第48話 戦闘


 勇者をぶん殴って吹き飛ばした方向に進む。この場所にはジルベやジルベの部下達が倒れている。少なくともここから離れた場所で戦わなければならない。


 少し先に進むと、そこには勇者が何事もなかったように立っていた。


 俺としてはかなり強い力でクソ勇者を殴ったつもりだったのだが、普通に立ち上がっている。くそ、ジルベよりも固いか。


「……ふざけやがって! 俺様の顔に傷をつけやがったな、このクソモブが!」


 俺が殴った箇所は赤く腫れあがっており、口からは少量の血が流れている。身体能力強化でもしていたのかは分からないが、勇者はまだまだ余裕そうである。


「いや、落ち着け、俺。確かに俺の顔を殴りやがったてめえをぶっ殺してやることは確定だが、てめえが本当に魔王ならてめえを殺せばこの戦争は終わる。そうすれば二度も魔王を倒した俺様は英雄の中の英雄として扱われるわけか……」


 勇者がぶつくさ言っている。おおかた、俺を倒したあとのことをもう考えているのだろう。


「前の魔王とぶっ殺したあとに残りのやつらもまとめてぶっ殺さなかったのは俺のミスだったな。面倒だからって最後まで潰しておかなきゃゴキブリみたいにしぶとく生き残るんだよなあ。反省、反省っと……よし、反省する俺超偉い! さっさと終わらせて帝国に戻って女とヤリまくりてえぜ!」


「………………」


「もっかい魔王を倒して魔族どもを皆殺しにすれば、いい加減にあの姫と結婚させてもらえんだろ。あの女も性格はともかく、顔と身体はマジで最高だからな! やっぱ勇者が姫と結婚してハッピーエンドとか王道中の王道だぜ!」


 ……話していてイライラしてくる。この勇者は本当に自分のことしか考えていないみたいだな。


「そんじゃま、自称魔王とかいうやつを軽くぶっ殺しますかね。ああ、言っとくけど一発入ったからって調子に乗ってんじゃねえぞ。んな一撃痛くもかゆくもねえんだわ。ハイヒール!」


 勇者が回復魔法を唱えると、即座に腫れていた勇者の顔が元へと戻っていく。


 やはり勇者は回復魔法を使えるらしいな。こっちのほうは回復魔法を使えないってのに。


 そうなると長期戦は不利、俺が回復魔法を使えない以上、短期決戦が有利に違いない。どちらにしろジルベ達もそう長くは持たないだろうからな。


「ファイヤーランス、ウインドカッター」


 まずは小手調べだ。勇者とは一定の距離を取りつつ、火魔法と風魔法を20ずつほど放つ。


 小手調べとは言ったが、普通の相手ならこれで勝負はつくはずである。


「……はあ、なめてんの?」


 勇者は右手に持っていた巨大な大剣を軽々と振るう。俺が放った40ほどの遠距離攻撃魔法が勇者の持つ大剣によって一瞬のうちにそのすべてかき消された。


 思考加速スキルによって勇者の動きがスローに見えるはずなのだが、その中でも勇者の動きは速く見える。


 大剣を肉眼では見えないほどの速さで振るい、俺の魔法をすべて斬っていく。そしてその大剣で斬った魔法はすべて消失した。これがあの聖剣の能力か。


「ったくよお、ラスボスっつうくらいならもっと楽しませでくれよな。まあそこそこ魔法は使えるみてえだが、そんなんじゃ中ボスレベルだぜ!」


 ……完全にゲームかなんかと勘違いしていやがるな。これだからクソガキってやつは!


 だがガキっぽい言動とは裏腹に、この勇者の強さは他の者と一線を画している。


 俺がぶん殴ってもあれだけのダメージしか負っていなかったし、今の動きだけでも今まで俺が見てきたこの世界の英雄と呼ばれる人族を軽く上回っていることが一瞬で理解できた。


「おいおい、いくら雑魚でも俺が持っているこののことくらいは事前に調べてあんだろ?」


 そう、それに加えて勇者が持っているあの聖剣である。あの聖剣は帝国に伝わっていた伝説の武器らしく、刀身はどんな物質よりも硬く、決して折れたり曲がったりなどしない。


 そしてもうひとつの聖剣の能力、魔法を物理的に斬ることができ、斬った魔法は即座に消失する。


 現に今俺が放った魔法はその聖剣に斬られた瞬間に消失していった。まさしくチート武器である。


「そんじゃあ、さっさと終わらせてやるか!」


「……っ!?」


 今度は勇者が俺のほうに向けて一直線に向かってきた。やはり勇者の動きはとんでもなく速い。


 だが、俺も思考加速スキルによって反応し、勇者の突進に合わせて別方向へ飛んで一瞬で距離を取った。


「へええ……さすがにちっとは勉強してきてるってわけね」


「………………」


 改めて勇者から一定の距離を取る。


 勇者は5年前にこの世界へと召喚され、前の魔王を含めた多くの魔族と戦闘を続けてきた。その分俺よりも戦闘経験ははるかに上だ。


 しかし、戦闘経験が豊富な分、勇者の情報は広く露出している。先の聖剣についても十分恐ろしいが、真に警戒すべきは勇者が持っているである。


 そのチートスキルの正体は強力なバフとデバフスキルだ。どれほどのレベルかはわからないが、勇者の力を強化した上でさらに敵の力を弱体化させる凶悪なスキルだ。


 仮に自分の力が倍になって敵の力が半減するとその差は実に元の4倍にもなる。いくら何でも倍や半減まではいかないとは思うが、警戒すべき能力だ。しかもさらにヤバいのが、その効果は勇者の周辺にまで及ぶ。


 広い範囲ではないが、範囲内にいるすべての味方の力を強化し、すべての敵の力を弱体化させるのだからたまったものではない。今回勇者はひとりで攻めてきているからそれについては問題なさそうだがな。


「んなにビビんなくてもてめえごときに俺のスキルは使わねえっての」


「………………」


 悪いがこの勇者のそんな言葉を信じるわけにはいかない。


 たぶんこいつの性格上、自分がピンチになったら、迷わずそのチートスキルを使用するだろうな。

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