドレよ」


「はっ、ありがたき幸せ! 魔王様に褒めていただき、光栄の極みでございます!」


「……う、うむ」


 ……いや、ナチュラルにオッサンの腕に自分の腕を絡ませてこようとしてこないでほしい。


 もし鎧がなければ、その柔らかそうな胸の感触が直に伝わり、いろいろと危ない状態になっていたところだ。


「お、おいマドレ! 魔王様に近付きすぎだ、離れろ!」


「……ちっ」


 リーベラに言われて、嫌そうにしながら俺の腕から離れていくマドレ。


 危ないところだったぜ……オッサンにその攻撃はとてもよく効く。


 このマドレというサキュバスは魔王軍の幹部で、俺が召喚された時にもいたので、俺が人族で外見が普通のオッサンであることも知っている。にもかかわらず、彼女は俺に近付いてくるのだ。


 どうやらサキュバスという種族は、外見の良さよりも力の強い異性に惹かれる種族らしい。……異世界って夢と希望にあふれているよね。まあ今そんな余裕はないけれど。


「さて、まずはこの人族達に水浴びをさせてやって、まともな服と十分な食事を与えるとしよう」


「はっ!」


 魔王城から少し離れた場所に、人族の捕虜を収容する施設をデブラーとマドレに用意してもらった。今後、他の魔族の街にいる人族はここに移す予定だ。


 そして、いずれは人族の街にいる魔族の捕虜と交換して人族の集落に返してやるつもりでもある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る