第53話 影の一族


「……まさかあの勇者が敗れるとはな。転移魔法を使って戻ってこないところを見るとすでに殺されたと考えるのが妥当であろう」


「あのスキルだけは歴史上の勇者の中でも最高の能力であったのにのう……」


「それだけ今回現れた魔王がとんでもない力を持っていたということになるな」


 勇者が魔王城へ攻め込んでから、すでに10日が経過している。転移魔法を使えるあの勇者が一度も帰ってこないということは、すでに魔王か別の者に討たれているということだ。


「人族を強化し、魔族を弱体化させる伝説級のスキルに加えて、一度死んでも生き返るという前代未聞のスキルを手にしたあの勇者がな……」


「一度死んだら必ず転移魔法で引くように伝えていたのだがな。それほどの相手だったということか……」


「いや、あの勇者は年の割に中身は幼かったからのう。おそらく激昂して勝てぬ相手も見極められずに突っ込んでいったのであろう」


 勇者召喚の儀によって召喚されたあの勇者は歴史上一番強いと言っても過言ではなかったが、中身はただの子供のようであった。その分適当な女をあてがえておけば、ある程度コントロールできたのは楽であったがな。


 今回も自分の力を過信して勝手に動き、ひとりで魔族領に攻め込むという暴挙に出た。転移魔法という伝説級の魔法も使えていつでも戻って来られるから余裕、などとほざいていた結果がこれだから頭が痛くなる……


「まあ、よい。とりあえずはこれで魔族との戦争はまだまだ続くことになる」


「確かにのう。結果的に戦争は続くことになるのは不幸中の幸いであるな」


「うむ。戦争は莫大な利益を生む。特にこのにはのう」


 この帝国という国は戦争や兵器の開発によって栄えていた国だ。戦争中であれば新しい兵器や魔法はどの国にも必要とされ、莫大な利益を生むことになる。


「今の魔王がそれほどの力を持つということは計算外だが、当分の間は問題ないであろうな」


「うむ。魔族領から帝国領まではかなりの距離がある。この国にまで戦禍が及ぶことはない。いざとなれば勇者を5人ほど召喚すれば問題はないな」


「ああ、そんな時のためにも勇者召喚に必要な魔鋼結晶は十分な量を蓄えておる」


 勇者召喚に必要となるのは膨大な魔力と魔鋼結晶という珍しい鉱石だ。魔力のほうは他の国の優秀な魔導士を集めればよいとしても、魔鋼結晶だけはそう簡単に集めることはできない……とされている。


 だが実際に帝国には十分過ぎるほどの魔鋼結晶が蓄えられている。というのも帝国では他国を含めて常に魔鋼結晶を集めているからだ。いつでも勇者召喚をおこなえるようにするために……いや、いつでも勇者召喚と魔王召喚をおこなえるようにするためにな。


 そう、今回の魔王召喚の儀をするために使用された魔鋼結晶は帝国側が提供したものだ。もちろん絶対にバレないように工夫してはいるがな。


「今回はあの勇者のせいで戦争のコントロールが難しくて困るのう」


「まったくじゃのう。ただでさえ人族と魔族の戦力の調整は難しいというのに……」


「なんとかするしかないであろう。我らが一族は300も前より、影でこの戦争を操ってきたのだからな」


 そう我らは帝国の裏なる一族。300年前より始まった魔族と人族の戦争を陰から操りし一族である。


「なるほどな。この人族と魔族の戦争のきっかけも貴様らが作ったというわけか」


「な、何者だ!」


「き、貴様、どこから現れた!」


「ええい、護衛は何をしている! 早くこの侵入者を殺せ!」


 突然部屋の中に響いた男の声。この部屋の入り口のほうを見ると、いつの間にかそこには黒く禍々しい鎧を着た男がいた。






 勇者の記憶を盗み見た際に、この帝国という国のことについていろいろな情報を得ることができた。その中でも特に気になったのは帝国にいるこの影の一族と呼ばれるものだ。


 勇者も完全にただの馬鹿と言うわけではなく、この影の一族についても多少は知っていたらしい。俺とは違って隠密スキルを使えるらしいから、多少は情報収集できたようだな。


 ……俺? オッサンには情報収集のスキルなんてないから、帝国に侵入するまでは人族である俺の仕事だったが、それからは優秀な部下任せである。


「悪いが護衛の者は眠らさせてもらった」


「き、貴様は何者だ! それに今の話を聞いていたな!」


「ああ。しっかりと聞かせてもらったぞ。どうやら貴様らがこの世界の癌のようだな」


 帝国のこの一族こそがこの戦争のすべての元凶であったわけだ。みんなが調べてくれた情報によると、300年前より始まったこの人族と魔族の戦争の発端であるウォルテアという国。そこでは人族と魔族が共存して平和に暮らしていた国である。


 しかしその平和は突如として壊された。人族の国には魔族が裏切ってこの国を攻めたと伝えられ、魔族の国では人族が裏切ってこの国を攻めたと伝えられている。実際にはこいつらが人族を扇動し、ウォルテアの国を滅ぼして情報を操作したのだろう。


 それもすべてこの影の一族とやらが仕組んだ策略だったわけだ。当時はまだ小さかった帝国という国を大きくする、そんなくだらない理由のために。だが、そんな最悪なこいつらの企みは見事に成功してしまい、人族と魔族の戦争が始まってしまった。


 そして力をつけていった帝国は今やこの戦争を完全にコントロールできるほどの力を身に付けてしまったわけだ。


「な、なんの話だ? それよりも貴様は何者だ!」


 この期に及んでもまだシラを切るつもりのようだ。黒幕としてはいっそすがすがしいな。


『なんとかするしかないであろう。我らが一族は300年も前より、影でこの戦争を操ってきたのだからな』


「んなっ、その声!?」


「悪いが映像付きで録音をさせてもらった。まあ、そんな証拠などなくとも関係はないがな」


 別に裁判で証拠を突き付けて争う気などない。こんなものは保険にすぎない。


「さて、貴様の質問には答えてやろう。

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