第35話 捕虜の扱い


「だいぶまともな格好になったようだな」


「「「………………」」」


 とりあえず、連れてきた人族の捕虜を男女に分けてから水浴びをさせて、清潔な服を着せた。しかし、まだ捕虜たちは死んだ魚の目をしたままだ。


 それまでは全員がひどく臭うボロボロの服を着ており、女性の胸とかがモロに見えてしまっていたからな……


 さすがにかなり痩せているので興奮することはなかったが、さすがにこのままではオッサンの目に毒だ。


 こちとら鎧越しで女の子に引っ付かれるだけで、いろいろと反応してしまいそうなオッサンだぞ。


「魔族の生贄の儀式のために、生贄は清潔にしておくということか」


「………………」


 いや、違うからね!


 捕虜の中の比較的若い男が初めてしゃべったと思ったら、とてもネガティブなことを言い始めた。


「ほら、腹も減っているだろうから食事を準備したぞ。我が直々に狩ってきた肉もある。心して味わうがよい」


 捕虜たちが座っているテーブルの上にはマドレが作ってくれた食事がある。このサキュバスさんは料理もできるらしい。


 ちなみに魔族と人族が食べるものは基本的に同じだ。野菜も肉も魚も食べられるし、味覚も同じでおいしいものはおいしいと感じるらしい。


 肉や魚については俺が調達してきた。気配察知スキルがあれば、獲物を狩るのは本当に簡単だったな。


「……くそ、生贄の儀式のためには、生贄を太らせておく必要があるわけか」


「……いえ、実験台にするため、最後の慈悲としてまともな食事をくれるんじゃないかしら」


「………………」


 どっちも違うわ!


 なぜそこまでネガティブな考え方しか出てこないんだよ……まあこの人達の精神状況を考えれば、わからなくもない話だがな。


「面倒ですね。私の魅了スキルで無理やり食べさせましょうか?」


「いや、緊急時を除いてそのスキルの使用は禁じる。食べたくなければ放っておくがよい」


 サキュバスのマドレは魅了スキルが使用できる。耐性のない者ならば、催眠状態のようにして操ることができる恐ろしいスキルだ。


「くそったれ、どちらにしろ死ぬんだから、最後に食ってやるぜ!」


「そうね、こんなにいい匂いがするのなら、もう毒でも構わないわ!」


 いや、だから死なんて。毒も入ってないから。


 あるひとりがいい匂いのする料理を前に我慢ができなくなり、その手を料理へと伸ばして食べ始める。それを皮切りに他の者も料理に手を付け始めた。


「う、うまい!」


「ああ、久しぶりのまともな飯だ!」


 よっぽど久しぶりにまともな食事にありつけたようで、ものすごい勢いでテーブルにある料理を食べ始めた。あまり体調がよくない状態で食べすぎるのはよくないから、食事の量を減らしておいて正解だったようだ。


「さて、貴様らの今後についてだが、いずれは人族に捕らえられている魔族と捕虜の交換をして、人族の街に返すことを約束しよう。それまではこの場所で畑仕事をしてもらう」


「は、畑仕事!?」


 食事を取って少しだけ落ち着いたようで、ある程度はまともな判断ができるようになったようだ。


「うむ。いずれ貴様らを解放する予定だが、人族との交渉がどれほどかかるかわからぬからな。それまでの間、自分達の食料はなるべく自分達で何とかしてもらうとしよう」


 捕虜にただ食事を与えているだけではもったいないので、ここにいる間は畑仕事をしてもらう。もちろん奴隷みたいに働かせるつもりはないが、ある程度は働いてもらう予定だ。


「……あの、ノルマや危険な作業はあるのでしょうか?」


「ノルマなどはないし、多少は自由な時間も作る予定だ。ただし、サボっているようなら食事を抜くなどの罰も与える予定だ。もちろん農作業だから危険はない。この辺りの魔物が出てもこのマドレがどうにかしてくれる」


「罰が食事抜き!? 鞭や百叩きではなく!?」


「自由な時間があるだと!?」


 どうやら魔族の街でだいぶ厳しい扱いを受けてきたらしい。


「うむ。真面目に働いていれば、貴様らの要求もある程度は叶えよう。ただし、ここから逃げ出したり、反乱を起こそうとしたものには厳しい罰を与える。


 先に伝えておくが、ここは魔族領の奥にある。絶対に人族の集落へとたどり着く前に我が同胞に捕まるか、野生の魔物に殺されるだけだ。悪いことは言わないから、大人しく解放される日を待つがよい」


「「「………………」」」


 言っていることは理解できるが、信じられないといった表情をしている。まあこればかりは少しずつ信じさせるとしていくしかないな。




 あとの指示はマドレに任せて、俺とリーベラは他の戦争の前線の地へと移動する。


「それではマドレ。あとを頼むぞ」


「お任せください、魔王様! 我が命に代えましても、魔王様の命令を守ります!」


「……いや、命に代える必要はまったくない。マドレの命が危ない場合には、自らの命を最優先して逃げるのだ。これは我からの命令である!」


 いや、いざとなったら捕虜なんて放って逃げていいからな。マドレの命のほうが大事である。それにマドレだけではなく、他に数名は追加で人をよこすつもりだ。何かあったら自分達の命を優先してもらわないといけない。


「なんとお優しいお言葉……このマドレ、感動いたしました!」


「何かあれば念話にて我を呼ぶがよい。すぐに貴殿のもとに駆け付けると約束しよう」


「魔王様……」


「うおっほん! それでは魔王様、早く次の場所に行きましょう!」


「ちっ……」


 リーベラに対して舌打ちをするマドレ……


 なんかちょっと怖い……


 だがリーベラの言う通り、今この瞬間に戦争にて命を落とす人族か魔族がいてもおかしくない。


 早く次の場所に向かうとしよう。

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